第28話:疲れ果てた社畜OLは異世界でゆったりスローライフを送るようです・8
ドームの内側が剥き出しになる。
中身はキッチンやテーブルが揃った、意外と質素な生活空間だ。その奥には少し小さなドームが入れ子になっている。恐らく、そちらが涼から貰った動画に映っていたドームだろう。元々の要塞に更に大きな壁を付け足すことで拡大していたのだ。
灯と目が合う。絶句した灯は自分の口が開いていることにも気付かないまま小百合を見ていた。それも無理からぬことだと小百合自身も思う。要塞が一撃で吹き飛ばされたことに加えて、それがまさか龍魅ではなく華奢な小百合の仕業だとは夢にも思わないだろう。
三匹の子豚の童話を思い出して居心地が悪い。森で穏やかに暮らす子豚の家を破壊しに来た狼になったような。違いがあるとすれば、煉瓦の家だろうがオリハルコンの家だろうが小百合の前では藁の家と変わらないことくらいだ。
「いきなりお訪ねしてしまい申し訳ありません。投降してくれませんか? 両手を挙げて頂ければ殺しはしません。あと五秒数える間に教えてくださいね。一、二……」
三、と言い終わったところで灯が動いた。地面に手を付き、『建築』を発動する。
目の前に石の壁がせり上がるが、飛び込んできた龍の爪がそれを打ち砕いた。灯は一歩後ろに下がって避け、『建築』の発動が中断される。
続く尾のスイングには鉄壁を立てて防壁とするが、一枚立てれば一撃で消され、要塞を再建する余裕が与えられない。嵐のように攻める龍魅に対し、その場しのぎの壁を建て続けるのが精いっぱいだ。
小百合は灯との戦闘を龍魅に任せ、いまや内装だけになった要塞を奥に進んでいく。
小百合に灯は殺せない。灯を前にして、やはり龍魅が言っていた通りだと思った。明らかな悪意を向けてきているチンピラならまだしも、憎んでいるわけでもなく、何の罪もない知り合いを殺せるほど小百合の心は強くない。灯はただ異世界転移したいだけで、それは小百合と同じなのだ。
しかし、殺害に間接的に加担するところまでは背負える。それが自分のラインなのだと思う。その設定は全く恣意的なもので、もしかしたら殺人を厭わない切華や龍魅より卑怯かもしれない。それでも、自分で自分にできる範囲を見付けてやっていくしかない。きっと安全圏の外で生きるとはそういうことなのだ。
残る小百合の仕事は内部偵察だ。他の仲間がいれば投降させるなり拘束するなりした方がいい。内側で入れ子になった小さなドームに手をかける。仲間が隠れているとしたらここだ。
もう要領は掴んでいる。さっきと同じように指を差し込み、小百合は要塞を持ち上げた。さっきよりも軽々とドームが吹き飛び、中に隠れている人物たちが露わになった。
「……」
「……」
霰と霙が寝っ転がってゲームをしていた。
ゲーム画面にポーズをかけて小百合を見上げるが、その目はいたって平熱だ。恐怖に染まっているわけでもなく、ただフラットな無表情で小百合を見ている。
小百合はフリーズする。さっき決めたはずのラインが揺らぎ始める。
殺すのか? この子供たちを。今目の前で殺し合いが起きていることさえわかっていないような、澄んだ瞳でゲームをしているだけの無辜の子供たちを。
霰と霙の出現は完全に予想外だったわけではない。もし仮に相手が霰と霙だとしても容赦しないつもりでは一応いた。しかしそれは実態の伴わない覚悟でしかなく、いざとなったら足踏みするだろうとも思っていて、二人を前にしてそれが現実に変わった。
いくら何でも、こんな小さな子供を殺すのは無しだと思う。高校生はよくて小学生は駄目なのか。どうして無しなのかはわからない。それでも、それは何かを踏み越えてしまっている。殺人の線引きなどというものがあるとして、小百合はまだ確立していないのだ。何歳からなら殺してもいいかなんて。
「!」
小百合が振り返ると、ちょうど龍魅の瞳が霰と霙の姿を捉えたところだった。爬虫類の虹彩が縦に収縮する。次のワンアクションまでの間、小百合は永遠の時を待った。龍魅の審判を待っていた。
龍魅は子供を殺すのか? もしそうなら、小百合は二人を守るべきか? 約束を違えて、龍魅と敵対してでも守るべきなのか? 龍魅を裏切ることと子供を見殺しにすることは、どちらをより避けるべきなのか?
わからない。小百合にはわからない。
「やめだやめだあ。ガキがいるんじゃあしょうがねえだろ。おい、どっちだあ? なんで匿ってんだあ」
龍魅は変身を解き、溜め息混じりに灯に言葉を投げる。いきなり戦意を喪失した龍魅に対し、灯は戸惑いながら答える。
「……どっちとは?」
「ガキども転移させるつもりあんのかあ、ねえのかあ」
「あるに決まってるじゃないですか。あるからあなたと戦ってるんですよ。この子たちと私の三人で異世界転移して暮らすために!」
「阿呆があ! ガキどもによく言っとけえ、自殺も転移もガキがするもんじゃねえだろおが。また来っからよお、そんときまでに話付けとけや。ガキども説得してねんだったら、おめえ殺してわしが諦めさせたらあ。じゃあな」
吐き捨てた龍魅は踵を返し、慌てて小百合も背中を追う。
もう戦闘は終わった。子供がいるなら戦うべきではないと龍魅と小百合が揃って判断したからだ。収穫のない襲撃ではあったが、小百合の胸には解き放たれたような安堵感が残っていた。
これでいいはずだ。私たちは殺人鬼ではない。




