第41話:異世界帰りの傭兵は現実世界でも無双するようです・2
「まあ、性愛と友愛が同根かという議論は一旦脇に置いておきましょうか。確かに付き合うのはちょっと厳しいかもしれませんが、子供を庇護すること自体は善寄りの性質でしょう。実際、あなたはこの戦争下で霰さんと霙さんを何とか守ってきていますし、彼女たちも貴女を慕っています」
「それは一方的な搾取です。相手が慕っているからといって、私が自分の欲望を満たすためにそれを利用していいわけではありません。『建築』だって、本当は子供を囲い込んで支配するための能力です。近代兵器や人感センサーを設置できるのも中から子供を逃がさないためです。そんな人間が子供と接していいわけがないんです」
「少しナイーブすぎやしませんか? お互いに利用し合う関係が全て悪いわけではありませんよ。『契約』だって、合意の上でウィンウィンの関係が築ければ何でもよいのです。あなたが特定の年齢にだけ庇護欲を発揮する性質だって、上手くシステム化すれば長所に変えられるかもしれません。例えば異世界で子供たちを保護する孤児院でも作って、保母さんにでもなればいいでしょう。子供の自立を支援する施設はどこでも需要がありますよ」
「私は子供に自立してほしくないんですよ。精神的にも幼い子供だけが好きなんです。私が上から支配できる関係でないと嫌だから異常者なんです」
「それはいくらなんでも言いすぎじゃないですか? そんな感じの魔王は異世界にもいましたけど、あなたはそこまで邪悪な人間には見えませんがっ」
姫裏は大きく足を振って立ち上がった。足元の平たい小さな石を軽く蹴り出すと、水面を何度も回りながら跳ねていく。輝く日差しが水しぶきをスパンコールに変えた。
「隠しているだけです。本当のことを言いましょうか? 今日、あの子たちが私の隣に立って戦ってくれたこと、私は凄く嫌でした。あの子たちが自分のチート能力で私を守ってくれたことが、心の底から本当に嫌でした。私が守る側で、あの子たちは守られる側じゃないと嫌なんです」
「うーん、確かにそれは健全とは言い難いかもしれませんね。ですが、そういう不健全な欲求こそ異世界では許容されるのではないですか? 成年漫画などでよくあるでしょう。見た目は幼い子供だけど実は高齢のエルフだからセーフだとか、世継ぎだか何だかの事情で年端もいかない子供が嫁いでくるだとか。異世界でそういうフィクションを享受する選択肢はありませんか?」
「異世界は創作物の世界ではありません。ただ似ているだけです。創作の世界で生きる人はいませんが、異世界にはそこで生きる人々がいます。それは異世界から帰ってきたあなたが一番よく知っているはずです。双子と一緒に異世界にいったからといって、双子を手籠めにしていいわけがありません。自殺したときはそこを履き違えていました。創作物で許されることが異世界で許されるわけではありません」
「女神は許すと思いますよ。彼女はその手の倫理を全く考慮していません。良くも悪くも強烈な行動を行う人物を評価する、女神の基準はそれだけです」
「女神が許しても私が許しません。私は子供が憧れるような高潔な人間でいたいと思っています。でも、同時に無垢で幼い子供を支配したいとも思っています。現実だろうが異世界だろうが、私自身が矛盾しています。だからもう私以外に託すしかありません」
灯も石段から立ち上がった。河原にしゃがんで手を付く。
「あなたと命の盟約を結びます。死後も継続する故人との契約を」
『建築』が発動した。
灯の傍らで足元の石が天高くまで組み上がっていく。不格好な石の塔は逆三角形の奇跡的なバランスを保ち、その頂点にはさっきまで二人が座っていた巨大な石が乗っていた。
「私の代わりに、あなたがあの子たちを守ってあげてください。誰にも殺されないように、あの子たちが戦わなくてもいいように、チート能力を使わなくても生き残れるように守ってください。お願いします」
「何も死ななくてもいいじゃないですか。命の盟約は最終手段です、他にも道はあります。例えばわたくしがあなたと一緒に転移して、あなたが人の道を外れそうになったらわたくしが止めます」
「それはプロポーズですか?」
「いえ、あなたが人生に自信を持てないならわたくしが隣で支えると言っているだけです」
「それはプロポーズですよね?」
「そうですよ!」
姫裏は灯の腕を掴んだ。このまま力尽くで要塞に連れ帰って有耶無耶にしてしまえたらどんなにいいかと思う。
だが、灯はそれを許さないだろう。自分の矛盾を決して曖昧にしないから二度も自殺しようとするのだし、姫裏は灯のそういうところに惹かれている。契約とは自分の価値観と判断を熟考して明証できる者のための制度なのだ。
「どうして私を説得するんですか? とにかく契約して戦いたいんじゃなかったんですか?」
「わたくしだって傭兵である前に人間ですよ。あなたはわたくしによく似ているのです、欲望も葛藤も。わたくしもかつて無力な妹を庇護することが生き甲斐でした。ところがある日、わたくしは彼女が一人で友人を助けているところを目撃してしまったのです。そのとき気付きました、彼女はもう庇護されるだけの存在ではなくなってしまったのだと。それでわたくしは異世界転移することにしたのです。現世で妹を守る代わりに、異世界でチート能力『契約』を得て常に頼られる人生を送るために。わたくしと同じように、あなたにもきっと異世界に落としどころがあるはずです」
「ええ確かに、本当はあなたと異世界で落ち着くのがこの話の落としどころなんでしょう。でもダメですよ。私が私を許せないんです。これはチート能力以前の禁忌です」
「どうしてもダメですか? じゃあ単にわたくしの好みです。逃げずにきちんと内省できる誇り高い人が好きです。理知的な容姿とスーツの着こなしも好きです。あなたのことが好きです」
「それこそどうしてもダメです、私は十歳の幼女にしか興味がありませんから。でも、ありがとう」
灯は薄く笑って小さな石を投げ上げた。積み上げた塔の頂点にコツンと当たる。
小さな衝撃を受けた塔が揺れ始める。始めは僅かな微動がすぐにぐらぐらと大きくなり、アンバランスな構造を支えきれなくなる。
遥か高くから、重く巨大な石が落ちて灯の頭を直撃した。一撃で頭蓋骨が割れる。川に向かって倒れる身体、痙攣する肢体。もはや頭は完全に陥没して、中身の赤と白が川に流れ出していた。
姫裏は亡骸を抱きしめた。まだ残る死体の体温を川の冷気が急速に奪っていく。涙を拭って血に塗れた手を叩くと、橙色の光が溢れた。
「確かに任されました」
『契約』が発動した。チート能力『建築』の移譲を伴う全面委任契約が成立する。
故人との契約では、相互の合意による解約は存在しない。よって子を守り抜くという責務を完遂するか、存命する契約者である姫裏が死亡するまで契約は絶対に解消されない。
「あなたの遺志を継ぎ、わたくしの誇りに懸けて双子を死守します。だから他は全員殺しましょう」
姫裏は長い髪を後ろで一つに結んだ。立ち上がった姫裏はもう契約営業員ではなかった。
いくつもの国を滅ぼしてきた、異世界帰りの傭兵だ。




