第57話:根暗陰キャは異世界で友達を増やしたいようです・4
焼けた肉や野菜を適当に取り分けていく。近くの無人レンタル所から借りた大きな四人掛けのテーブルには既に霰と切華が座っていた。
昼間の戦闘で負った怪我なのか、切華の左腕から手にかけて包帯が薄く巻かれていた。しかし切華自身は特に気にする様子もなく、動きも問題なさそうだ。空いた右腕で平然と皿を受け取って肉を食べ始める。
花梨は切華の隣に腰かけた。
「霙ちゃんとは正々堂々決闘してたって霰ちゃんから聞いたよ。今まで誤解してたかも。病院で話したときもあんまちゃんと話聞いてなくてごめん」
「否、構わない。拙が卑怯なやり方で月夜を殺したことは変わらぬし、君らのことも結局は殺すつもりである。結果が動かない以上、拙が何を考えていようと自己満足に過ぎぬ」
「そうかもしれないけど、やっぱりわかってよかったと思う。私も話し合いでどうにかしようと思ってるわけじゃないんだ。誰だって転移を諦められないのは私だってよくわかる。でも問答無用で殺し合うよりは、誤解を無くした上で気持ちよく殺し合った方がいいよ」
「応、それには全く同意する。極めて正しい決闘だ」
横では霰がもくもくと野菜を食べている。ピーマン、にんじん、玉ねぎ。生野菜を切って軽く火を通しただけのものを次々に口に放り込んでいく。健啖な食べっぷりを見て撫子がにこにこと話しかける。
「野菜が好きなの?」
「そう」
「偉いわね。切華だって昔は野菜嫌いだったのよ」
「霙が肉を食べる。私は野菜を食べる」
「それって植物好きだから『植物使役』ってことかしら? ちょっと安直なアイデアだけど」
「そう。好きだから食べる。転移もする」
「好きだから転移するのって、すごくいいわよね。コンプレックスを解決するために異世界転移するのも別にダメってことは無いけれど、好きなものにたくさん触れるためっていう方が前向きで私は好きかな。私も切華もそっち寄りのスタンスだし」
「好きなことなら死んでもいい。霙もそうだった」
「あなたって妙に達観したことを言うのね」
バーベキュー台から少し離れたところにはキャンプファイヤーが組まれている。切華が太い丸太に溝を刻んで積み上げたものだ。
小百合と理李は四人から距離を置き、小型の折り畳み椅子に座って大きな火にあたっていた。
理李はマシュマロを刺した串を火にかざす。クラッカーやキャンディも適当に炙ってみたが、結局はマシュマロを表面だけ温めるのが一番美味しい。小百合は煎餅を持った手を直接炎の中に突っ込み、火が付いたままで噛み砕いている。
「こんなところでしょうもないお菓子を摘まんでないで、お前もあっちでちゃんとしたものを食べたらどうだ。お前はこういうとき輪の中心にいるタイプだろ? 私と違って」
「ひょっとして根に持ってます? 昼に言ったことを」
「持ってるよ、私は根暗だからな」
「面倒臭い拗ね方をしますね」
「そういう生き方が染みついてるんだ。根暗にとっては誤解とかわだかまりなんてある方が普通だし、別にわざわざ解消しようとも思わない」
「うーん、私にとっては誤解とかわだかまりでもないんですよね。私は本当に好きじゃないんです、切華さんも撫子さんも。殺し合いとか異世界転移を抜きにしても。いつもの私ならそれでも取り繕った顔で話しに行ったんですが、そういうのももういいかなって」
「わかるよ。持たざる者からすると、持ってるやつは常に気に食わないんだ」
「そうです。でもここで陰口を叩いているより、花梨さんとはきちんと話した方がいいですよ」
「何の話だ」
「大切なお友達なんでしょう? この会は敵と交流するだけではありません。仲間とだって、きちんと話せる最後の機会なんです」
「それはそうかもしれないが、私と喋って貴重な最後の時間を使うこともないだろ。私にとっては花梨が唯一の友達でも、あいつには他にも友達がたくさんいる。そういうのにも慣れてる」
「いかにも根暗の考え方ですね。そんなことを気にしているのはあなただけですよ。花梨さん!」
小百合が大声で呼びかけると、すぐに花梨がバーベキュー台のテーブルから立ち上がった。肉が山盛りに乗って頂点には生の人参が突き刺さった紙皿を持ったままこちらに近付いてくる。
「理李さんから話があるそうです」
「なに?」
小百合が立ち上がり、代わりに空いた席に花梨が座った。
話があるという割には、理李は憮然とした表情で座っているだけだった。理李がしばらく黙っている間、花梨は黙って肉を食べ、ついでにマシュマロを焼いた串も勝手に口に運んだ。
「……ありがとう」
「おうよ? こっちこそありがとう。理李ちゃんが色々考えてくれなかったら死んでたよ」
「いや、その件じゃなくて、運動会のときの礼をまだちゃんと言ってなかった。思えば、あのときまで私はずっと一人で生きてた。転んで足が動かないときでも、私は声も小さいし目立たないから、たぶん何度か踏まれて骨折くらいはするかもしれないけど、一人じゃどうしようもないからしょうがないって諦めてた。でもお前が私を助けに来てくれて本当に嬉しかったんだ。それで誰かを助けたり助けられたりすることが出来るって、そういうのが友達なんだって私は初めてわかったんだ」
「友達だもんね。当たり前だよ」
「お前は……お前だけはいいやつだから、私にチート能力があろうとなかろうと友達でいてくれるんだ。だからその、お前がいれば私は転移しなくてもいいのかもしれないって、そう思ったことは何度もある」
「私はそれでも構わないけど?」
「でもやっぱり、いつまでもお前しか友達がいないってわけにはいかないんだ。私はもっと色々な人と会って友達になりたい。そのためにはこのチート能力が必要だ。だから私は異世界に転移しないといけない」
「いいんじゃないかな。寂しいけど、私は応援するよ。そのために今ここにいる」
「私は友達と別れるのも初めてだ。こういうとき何をすればいいのかわからない。あのときもどうすればいいのかわからなくて、気持ち悪いと思うかもしれないけど、まだ持ってるっていうか、ずっと持ち歩いてるんだ、これ」
理李は袖を捲る。手首には桜のアクセサリが付いたピンクのヘアゴムが巻かれていた。運動会の折、花梨が止血のために理李の足に巻いたものだ。
「これがあれば異世界でも友達が作れると思って、持っていくつもりだったんだ」
「じゃあそっちは眼鏡でもちょうだいよ。ヘアゴムと眼鏡で交換しようぜ。もう要らないでしょ、視力なんて女神様のバフでいくらでも上がってるし」
「いいよ。これ本当は伊達なんだ、ずっと秘密にしてたけど」
理李は自分の眼鏡を外して花梨の目にかけた。確かに視界は全く変わらない。ただのガラス板だ。
「別に目は悪くない。眼鏡をかけていれば一枚膜があるというか、話しかけられにくいような気がしてさ」
「じゃあなおさら、もう要らないね?」
「そうだな。よく似合ってる」
それからの時間はあっという間だった。
腹ごなしに水切りで勝負したり、小百合が余った食糧を全部食べ切ったり、霰がうたた寝を始めたり。
こういう平和な時間がきっと花梨が最初に思い描いていた本来の異世界転移だったのだと思う。もう人数は半分に減ってしまったが、それでも最後に話せて良かったと笑いながら思った。
それでも万天時計は二十三時二十五分を指す。姫裏の『契約』が解けるまであと五分。
誰からともなく立ち上がり、顔を見合わせて小さく頷いた。




