第39話:百合カップルは異世界でもドロドロ共依存しているようです・11
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「意外な展開だ。双子が協力して撫子くんたちを追い払った」
双眼鏡を構えた涼が木の上から飛び降りた。
「……良かった」
小百合は思わず安堵の声を漏らす。
自分の矛盾は自覚している。自分が殺せない相手こそ他の誰かに殺してもらうべきだとわかっているし、見殺しにする分には躊躇わないと決めたはずだ。だから撫子と切華による要塞への襲撃は見過ごした。
それでも、いざ子供たちが助かればよかったと安心してしまう自分がいる。戦いはままならないことばかりだ。
「悠長にしている時間はない。すぐにでも取り掛かろう。龍魅くん、頼んだ」
頷いた龍魅が『龍変化』を発動し、その姿は一瞬でドラゴンに変貌した。ドラゴンの身体は大きいが、翼を丸めて地に伏せれば十分森に隠れるサイズだ。
三人で縦に並んで背中に乗ると少し狭い。前から涼、穏乃、小百合の順だ。涼と穏乃が手を繋ぎ、小百合がその後ろから二人をまとめて抱きかかえるような形になる。
この体勢は裏切りを防止するためのものだ。『無敵』の適用範囲は涼の身体が触れている者に限られるため、小百合が後ろから抑えることで身体が離れないようにする。小百合の白く細い腕は頼りなく見えるが、『身体強化』の腕力に抵抗できる者はこの世に誰もいない。
獣たちが追い、撫子と切華が逃げる喧騒が森の中を移動していく。およそ百メートルほど先、龍魅が飛べば一瞬の距離だ。
「もう行こう。最速で頼む」
ドラゴンの太い四肢が思い切り地面を蹴って飛び上がった。翼はほとんど広げず釣鐘状の軌道でミサイルのように木々を越える。小百合が乗員の身体を抑えているおかげで無茶な制動にも耐えられる。
すぐにドラゴンの目が眼下で走る二人を捉えた。少し遅れて撫子と切華も見上げる。
視線が合う。切華がただちに構えのモーションに入るがもう遅い。既にまとめて十メートル圏内に入っている。
小百合が勝利を確信したとき、涼が小さく呟いた。
「悪いね。こう見えて僕たちも必死なんだ」
「え?」
「いくよ、穏乃」
『無敵』発動、次いで『爆発』発動。
穏乃を中心に爆炎が噴き出した。低空から地上までを覆う白炎の閃光が六人を飲み込む。
それは爆発というよりは致死領域の展開だった。嵐より吹き荒れる爆風、火山より燃え猛る灼熱。この中で生き残れるのは『無敵』の対象者、もしくはそれに匹敵するチート能力を持っている者だけ。
「!」
爆発の瞬間、小百合の足元が消えた。身体を浮遊感が包む。
とはいえ、小百合はどんな高所から落下しても傷つかない。ドラゴンの背から振り落とされたのか、まずは落ち着いて周囲を見渡す。
自由落下する小百合をグロテスクな燃える断片が囲んでいた。目を背けたくなる気持ちを抑え、冷静な状況把握に努める。太いうどんのような臓器、黄色と白が混ざった脂肪、大小様々な血液の塊、血を滴らせて光る鋼鉄の鱗。
鋼鉄の鱗?
おかしい。ここでようやく気付いた。
辺りを取り巻く生物の断片は質も量も異常だ。人間一人や二人の体積を明らかに超えている。それに個々のパーツがあまりにも大きすぎる。何かの臓器か筋肉の塊が小百合の手の平より何倍も大きい。
それに撫子と切華は地上にいたはずだ。いくら爆発が直撃したからといって、こんな上空まで小百合を囲むように肉片が飛び散るだろうか。
そう、これはもっと大きくて、小百合の近くを飛んでいた生物が『爆発』を受けて弾け飛んだ残骸だ。
「龍魅さん!」
今更呼んだところで何にもならない。もう龍魅の全身はバラバラに壊れた後だ。
身体が地面に打ち付けられて小さく呻いた。痛くはないが、身体に降り積もる肉片のペチャペチャという音が気持ち悪い。腹の上で何かの肉がソテーのように燃えていた。
小百合は嘔吐する。吐瀉物には米粒が混ざっていた。出発前に小百合が作ったおにぎり、龍魅と並んで食べたそれの残骸。
そのすぐ隣に、消化されかけた海苔が木にへばりついているのを見付ける。龍魅の胃の内容物だったそれを掬って口に押し込んだ。酸味が広がるのを我慢して懸命に飲み込んでから、自分は何をしているのかと思う。
混乱している。だが、混乱しているときは行動を制御できないから混乱なのだ。ぐるぐる回る頭の中身が漏れ出したように周囲が歪んで見える。大量の赤いインクが木々を彩り、焼けた肉の臭いが周囲一帯に広がる。火炎が全てを焼き尽くす。
「穏乃、後ろはどう?」
「誰も追ってきてないわ。龍魅は間違いなく死んだけど、他の三人はわからない。ドラゴンの中身が多すぎて他に何も見えない」
「それでいい。今は離脱が最優先だ」
「怪我はしてない?」
「絶対にしないから『無敵』だよ」
「それもそうね」
涼と穏乃は既に車に乗って走り出していた。
急襲後はすぐにその場を離脱する。現場を確認する余裕はない。生存者がいた場合に勝てる見込みは薄いし、『身体強化』の小百合は素で『爆発』を耐えている可能性も無くはない。正面から戦えないからこそ、こんな作戦を選んだのだ。
武闘派のチート能力を持つ四人、龍魅と小百合と撫子と切華をまとめて片付ける作戦を。
「作戦通りね」
「僕たちから見た限りではね。予想外があるとすればあとは彼女たちだ」
龍魅と小百合への説明には嘘と過大申告がいくつもある。
そもそも抑止力がどうとか安全がどうとかいう話は全て後付けの出鱈目だ。『無敵』と『爆発』は異世界での安全を確保するための能力ではない。
これは二人が愛を確かめ合うための能力だ。涼と穏乃はそのためだけにチート能力を願った。故に性質、条件、制約の全てはそこに由来している。
本来、『爆発』とは無理心中能力である。爆発域が穏乃を中心とした半径十メートル以内に限定されているのは、穏乃自身と隣にいる恋人を爆死させるためだ。『爆発』の被害範囲には穏乃自身が必ず含まれ、発動した瞬間に自らも即死する。
ただし涼の『無敵』が有効な場合に限り、二人そろって無敵になって一切のダメージを受けない。つまり涼が穏乃を愛して手を繋いでくれる限り、穏乃も涼も傷一つ負うことはない。しかし涼が繋いだ手を放すなら、ただちに涼と心中する。それが穏乃の願いである。
だから『無敵』とは心中阻止能力である。手を繋ぐことで穏乃への愛を示し、揃って無傷で生還する。故に『無敵』の正しい適用対象は身体が触れている者ではなく手を繋いでいる者だ。涼が気にかけるのは手を繋ぐ恋人だけだから。
龍魅と小百合には対象範囲を過大申告していた。涼の他に無敵化していたのは涼と手を繋いでいた穏乃だけ。身体が触れていただけの小百合と龍魅は無敵化せず、『爆発』が直撃する。
そもそも、涼と穏乃は異世界でも二人で暮らすことしか考えていない。他の転移候補と組むつもりなど最初から一切なく、程々に利用した後は適当なところで裏切って殺す前提で声をかけている。
「……」
「……」
クーペは無言で走る。涼はアクセルを踏み続け、穏乃はずっと背後を見ていた。
二人だって快楽殺人鬼ではない。殺すか殺さないか、騙すか騙さないか。もしそれを選べるなら、殺さないし騙さない程度には人間であるつもりだ。他人の死を悼む気持ちも、他人の幸福を祈る気持ちも持っている。
だが、人生には優先順位がある。二人で異世界転移するためならば、それ以外の全てを切り捨てるのもやむを得ない。
これはチート能力以前の愛だから。




