第18話:剣の達人は異世界でもモンスターを切りまくるようです・11
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灯は髪を後ろで結び、ピンクのエプロンを羽織った。長い菜箸を持ってキッチンの前に立つ。
レンジで火を通したジャガイモと人参を鍋に放り込む。大きな鮭に小麦粉を振り、たっぷりバターを引いたフライパンに敷く。弱火でじっくり火を通してからバーナーで軽く炙って表面に焦げ目を付ける。
ベーコンと卵とレタスを適当に刻んで炒める。いつもなら塩胡椒を効かせるところだが、今日はなるべく優しい味付けにしたい。ケチャップとマヨネーズを添えれば十分だろう。
次々に出来上がっていく料理に上機嫌で鼻歌を歌う。思い切り趣味に没頭するのも久しぶりだ。出社の無い平日の朝がこんなに気持ちいいものだったとは知らなかった。もちろん会社は無断欠勤しているし、もう二度と行くつもりはない。
会社用のchatworkは昨日のうちにアンインストールしていたが、代わりに朝から定期的に鳴っているのはdiscordからの通知だ。料理がひと段落したところでAAサーバーの履歴を確認していく。
「天使と人間のセックスは不可能ではないがAAは関心がない、ね……」
よくわからない情報が目に入ってきて眉を顰める。
誰かがAAを襲おうとでもしたのだろうか? 確かに見た目には文字通り人間離れした美形であるAAに下心を持つのもわからない話では無いが、そこまで節操のない人間がいたとは思えない。あえて言えば見るからに粗暴な龍魅あたりだろうか。
この共有チャンネルはAAにとっては手間の削減くらいのものだろうが、転移候補にとっては情報的な抜け駆けの抑止という意味を持つ。
この自動共有によってAAとの会話から一人だけ有利な情報を得ることは出来なくなるが、逆に言えば、きちんとチェックしておかなければ不利益を被る可能性もある。なるべくこまめに目を通しておくのが望ましい。
コンソメスープが沸騰する直前で火を止める。ジャガイモが軽く箸で崩れる程度に柔らかくなっていることを確認し、大きな皿を三枚取り出したところでピンポンという音。
それは通知音ではなく、電子インターホンが鳴る音だ。横目で見たモニターには涼と穏乃の姿が映っている。
「もう来るのか……早いな」
まだ数時間しか経っていない。いずれ探し当てられるとは思っていたが、想定より遥かに早い。
無骨な監視カメラがジーッと音を立てて涼と穏乃にピントを合わせる。涼はカメラの前で両手を上げてみせた。
「涼だ。僕たちに敵意はない。このあたりかと思って検討を付けてきたけれど、思ったよりも立派な建物だね。だいぶ手間が省けたよ」
「とりあえず、そこから先に進まないでください。その線を越えれば攻撃の意志ありとみなします」
涼の足元に高熱レーザーが飛ぶ。爪先に一瞬で焼け跡のラインが引かれた。
「ずいぶん立派な迎撃設備だね。これもチート能力『建築』かい?」
「ええ。パーティー会場で練習した甲斐がありました」
涼と穏乃の前に聳え立っているのは、控えめに言っても要塞だった。
巨大なドーム状の建物は何重もの鉄板で覆われている。その周りを囲って有刺鉄線が絡みついた柵が立ち、無数のカメラが配置されて侵入者を見張っている。
そして露骨なトラップがそこら中に張り巡らされていた。地面にはワイヤー、何か様々なセンサー類。いくつかは配線が繋がっていないダミーに見えるが、だからこそ侵入者に対する明白な敵意を示している。
ここは十数年前に放棄された廃工場跡だ。山深い場所にあるため、行政が後処理するには手間がかかる割には苦情を言う周辺住民もおらず、荒廃した状態で長いこと放置されていた。煙突さえ覆い隠すほど鬱蒼とした木々が周囲を覆っているため、近くに来ない限りは目立たないというのもある。
昨晩、グラウンドから逃げてきた灯はチート能力『建築』でここに一夜城を建設した。不動産会社勤務という職業柄でこの廃工場跡の存在を知っていたのだ。
様々な金属やジャンクパーツがそのまま放置されているために建材には事欠かない。センサやカメラの類も大量に打ち捨てられており、建物に組み込む前提であれば建材扱いとしてチート能力で修理できる。家屋そのものだけではなく防衛設備や外装まで『建築』で制作できる対象に入っている。




