第27話:疲れ果てた社畜OLは異世界でゆったりスローライフを送るようです・7
【4/1 17:23】
ビーッという大きな警告音。そして無機質な電子メッセージが続く。
「そこから先に進まないでください。その線を越えれば攻撃の意志ありとみなします」
眩いレーザーが小百合と龍魅の足元に一閃する。地面に焼け跡の境界線が刻まれた。
「ずいぶん立派になってんなあ」
「他にやることも無いでしょうしね。宣戦布告とかは要らないでしょうか?」
「敵だから黙って襲うんじゃあねえ、黙って襲うから敵なんだあ」
灯の要塞は、涼の動画で見た時よりも規模を増していた。
鉄板に覆われたドーム状の家屋自体がもう二回りほど大きい。動画で見たときは木に紛れて森に潜む基地くらいの印象だったが、いまや少し見上げなければ全体像が見えないほどだ。表面にはレーダーやセンサーのようなよくわからないパーツがいくつも取り付いている。周囲にもいくつか砲台が立ち、何門もこちらを向いて威嚇していた。
涼がここを訪れたのは今日の朝頃だったはずだ。今は日が暮れかけた夕方。まだ数時間しか経っていない。
涼たちに居場所を掴まれたことで、気付かれないように潜伏することは放棄して防御を固める方向で増築したのかもしれない。実際、涼たちからの情報共有を受けて小百合たちが襲撃に来ているわけで、その判断は正しい。
「じゃあ行きますね」
「おう」
小百合は足を上げた。レーザーが地面に刻んだラインを恐る恐る踏む。途端に砲門が一斉に動く。
「うわっ」
頭上から五本のレーザーを浴びた。さっき地面を焼いた閃光が縦横無尽に身体を横切る。
着ている服が線状に炭化し、その下から白い肌がつるりと見えた。一部が刻まれて落ち、小百合は慌てて露出した臍を手で隠す。『身体強化』はレーザー程度では全くびくともしないが、服はそうではない。
「ちょっと、これは……」
「気にすんな。ここにはわししかおらん」
「それはそうですけれど」
服程度でどうこう言っている場合でもない。仕方なくもう一歩踏み出すと、足元でカチリというスイッチ音。なんだろうと思って足を持ち上げた途端、パンと乾いた音。そして砂埃が高く舞い上がる。
対人地雷だ。驚いて尻餅をつくが身体は全く無傷。細い足には何の痛みもなく、傷一つ付いていない。
「思ったより殺す気ですね……」
「そりゃあなあ。わしらも同じだんろ」
龍魅は小百合の後ろで宙に浮遊している。人間態に龍の翼だけを生やした状態だ。
龍は人体とは比較にならないほど頑丈だが、『身体強化』のように概念レベルでの無限の堅牢さを誇っているわけではない。巨大な龍形態では的が大きすぎて砲撃か何かで撃ち落される危険もあるため、とりあえず人間態で様子を見ているのだ。
「では進みます」
もう一歩前へ。対人地雷を踏む。無傷。
もう一歩前へ。工業用レーザーを浴びる。無傷。
もう一歩前へ。全身を銃撃される。無傷。
もう一歩前へ。ウォーターカッターを浴びる。無傷。
歩くたびに現代兵器が起動するが、小百合には傷一つ付けられない。数歩進む頃には転ぶこともなくなった。通学路を歩くようにすたすたと進んでいく。
兵器の攻撃を浴びるのは龍魅と格闘しているときに腕や胸を押されるのとは全く感覚が違った。組み手をしているときのグッと押される感じがない。腕や足を風が軽く撫でていったり、足元で振動を感じたりするだけだ。
この違いは恐らく『身体強化』の性質に由来している。『身体強化』は身体をどこまでも頑丈にするが、皮膚の感覚はそのまま残っている。
だから無機物からの攻撃は単なる物理現象として気にしなければ済む一方、人間からの攻撃は有機的な接触として受け取ってしまうために無視できない。例えば人に肩を掴まれたときに生じているのは単に数値的な圧力だけではなく、言外に強制力のようなニュアンスを含んでいると言えばわかりやすいだろうか。
小百合がドーム状の家屋に近付いたところで、龍魅は後方で『龍変化』を発動した。
藍色の鱗の龍が低空で顕現する。小百合が浴びた攻撃から飛び道具の発生源を特定し、一気に炎で焼き払う。小百合の身体も炎に巻き込まれるが、『身体強化』はドラゴンの炎でさえ受け付けないことは確認済みだ。
「すみませーん……」
要塞に到達した。ドアや通用口は見当たらず、呼びかけて声が返ってくるはずもない。
鉄板の上に両手を置いた。獣の爪のように軽く立て、指先に力を込める。バキンという破裂音と共に鉄板に穴が開いた。細い指が厚さ数センチもある板を貫通する。そのまま紙を割くように左右に引きちぎる。『身体強化』の前ではどんな物質で建てたどんな建物でも発泡スチロール作りも同然だ。素手で解体できる。
しかし破った表面がすぐに再生してしまう。裏側から新たな鉄板が出てきて損傷を覆うのだ。元からそういう仕組みが組み込まれているのかもしれないし、灯が『建築』を使って同時に再生しているのかもしれない。
三秒考え、もっと効率の良い突破方法を思い付いた。小百合は地面にしゃがむと、鉄板と地面の境界に指を差し込む。
「えいっ」
そして腕を思い切り上に持ち上げる。
ドームが空高く吹き飛んだ。固めた基礎を全て無視し、地面から完全に掘り起こして、お椀のような半球が宙を舞う。一トンや二トンどころではない大質量の塊が空高くから森に落下する。太い木々がまとめて圧し折れ、あたりに小さな地震が起きた。




