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第52話:車椅子少女は異世界でドラゴンに乗って飛び回るようです・7

【4/3 11:53】


 時を少し遡り、姫裏が駐車場を立ち去った直後。

 木々の影から現れた撫子と切華が檻の前で顔を突き合わせていた。


「解除できそうか?」

「うーんなんとか。このくらいならいけるかしら」


 撫子は地面に手を付いて『建築(ビルド)』のコピー発動を試みる。

 元々ストックしていた『建築(ビルド)』の記憶は涼と穏乃の襲撃を受けた際に吹き飛んでいる。灯と龍魅の戦いを映した動画も涼とのdiscordチャットからは既に削除されていた。まさかこんな事態になるとは思っておらず、ダウンロードしておかなかったのは痛恨のミスだ。

 一応さっき姫裏が『建築(ビルド)』を発動するところを覗き見ていたものの、なかなか上手く発動しない。今やろうとしているのは『建築(ビルド)』を引き継いだ『契約(コントラクト)』を経由して更に『模倣(コピー)』するという、いわば二重コピーだからだ。

 『模倣(コピー)』は能力者の内面を理解することで発動する能力だ。『建築(ビルド)』の場合はあくまでも本来の持ち主である灯のことを理解しないことには精度が出ない。それでも発動後の痕跡を手がかりにしながら、なんとか大元にある灯の願いを拾い集めていく。

 ゆっくりであるが、コンクリートの檻が徐々に溶けるように曲がっていく。人ひとり分くらいの隙間をなんとかこじ開け、切華は隙間から車のドアを開けて霙に手を差し伸べた。


「助けに来た、そして殺しに来た。君に殺す意志と死ぬ覚悟があるなら拙と戦ってほしい」

「いいよ。前は途中だったし」

「ありがとう。ここでは狭いし姫裏が戻ってきても面倒である。場所を移そう」

「うん」


 霙はあっさりと切華の手を掴んだ。霙の手は小さくて柔らかい。マメだらけで硬化した切華の手の平とは対照的だ。

 そのまま手を引いて霙を檻から引っ張り出し、二人で駐車場横に立つ地図を見る。


「君の『動物使役(テイマー)』は森に近い方が使いやすいよな」

「うん。動物たくさんいるから」

「応。では森に繋がっている西広場に移動しよう。決闘を始めるときの間合いは三十メートルくらいで問題ないか? この前に中断したときはそのくらいだったろう」

「もう少し遠い方がいい。最初に呼ぶときは少し時間がかかる」

「応。承知した」


 手を繋いだまま広場に向かって歩いていく。小柄で幼い霙とすらりとした切華には三十センチ近い身長差がある。傍からは仲の良い姉妹のように見えるかもしれない。

 撫子も反対側から霰を引き出して檻を抜け、切華たちの背中を追う。


「こっちも戦う?」

「あなたに戦う気がないなら私は別に。今は二人の決闘が優先だから」

「これ食べる? なんかまずいチョコ」

「あら、ありがとう。私はこれ嫌いじゃないわ」


 西広場に着き、切華は霙から手を放して後ろに下がった。改めて平穏に立つ霙の姿を見て安堵する。

 一抹の不安はあった。昨日、霙が好戦的な姿勢を見せたのは必要に迫られての正当防衛、もしくは一時的な高揚状態だったのではないかと。非常事態でなければわざわざ正面から決闘を受けてはくれないのではないかと。

 しかしそれは杞憂だった。ここまで歩いてくる間、そしてこうして向かい合っても霙には動揺がない。これから命のやり取りが始まることを当たり前に受け入れている。

 やはり霙は他人と殺し合う精神を当たり前に持っているタイプの人間だ。使役するだけあって獣と精神構造が近いのかもしれない。

 自分と同じ人種、正面から戦えるチート能力者。霙が十歳の子供であることなど切華には何ら関係が無い。自らに匹敵する精神と能力を持つ対等な決闘相手として認めている。

 最大の敬意を込めて頭を下げる。


「宜しくお願いします」

「うん、よろしく」


 顔を上げたとき、『動物使役(テイマー)』は既に発動していた。

 正面から狼。右斜め上に大鷲。ついでに左後ろに栗鼠。剥き出しになった爪や嘴や牙はどれも殺意でコーティングされて光り輝いている。最速で切華を殺すべく、空と大地から獣たちが一気に襲い来る。

 切華は小さく息を吸った。振るべき刀の軌道を一瞬で思い描く。

 右足を滑らせる。あえて転ぶようにスリップし、身体をダイナミックに回転させる。『創造(クリエイト)』を発動し、足元から空にかけて切り上げた。まず栗鼠の全身を両断し、続いて狼の首を落とし、最後に大鷲の翼を落とす。一手で全ての獣を刻み、くるりと一回転して着地した。

 しかしたった三匹を倒したところで、森から供給される膨大な物量の前には誤差ですらない。もう既に野犬の群れが切華を取り囲んでいる。統率された数十匹の集団が切華を見て唸っていた。

 切華は地面を蹴って前に飛んだ。近くにいた犬たちが三方から迫る。後方の二匹は死角だが、臭いと音の気配で場所は手に取るようにわかる。

 『創造(クリエイト)』を発動、右手で振る刀で正面を切る。そして振り抜いたあとの遠心力が残ったまま『創造(クリエイト)』を再発動。左手で刀を出し直して後方の二匹を切る。

 やはり刀は片手持ちが望ましい。『創造(クリエイト)』で一度に出せる刀は一本までだが、両手それぞれで素早く出し直せば二刀流のようにより広い範囲をカバーできる。


「まだ無駄があるな……」


 切華は昨日から寝ずにシミュレーションを重ねてきた。対人用ではなく、対獣用の戦い方を。

 正眼とか下段とか、人間用の構えは全て捨てる。サイズや形がそれぞれ異なる獣たちにはもっと柔軟に向き合わなければならない。

 突進してくるなら膝を付いて横に薙ぎ、上から飛んで襲ってくるなら垂直に切り上げる。イメージと合う部分はそのまま、合わない部分はその都度修正。大量の犬を動く的にして、一手ごとに動きを洗練させていく。このチート能力を持っているのは世界で自分だけなのだから、全てを自分で成長させなければならない。

 刀を振ったあとの予備動作でもう一匹は切れるのではないか。横ではなく斜めに切った方が次への繋がりが良いのではないか。足の角度はもう少し開いた方が次に対応しやすいのではないか。

 『創造(クリエイト)』とは、いつでもどこでも身体から一本の刀を作り出せる能力である。身体と接している限り、刀の創造は全くタイミングを問わない。そのおかげであらゆる動作に組み込める。

 最後の野犬を切り捨てたとき、周囲には大量の死体がぶちまけられていた。切華を取り囲むようにして全方位に死体が広がる。


「まだ完成には遠い。もっと出してくれ、もっと!」


 刀を構えたまま霙に向かって走っていく。これは道中の動物を全て切り伏せて霙に到達する勝負だ。背後の森に無限の兵士を持つ霙を相手にして、数十メートルの道は果てしなく遠い。


「じゃあ昨日のぶん」


 霙が人差し指を曲げるのに合わせて、今度は森から大猪が飛び出してきた。

 体表の刀傷には見覚えがある、昨日引き分けたものと同じ個体。今度こそは殺すと目が語っている、明らかに切華を昨日戦った相手だと認識している。しかしそれは切華も同じだ。


「此れを殺す方法も考えてきた」


 猪の突進を避け、宙に高く飛んだ。

 まずは片手に刀を握り、その重量で身体を半回転させる。『創造(クリエイト)』でいつどこからでも刀を出せるということは、自分の重心を自由に変えられるということ。一瞬だけ刀を握っては消すことを繰り返し、身体にかかる運動量を操作する。切るためではなく、空中の姿勢制御に『創造(クリエイト)』を使う。

 自分の姿勢が鳥瞰しているようにはっきり見えていた。空間把握と身体制御が限りなく研ぎ澄まされている。猪の大牙が僅か数ミリ隣を掠めるのに合わせ、ここまで溜め切った遠心力を全て乗せて刀を振り切る。一刀で胴体を両断した。

 昨日はあんなにも分厚く思えた脂肪の鎧を割った。手こずった相手を今日は瞬殺できるという原始的な成長の喜び。長らく忘れていた、確かな手応えに身体が震える。

 霙は背後に下がり、獣たちと共に森の中に潜んでいた。木々の闇の中、霙の目が動物の眼光と並んで赤く光っている。


「もっと来い!」


 叫びに応えて霙が手を大きく回し、森から動物が噴き出した。

 猪が三匹、獣は猫から狼まで、鳥は鳩から梟まで。雀の一羽でさえも殺意を携えて突進してくる。全てを丁寧に切り伏せる。一体も逃がさない。

 ありとあらゆる動物が切華を殺しに来る。切華の動きは加速する一方だ。もはや一分の隙もなかった。身体が刀と同化している。刀を出しては消し、あらゆる獣を最適動作で葬っていく。何にも囚われずに自由に考え続ける。

 足元が切りたければ足で振った方が早いのではないか。「身体から出せる」というのは何も手に限ったことではないのだから。靴を捨てて靴下も脱いだ。『創造(クリエイト)』を発動し、足の指で握った刀を振る。やはり思い通りに足元の小動物を切れた。


「あはははは……」


 切華は笑う、楽しくて楽しくて。全く疲れないどころか、身体と脳髄がどんどん研ぎ澄まされていく。自分で考えてどんどんスキルアップする、こんな楽しみは初めて剣道に触れた小学校以来だ。

 切華はずっとこんな戦いをしたかったのだ。自分の剣技を考え直し、自分の可能性をもっと伸ばす戦いを。それはチート能力以前の闘争だ。全国大会でも叶わなかったこと、月夜を殺したときから燻ぶっていた思い、異世界を旅して叶えたかった夢。

 膨大な死体を積み重ねながら、霙に向かって着実に歩を進める。

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