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第32話:百合カップルは異世界でもドロドロ共依存しているようです・4

 姫裏は既に患者衣から着替え、女性用の質素な襟付きTシャツとロングスカートを着用している。しっかりした立ち姿も自信に満ちた顔つきも健康そのものだ。ほんの数時間前まで昏睡状態だったと言われて信じる者はいないだろう。


「そうそう、お待ちしている間にAAサーバーが更新されていました。恐らくは花梨か理李あたりが気付いたのでしょうね」


 姫裏が自らのスマートフォンを提示して見せた。AAサーバーのチャットで姫裏も転移対象に該当する旨が新たに共有されている。


「これでわたくしも異世界帰りを賭けて戦う旨が周知されました。順番が前後しましたが、それを踏まえて共闘の申し出に参上したわけですね。まずはわたくしのチート能力『契約(コントラクト)』についてお話だけでもお聞き頂ければ」

「それって保険契約みたいなものかしら? 何かの損害を補償するとか?」

「いえ。『契約(コントラクト)』とは、契約の内容というよりは契約の履行に係るチート能力です。一度やってみせた方が早いですから、とりあえず一つ契約してみましょうか。例えば、この家の中ではお互いに攻撃できないことにしましょう。つまりわたくしはあなたたちに攻撃しないこと、あなたたちはわたくしに攻撃しないこと。これらを同時に約定します。宜しいでしょうか?」

「オーケー」

「応」

「ありがとうございます。では、これにて契約成立となります」


 姫裏は綺麗な柏手をパンと打った。『契約(コントラクト)』が発動し、両手の間から僅かに橙色の輝きが漏れる。


「では、確認のために試しに攻撃してきてもらえますか?」

「どういうことだ? たった今攻撃しないという契約を交わしたはずだが」

「一度成立した契約を破れないように縛るのがわたくしのチート能力なのです。それがどういうことかは一度体験して頂くのが手っ取り早いので」


 そこまで言うなら、と半信半疑で腕を振るう。居合のように腕を抜き、軌道上に姫裏の姿を捉える。『創造(クリエイト)』で一瞬刀を握れば、姫裏の身体は袈裟懸けに両断される。


「……?」


 しかし『創造(クリエイト)』は発動できなかった。

 奇妙な感覚だ。発動しているつもりだが発動していない、のではない。その前段階だ。何故か発動する気が起きない。発動しようという意志が抑えられている。

 試しに下駄箱に置かれている空の花瓶を掴んで殴りかかってみるが、やはり当たる以前にそうする気力が失せて自ら腕を下げてしまう。

 隣で撫子も眉をひそめた。『模倣(コピー)』で何か攻撃しようとして同じ状態になっているのだ。


「ご理解頂けましたか? 『契約(コントラクト)』とは一種の洗脳能力、契約に背く意志を抱けなくなるチート能力です。もちろんわたくしも同じ状態になっております」

「なるほど、これは確かに不思議な感じね。いま私自身が攻撃するのではなくて、あなたを攻撃するキャラクターを演じることを試みているのだけれど、それも駄目みたい」

「ええ、『契約(コントラクト)』は契約の破棄に繋がる行動を全て根本から抑えます。そのくらい強力でなければチート能力とは言えませんから」

「まあ、今は警戒の手間が省けて楽でいいわね。嘘を吐いてる様子もないし、立ち話も何だから上がっていく? ちょうど夕食が出来たところだから、良ければ御一緒にどうぞ」

「ありがとうございます。厚かましい訪問となり恐縮ですが、是非お願いいたします」


 数分後には、櫻家の食卓に三人が集っていた。片側に撫子と切華、反対側に姫裏。

 今日の夕食はカレーだ。少し冷めてしまった鍋を温め直し、三人分の配膳が完了している。

 撫子が作ったカレーは市販のルーを混ぜたものだ。大した手間はかけていないが、隠し味に珈琲やソースを加えてシチューのようなコクがある独特の高級感が漂う仕上がりになっている。

 撫子はちょっとした工夫だけで料理をぐっと本格志向に見せかけるのが上手い。それは見せかけが上手いという演技能力の一つなのか、それとも単に母親としての努力の成果なのか。


「とても美味しいですね。うちは母親が早くに死んでしまったものですから、胸に沁みるようです」

「お客さんにそう言ってもらえて嬉しいわ。それで歓談の話題と言っては何だけど、軽く異世界のことを聞かせて頂ける? 私も切華もすごく興味があるもの」

「もちろんです。前回は特にトラブルなく異世界転移が完了し、ちょうど一年間は異世界におりました」


 具沢山のカレーを食べながら、姫裏は異世界での出来事を話し始めた。

 姫裏が転移した異世界はゲームでよくあるいわゆる剣と魔法の世界だ。スライムやゴーレムが住んでおり魔法が使える。姫裏は異世界では『契約(コントラクト)』を使って村長や国王と契約し、傭兵の真似事をしていたらしい。手強いモンスターを倒し、多くの人々を助け、悪を挫いてきた。

 切華と撫子が矢継ぎ早に繰り出す質問にも一つ一つ答えていく。倒したモンスターは食べられるのか、魔法はどのように使うのか。話の内容は全くの絵空事のようでありながら、その口調には実際に経験した者にしか出せない真実味があり、撫子は身を乗り出して耳を傾けた。

 盗賊団討伐の仕事を終えて休んでいたら『蘇生(リザレクション)』で急に呼び出されて驚いた、と笑って姫裏は一旦話を結ぶ。その頃には撫子はカレーを一杯、姫裏は二杯、切華は三杯食べ終えたところだった。


「ありがとう。とっても面白かったわ。私も演技だったら何度か魔法を使ったことがあるけれど、本当に使った人の話を聞くのは初めて」

「喜んでいただけて何よりです。いずれわたくしたちが共闘して転移する暁には、一緒に異世界で過ごせることを願っております」

「そうね。それじゃあ本題に戻りましょうか」


 撫子が二杯の珈琲と一杯のミルクを食卓に配った。姫裏は珈琲を受け取って改めて口を開く。


「では改めて、わたくしの共闘プランについて説明しましょう」

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