第40話:異世界帰りの傭兵は現実世界でも無双するようです・1
【4/2 12:06】
自分の「子供好き」はどうやら世間一般の意味とは違うらしい。
灯がそれに気付いたのはいつだっただろう。思えば高校二年生のとき、初恋の相手が隣の家に越してきた小学四年生の女の子という時点で疑うべきだったのかもしれない。
彼女を一目見たとき、灯は地上に天使が舞い降りたと思った。明らかに世界が彼女の存在を祝福していた。
彼女の髪が風に吹かれて靡いたとき、春を駆ける陽光の粒子がその平坦で薄い身体の周囲を何度も旋回したのを確かに見た。それは風や光でさえも彼女の従者である証拠だった。彼女を一目見るだけで、この街に植えられた桜や地球に降り注ぐ太陽は彼女を彩るために存在してきたのだと理解できた。
中学から続けていた陸上部をその日のうちに辞めた。登校時間を彼女に合わせるためだ。偶然を装って何度か通学路で出会う内に、気紛れに彼女が家に寄るようになったときの嬉しさは今でも思い出せる。導かれるようにその手を握ったとき、崇高なる接触に涙を流した。
異変が起きたのは一年後のことだ。子供の成長は早い。季節が一周する間に隣家の女の子は劇的に成長した。少し背が伸びて、身体全体に肉が付き、肘や手が骨ばってきた。薄かった唇は少し厚くなり、平坦な胸は僅かに膨らみ始めた。
その変化を認識したとき、まるで電源を切ったように一切の関心が消え失せた。あとはもう疎遠になるのだろうなと直感し、実際にその通りになった。彼女と一緒に登校することはたまにあったが、灯の記憶には一切残っていない。それ以降もずっと隣に住んでいたのか、それとも引っ越したのかどうかすら思い出せない。
その後も同じことが何度も起きた。つい先月までは世界の全てとして信奉していた少女が、今月僅かに成長したのを見た途端にその他大勢にしか見えなくなるということが。
これには灯もだいぶ悩んだ。ただ単に自分の心性が歪んでいるだけであることに気付き始めたからだ。恐らくきっと誰もが一生に一度は抱く強烈な恋愛感情が、自分は特定の発達段階にある女児に対して外見だけで発動する。ありていに言えば、十歳前後の少女にだけ猛烈な興味を抱いている。
ただそれは「可愛いものが好きだから」ということにしてとりあえず納得した。子供好きの女性なんて特に珍しくもない。灯は人より少しこだわりが強いだけだ。生まれてはすぐに消滅する恋心との付き合い方も覚えた。どうせ永続しないことがわかっているのだから、あまり発展させずに見守るくらいでいい。
大学に入ってから念願の一人暮らしを始めた。華やかで頭の良い灯は大学でも人気者だった。サークルに入ってバイトもして、休日には地域活動のボランティアをやっていた。幼い子供を見るためという動機だったが、子供好きが子供と関わる福祉活動を行うのは適性を活かした自然な社会貢献だ。
就活も順調に終えた大学四年生のある日、知り合いの女の子が公園で一人ブランコを漕いでいるところに出くわした。彼女は小さな声とたどたどしい足取りがチャーミングで、特にお気に入りの子供のうちの一人だった。
声をかけてみると、今日はテストの点が悪かったからどうしても家に帰りたくないのだという。大変だねと笑いかけて、とりあえず一人暮らしの家に上げた。少し一緒に遊んで落ち着いたら家に帰そうと思っていたが、気付けば一緒に夕食を食べて入浴し、同じ布団で一緒に寝て、朝になって警察がドアを開けたとき、初めて事の重大さに気が付いた。
灯は未成年誘拐の現行犯で逮捕された。ただ、暴行を働いた痕跡は特に見られなかったこと、被害者児童が灯を庇ったこと、灯自身が深く反省していたことから不起訴に終わり、他所の子供を勝手に世話してはいけないと散々説教を食らって釈放されるだけで済んだ。
しかし前科は付かなかったとはいえ、灯の評判は子供好きのお姉さんから性犯罪者予備軍にまで落ちた。
大学でも白い目で見られるようになり、友達は皆離れていき、家族には泣かれ、国立こども図書館への内定を辞退し、地元でも評判が悪い建築事務所に拾ってもらった。後から聞いた話では、周囲も灯の子供への偏愛ぶりをうっすら怪しくは思っていたらしい。ネタなのかガチなのかという疑惑が逮捕で決定的になったようだ。
毎日深夜まで過酷な残業をこなし、布団に潜るたびに灯は一人でよく考えた。女の子を連れ込んだときのことを懸命に思い出そうとした。あのとき何を考えていたのか。自分の思考状態は異様だったのではないか。
「じゃあうちに来る?」と言ったときは冗談のつもりだったような気がする。しかし彼女が小声で小さく頷いたときに何かが決壊したような気がする。少し休ませたら家に帰そうと本当に思っていたかどうかも怪しい。このまま手元に置いてずっと家に閉じ込めようと思っていたのではないか。それが不可能だということに思い至らないほど異常な精神状態だったのではないか。
「私は異常者である、それが結論です。この世界で生きていていい人間ではありません。だから私は自殺と異世界転移を決意しました」
「はっきり言って、わたくしは気にしすぎだという印象を受けましたけれど。素人診断で恐縮ですが、あなたは別に病的な小児性愛者ではないと思いますよ。確かにいまどき他所の子供を家に連れ込むのはまずいですが、逆に言えば二十年前くらいならご近所付き合いで許されていたんじゃないんですかね。子供をレイプしたわけでもないですし、性的な欲求を向けているのではないんですよね?」
「でも、絶対にダメだとも思えないんです。然るべき手続きを踏めば、恋人同士になることも許されると思っています」
灯と姫裏は川辺の大きな石に並んで腰かけていた。
天頂高くまで昇った太陽の日差しが熱く降り注ぐが、川に流れる冷水が空気を冷やす温度差が気持ちいい。二人揃って靴を脱ぎ、裸足で流水を弄ぶ。
撫子と切華の襲撃を受けたあと、「双子には聞こえない場所で話したい」と灯から持ち掛けて要塞近くの川に来た。要塞の外では攻撃を封じる契約は無効になると姫裏は警告したが、灯は逆に契約の解除を申し出た。どうせ姫裏は約束を違えないから、チート能力なんて使わなくても口約束でいいのだと。
それは全く正しいし、特に灯に対しては間違いない。こうして身の上を話してくれることを嬉しく感じるくらいには、姫裏は灯のことを気に入っていたから。




