第50話:車椅子少女は異世界でドラゴンに乗って飛び回るようです・5
【4/3 11:42】
姫裏は寂れた駐車場の隅に車を停めた。朽ちかけたブロックで囲まれた空き地は閑散としている。
ここは山の裾野にある県境近くの公営自然公園だ。余った土地をざっくりといくつかの広場に分けて形だけ整えてはいるが、住宅地は遠く、観光地でもなく、何かを建てかけて諦めた資材が放置されている有様。使い道と言えば、近隣の小中学校が年に何度か遠足に来るくらいのものだ。
「では行ってきますね。ここで待っていてください」
「うん……」
後部座席に座る双子に呼び掛けるが、反応は鈍い。
心を開かれていないことをひしひしと感じる。彼女たちが人見知りすることを考慮しても、距離感が知り合いの知り合いくらいだ。かつて双子が灯に我が儘を言ったり甘えたりしていた様子とは雲泥の差がある。子供の扱いについて灯に説教したことを思い出すと恥ずかしくなってくる。
灯が自殺したことは昨日双子に伝えた。すると双子はどうしても死体を確認したいと言って聞かず、子供が見るものではないという説得も聞き入れない。結局は灯が根負けして自殺した川へと連れて行くことになった。意外にも二人は落ち着いた様子で死体に手を合わせ、『植物使役』によって改めて埋葬し直してから要塞を放棄した。
灯は極度に自罰的だっただけで、双子には確かに慕われていた。姫裏だって灯が好きだった。搾取でも何でもいいから霰と霙と共闘するのが彼女にとって一番良かったと今でも思う。
それでも灯の遺志は継ぐ。姫裏は契約を違えない。
「……」
灯から受け継いだ『建築』を発動し、路面からコンクリートの檻を立てて車を囲った。
こうして要塞を出て車で連れ回して、いちいち檻に閉じ込めていては好感度が下がるのはやむを得ないのかもしれない。灯よりもよほど誘拐犯っぽい。しかし双子の身柄を守るという契約を結んだ手前、安全に気を払うことだけは譲れない。
『建築』による籠城では勝ち目が薄いし、もともと傭兵である姫裏にとっては脅威を全員殺してしまうのが一番確実で手っ取り早い。姫裏が動き回るとなると二人を要塞に置き去りにするわけにもいかず、出先で目を離している間は檻でも作って堅く守らざるを得ない。
駐車場を離れて春の公園を歩き、待ち合わせ場所の中央広場でベンチに座る。時計台を見上げると正午前、呼び出された時刻にはまだ少し早い。
「……春ですね……」
一陣の風が吹いて桜の花びらがあたりに舞う。そういえば、異世界でも魔法を使って花を咲かせたことがあった。
異世界では『契約』は手数料としてマナの譲渡を伴っており、そうやって得たマナを戦闘や一芸に使ったものだ。人間種族はマナの扱いに長けておらず自分自身では賄えないため、『契約』を介してエルフやフェアリーから授受する必要がある。
だが、この世界には「個人間でやり取りできる汎用エネルギー」という概念が存在しないため『契約』は戦闘に貢献しない。僅かに体内に残存していた異世界のマナもすぐに霧散してしまった。
とはいえ、戦いの本質は手段ではない。とにかく目的を達成することだ。
何事も臨機応変に、たった一つの冴えた方法を探らない方がいい。クロスボウでも体術でも魔法でも何でもいい。それは姫裏が傭兵をする中で学んだ教訓の一つだ。
「来てくれたんだね、お姉ちゃん」
「ええ、約束ですから」
ベンチの隣に花梨が座ってきた。愛する妹は少しやつれていたが、思っていたよりは元気そうだ。声の調子にも生来の明るさが戻ってきている。
「あれから大変だったんだからね。お姉ちゃんがいなくなって、警察も来るし、病院も出禁になるし、学校でも浮くし。留年しなかったのが奇跡だよ」
「それはすみませんでした。わたくしは大丈夫だと思ったんですけどね」
「書き置きくらい残してくれても良かったのに」
「そうですね、わたくしも少し先走っていたのかもしれません。何にせよ、今は元気そうで良かったです」
「いつまでも姉離れしないわけにもいかないもんね。だいぶ時間はかかったけど」
「そうですね、わたくしも同じです。そろそろ妹離れして異世界に戻らないといけません」
「本当は皆で異世界転移できれば良かったんだけどねえ」
「ええ、本当に。枠が限られているのはとても残念なことですが、契約は契約です。わたくしは契約で託された双子と共に異世界に戻ります。他は全員殺します」
「私は私の意志で友達を助ける。お姉ちゃんが邪魔するなら、今ここで殺すよ」
時計が正午を指した。間の抜けた電子音楽が鳴り始め、姫裏はベンチから立ち上がった。
瞬間、ベンチが粉砕される。高い時計台から飛び降りてきたのは小百合、『身体強化』の頑丈さに物を言わせた縦方向からの急襲だ。
ベンチに突っ込んだ身体はもちろん無傷で立ち上がり、姫裏に向けて軽く礼をする。
「綾小路小百合と申します。初対面で恐縮ですが、あなたを殺します」
「ご丁寧にありがとうございます。よろしくお願いしますね」
小百合が合流してくることは予想の範囲内だ。花梨と理李では火力が足りないし、戦えるチート能力者が何人も協力している方がむしろ自然である。元より全員を敵に回しているのだ。
まずは腕のクロスボウで小百合を撃つ。『身体強化』によって小百合には傷一つ付かないことはもうわかっている。見たいのはレスポンスだ。
「思ったより戦い慣れていますね」
矢筒から再装填しながら思わず称賛の声が漏れる。
眼球を狙ったというのに、小百合は避ける素振りを全く見せなかった。ダイヤより堅い眼球によって矢は折れて弾かれた。小百合は自分自身にバフがかかっている前提で動けている。認識と身体が一致している。
「好きで戦っているわけじゃありませんが!」
しかし、こちらに向かってくる動きは素人そのものだ。
モタモタした走りに体術の素養は感じられない。大振りな掴みを軽く横に避け、背中を軽く押すだけで小百合は地面に転がった。『身体強化』は物理的に無敵であるというだけで、触られたり押されたりする感覚はそのまま受けてしまう。立ち上がり、もう一度掴もうとする。避ける。転ぶ。立ち上がる。避ける。転ぶ。
何度転ばせても小百合はすぐに立ち上がり、懲りずに低姿勢でタックルを繰り返してくる。だがそれはやけっぱちの動きではない。どんなに無様で泥臭くても何度でもやれることをする、そういう割り切り方をしている者の動きだ。
上品そうな身なりと顔つきをしていながら、なりふり構わない姿勢はドワーフやゴブリンを思い出すほどだ。しつこさというのはそれ自体で明確な脅威であることを姫裏はよく知っている。強い覚悟が決まっている場合は特に。
十回目の転倒で、小百合は広場の隅にある資材置き場に突っ込んだ。
「そろそろ無謀なことがわかってきましたか?」
「全然!」
立ち上がった手には太い鉄骨が握られていた。十メートル以上の長さ、そして数百キロの重さがある極太の芯材を小百合は片手で摘まんで持ち上げていた。思い切り腕を後ろに引くのに合わせ、姫裏は低く地面に伏せた。
「えいやっ!」
長い鉄骨を水平に振り回す。
姫裏のすぐ頭上を鉄骨が唸り、耳に風の音が響いた。あまりのスピードに堅い鉄骨が僅かにたわんで軋む音がする。これが直撃すれば即死は免れない。
「なるほど、考えましたね。大型種族のドラゴンスレイヤーとかがそんな武器を使っていました」
自分の長所を理解している良い武器だ。
近接戦闘では全く勝負にならない以上は遠距離から戦うしかない。しかし小百合に強みがあるのは純粋な腕力だけ。この矛盾を解決するにはどうするか。
巨大殴打武器を使えばいい。攻防を兼ねる巨大な鉄骨は常人なら重すぎて扱えないが、小百合なら棒切れを振るのと変わらない。常識を超えた十メートル以上の射程で相手を殴れる。重量と速度を兼ね揃えた攻撃は雑に振っても当たれば致命傷だ。
とはいえ、このサイズの武器もオークとの戦いで慣れている。よく見れば十分に避けられる範疇だ。飛んだり伏せたりして殴打をやり過ごし、姫裏は後ろにステップして背後に林を背負った。
巨大武器はその大きさ故に開けた場所でしか扱えない弱点がある。障害物が邪魔になる場所では振り回せないのだ。木々の近くで動きを制限すれば避けるのは容易い。
しかし、次の一手は全く予想外のものだった。




