第31話:百合カップルは異世界でもドロドロ共依存しているようです・3
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「そちらの要望通り、灯くんが『建築』を使っている姿を録画しておいたよ。気付かれないように遠くからドローンで撮っているから画質は微妙だけどね」
撫子は涼から送られてきた動画を開いた。確かに灯とドラゴンが戦っている。
身の丈を遥か超えるドラゴンに対し、細身の灯が果敢に立ち向かう。髪を振り乱して目を血走らせ、これ以上侵攻させまいと無数の防壁を立ち上げる。
よく見れば壁の挙動は複雑怪奇だ。ブラフとして数センチだけ立ち上げる砂壁の裏で、巨体の死角を狙って鉄壁が急速に盛り上がる。一瞬ごとに素早く判断を切り替えて『建築』を近接戦闘で使いこなしている。
しかし、その全てを龍魅が的確に吹き飛ばす。荒々しい動きだがただ暴れているわけではない。傍から見るとむしろ非常に冷静だ。壁の生え際というのか、壁が完全に立ち上がり切る前に本命だけを見抜いて丁寧に捌いている。爪や尾だけではなく牙まで用いて、全身で防壁の展開を妨害する。
二人ともチート能力は昨晩得たばかりのはずだが、熟練の魔導士同士の攻防のように鮮やかだ。チート能力とは人生でずっと願い続けていたものであり、今まで何度もイメージトレーニングを重ねてきたのかもしれない。
「期待以上だわ。大したものね」
「それなら撮ってきた甲斐もある。存分に鑑賞してくれたまえ」
撫子の『模倣』は対象のチート能力をコピーする能力だが、何の知識も無しに最初から完璧にコピーできるわけではない。実際、グラウンドで『龍変化』を一目見ただけでは右腕だけを龍に変えるのが精々だった。
十全なコピーを行うには、チート能力を発動している者の主観的な感覚を掴む必要がある。何を考えながらどうやってチート能力を使っているのか。
それはこうして必死で懸命に戦っているときが一番よく表に出てくる。動画データならば何度も繰り返し見られるし危険もない。これは値千金のデータだ。
撫子は一旦動画を閉じて通話に復帰した。
「ありがとう。これなら『龍変化』の方も参考になりそうだわ。こっちからの見返りは特にないけど、それで大丈夫かしら?」
「問題ないよ。こちらとしては灯くんの要塞を攻めてほしいとは思っているけど、強制はしない。お互いに出来ることをして、いけると思ったらやってくれればいい。合理的に行こうよ」
涼から協力の打診があったのは正午頃だ。
撫子と切華が既に組んでいることを伝えると、「部分的に協力したい」「僕たちに出来ることなら何でも言ってほしい」という。ダメもとで他の転移候補がチート能力を使って戦っている動画を希望してみたら本当に提供してきてくれた。
「そうね、今日一杯は動画を見ながら検討して、明日の朝には要塞を攻めてもいいかもしれないわね。他に役立ちそうな情報はあるかしら?」
「龍魅くんたちから報告を受けたところによると、灯くんは霰くんと霙くんを匿っているようだ。それで戦意を喪失して襲撃を中断したらしいが、それについてどう思うかは聞いておきたいな」
「うーん、子供だからって特別扱いする理由は無いわね。十歳なんてもう自分で立派に考えられる年齢でしょう。もちろん戦う気がないなら穏便に済ませるけど、そうじゃないなら何があっても仕方ないって感じかしら」
「はは、さすが元天才子役だ。十歳の頃には大人を食って活躍していただけのことはあるね。そして僕も同意見だ。少し可哀想ではあるけど、戦うなら無力化せざるを得ない。どんな形であれね」
「ちなみに龍魅ちゃんたちが手を引いたのはあなたの予想の範囲内?」
「少し意外ではあるが、全く予想していなかったわけではないくらいかな。龍魅くんと小百合くんはウェットで感情的なところがあるから。二人ともチート能力を戦闘に振り切っていることも併せて、その脅威を再認識したよ」
「協力するなら脅威なくらいがちょうどいいんじゃないかしら?」
「扱いたい脅威と扱いたくない脅威はあるさ。そして感情的に不安定な武闘派は後者と言わざるを得ない。もっと手近な言葉で評してしまえば、アウトローの龍魅くんはもともと信用できないし、小百合くんはまだ自分の信条を確立していないように感じる。その点、あなたたちは強くて理性的だ。今は龍魅くんたちとも協力する素振りをしているけれど、そちらを釣り餌にしてこの動画を撮ってきているのがあなたたちを優先している証拠だと思ってほしいな」
「どちらかと言えば心象が悪いのは私たちの方だと思うのだけれど。なにせ、切華が全員の前で月夜ちゃんを殺したところからこの争奪戦がスタートしているのだし」
「まあ実際、特に小百合くんは切華くんを病的に嫌っているようだね。とはいえ、僕は月夜くんの殺害はやむを得なかったと理解しているよ。あそこで動かなければ全員の身が危険だった。むしろ全員を守るために月夜くんを殺す判断をした冷静さを買ってあなたたちと協力したいと思ったさ」
「買い被りどうも。何にせよ、明日の朝には灯ちゃんの要塞を攻めてみて、あとの流れはその結果次第って感じかしらね」
「承知した。幸運を祈っているよ」
「またまた。そちらとしては相打ちにでもなってくれた方が都合がいいでしょう?」
「ははは、そう言われるとノーとは言えないけどね。まあ、別に憎み合っているわけでもないんだ。せめて形くらいは無事を祈らせておくれよ」
そこで通話が切れた。隣で通話を聞いていた切華は眉間に皺を寄せている。
「涼はどうにも胡散臭いな。これは拙の直観だが、都合が良すぎて却って不自然だ」
「同感。これは私の確信だけど、彼女って典型的な二枚舌ね。頭の回転がとっても早くて、その場その場で相手に合わせて言うことをコロコロ変えられるタイプ。こっちの意見を先に聞いてから後出しで合わせてくるし、たぶん誰にでも協力を申し出てるでしょ。『他の協力は全て見せかけ、本命はあなた』って調子で、相手方を分断しておくことも忘れないあたり抜け目ないわ。そんなことをしていたらいずれは四面楚歌だけれど、三日くらいなら大丈夫だと踏んでるんでしょう」
「やはりか。拙が一番嫌いなタイプだ」
「ま、しばらくは協力しておきましょう。人数が減ってくるまでは手当たり次第に共闘してもいいっていうのは間違ってないしね。重要なのは、いずれどこかで必ず来る裏切りのタイミングだけ。そのとき優位に立てれば何でもいいわ。どうせ私からしたら児戯もいいところだし」
にやりと笑う撫子に、まあそうだろうな、と切華は苦笑する。
撫子は嘘を見抜く達人だ。切華も子供の頃はしょうもない嘘を吐くたびにこっぴどく叱られていた。三個食べたチョコを「二個しか食べてない」と言っただけで嘘がバレるものだから、幼い切華は撫子を魔法使いだと思っていたくらいだ。
真相はと言えば、「撫子に芝居で勝てる者は誰もいない」というだけの話だ。嘘とはすなわち真実を隠す芝居であり、撫子の領域なのである。それは単に撫子という人間の才能、チート能力以前の才能だ。
「さて、待たせちゃってごめんなさいね。タイミングが悪くて」
撫子が玄関口に向かって振り返る。
「今度はあなたの話を聞きましょう。対面で嘘が分かるのも気まずいし、正直に話してくれると嬉しいわ」
「いえいえ、こちらこそ急に押しかけてしまい申し訳ございません。そして、わたくしはこれからのお話に一切の偽証がないことをここに誓いましょう。契約とは、お互いに要件の一切を正しく完全に理解した上で自由意志の下で行われなければなりませんから」
両手を礼儀正しく腰の前に揃え、姫裏がにっこり笑って応じた。




