第45話:異世界帰りの傭兵は現実世界でも無双するようです・6
「やはり能力者から爆発が広がるわけですね」
しかし、姫裏が平然と感想を述べる声が聞こえる。涼の目の前、超至近距離に全くの無傷で立ちながら。
明らかに爆発圏内に入っている。直線で突っ込んできてそのまま十メートル以内に入った。それにも関わらずダメージを受けていない。『建築』にも『契約』にもダメージに対抗できる要素はなかったはずだ。何が起きているのかわからない。
涼がその答えをようやく理解したのは、穏乃が右手を強く引いたからだ。意識が握った手に移り、そこで何故か反対側の手が埋まっていることに気付く。
「そういうことか……」
姫裏が涼の左手を上から強く握っていた。
『無敵』の発動条件は手を繋いでいることだ。穏乃と右手を繋いでもまだ左手が余っている。だから空いた左手を無理やり握れば、姫裏にも無敵化が適用されて『爆発』をやり過ごせる。
涼は思わず二度瞬いた。そもそもの発想が違う。即死級の爆発を見て避けようとするのではなく、逆に致死圏内にまで踏み込んでいく。平然と命を張る選択を取る、これが異世界帰りの戦い方。
「能力バトルは初めてですか?」
馬鹿にしたように姫裏がせせら笑う。更には涼と穏乃が繋いだ手の上にも姫裏の手が重なる。
「触るな!」
涼は叫び、反射的に姫裏の手を振り払った。『無敵』は愛する穏乃を抱き留めるための能力だ。初対面の部外者が便乗していいものではない。
瞬間的な激情が涼の頭を沸騰させ、いつもの冷静な判断を狂わせた。姫裏の手を振り払うことは穏乃の手も放すことだと気付かないほどに。
姫裏はその隙を見逃さない。姫裏の長い脚が一瞬で伸び、凄まじい脚力で穏乃を蹴り飛ばす。強烈なトーキックにより、穏乃の身体は砂浜を何度も転がっていく。
蹴りと同時に、姫裏は涼の胸元にクロスボウを突きつけていた。
「はい、これで詰みです」
そしてクロスボウのレバーをゆっくりと倒していく。涼は姫裏の狙いに気付くが、もう手遅れだ。
涼の『無敵』ならいくら矢を撃たれたところでダメージは受けないが、矢は身体を透過して後方に突き抜けてしまう。
その先には穏乃がいる。射線を重ねられているのだ。穏乃は十メートル以上離れた場所で倒れており、手を繋ぎ直すのは間に合わないし爆発も届かない。
二択だ。『無敵』を発動したままでは穏乃に当たる。『無敵』を解除すれば涼に当たる。
涼は躊躇なく『無敵』を解除した。姫裏の剛力で装填された矢は易々と肋骨を砕き、肉も骨も貫通して胸に突き刺さった。
倒れた涼の肩を姫裏のブーツが上から踏み付けた。厚い鉄の靴底が肩の骨も砕き、穏乃にクロスボウを向けて宣言する。
「どちらも動かないでください。穏乃さんが一ミリでもこちらに近付くか、涼さんが『無敵』を発動した瞬間に穏乃さんを撃ちます。知っている範囲で良いので、他の転移候補の情報を教えてもらえますか?」
「……教えたら……見逃してくれるのかい?」
涼は辛うじて声を上げる。一呼吸ごとに激痛が走るが、幸いにも矢は肺を外れている。いや、声は出せるようにわざと外したのだろう。
「教えるなら二人ともヘッドショットで即死させてあげます。教えないなら『爆発』の射程外から穏乃さんを嬲り殺します。まず両膝を砕いて動けなくして、なるべく死なないように撃ち続けます。太い血管を避けて四肢を撃ち尽くしたあと、体幹も臓器を避けて撃ちます。ま、敵の情報を教えたところで貴女たちが不義理になるわけではありませんから、さっさと教えて楽に死ぬことをお勧めします。わたくしも無益な拷問は好きではありません」
「……勝ち誇るにはまだ早いだろう。考えなかったかい? ……『爆発』が無くても……僕一人でも範囲攻撃を扱えるってことをさ。こういう事態に備えて……僕が今付けているウェストバッグには自爆武器が入っていて……音声認証で起動するようにしてあるとか。手榴弾でも炭疽菌でも放射能でも、僕は撒き散らすだけでいいんだ。『無敵』さえ発動すれば……僕はあらゆる影響を受けないからね……」
「脅しになっていませんよ。本当に仕込んでいるならもう使っているでしょう。今こうして喋る意味がありません」
「それがあるんだ……別に使ってもいいんだが……異世界帰りで戦い慣れした君を……確実に倒し切る自信がない」
「自信があってもなくても今すぐ使うしかないでしょう? 使わなかったらどうせ死ぬんですから」
「使わずに死ぬのは僕だけだ……穏乃にはまだ逃げる目がある。そもそも……隠し武器を考慮すれば……僕と君の生死はいま五分五分なんだ。不確定ということは……交渉で固める余地がある、僕が言っていることがわかるかい?」
「それで交渉しているつもりですか?」
「契約だよ。内容はこうだ……僕がこの場で隠し武器を使わないことを約束する代わりに……君には穏乃の逃走を見逃してほしい」
「ふむ、利害の筋は一応通っていますね」
「そうだろう。僕にとっては……自分が死ぬ代わりに、穏乃だけは確実に逃がせる。君にとっては……穏乃を殺せない代わりに……僕の隠し武器に殺される危険が無くなり……しかも僕だけは確実に殺せる。これが落としどころだよ……合理的に行こう」
「いいでしょう、契約します。あなたが無抵抗で殺されるなら、穏乃さんを見逃します」
「ありが」
とう、と言い終える前に涼の頭を撃ち抜いた。脳髄が飛散して砂浜に飛び散り、姫裏は穏乃の方を向いた。
そのとき、穏乃は意外な表情をしていた。目の前で恋人を殺されたというのに、どこまでも理性的な瞳で姫裏を見ている。呆然とするでもなく、責めるでもなく、明らかに何かを考えていた。
「早く逃げてください、涼さんの遺志を無駄にしたくなければ。わたくしが負った責務は『あなたの逃走を見逃すこと』です。あなたに逃げる意志が無いなら契約の前提が崩れます」
「そうね。死体は埋めといてくれる? 爆発で砂浜も抉れてるし、ちょうどいいでしょ」
穏乃は踵を返し、平然と姫裏に背中を向けた。
「……」
実際のところ、姫裏と涼の間でチート能力『契約』は発動していない。
確かに契約を結ぶ場合はあらゆる不正を行えないが、契約を結ぶフリをして結ばないという偽証は可能である。契約を結ばないならばそれは『契約』の管轄外だからだ。
そもそも『契約』で同時に結べる契約は一人一つまでだ。複数人と契る場合も同時かつ同一内容でなければならない。複数の契約間で利害が衝突することを避けるためには当然の制約だ。今は既に灯と契約を結んでいるため、追加の契約はできない。
チート能力による強制は無い。穏乃を殺そうと思えば殺せる。
「ま、約束は約束ですから」
しかし、姫裏は穏乃を見逃した。穏乃は這う這うの体で逃げ去るでもなく、モデルのように堂々とした足取りで立ち去った。
チート能力が発動しようがしまいが、姫裏は自ら合意して結んだ契約を違えない。契約を破った方が有利だろうとペナルティがなかろうと、自分で口にした契約は絶対に履行する。
姫裏は『契約』を得たから公正な契約を履行するのではない。それは因果が逆だ。公正な契約を履行する人間だから『契約』を願ったのだ。故に、姫裏にとってはあらゆる約束が常にチート能力以前の約束である。
「あっちは十中八九嘘でしょうけどね」
穏乃が去ってから涼の遺体に付いたウェストバッグを開けた。
案の定、中には隠し武器なんて入っていない。異世界ならともかく、この現代日本で殺傷力を持つ小型兵器を素人が一日で調達できるわけがない。代わりに入っていたのは小さなクッキーの包みだけだ。
あの賢い涼のことだ。これが無茶なブラフだということくらい自分でわかっていただろう。それでも恋人を守るために命を賭けて契約に臨んだ。真摯な交渉に望む人間を無下にはできない。誠実な人間は好きだ。
涼の死体を埋める前の栄養補給として、クッキーを口に運ぶ。
「美味しくないですね……これ」
異世界でゲテモノ食いには慣れていたつもりだが、ニンニク臭いクッキーはそれに比肩する不味さだった。




