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第17話:剣の達人は異世界でもモンスターを切りまくるようです・10

 室内を照らす朝日が世界の幕を開いていく。世界全てがいつもこの夜明けくらい美しければ、涼と穏乃は異世界転移を望まなくても良かったかもしれない。

 温度の無い朝の光が穏乃の顔を照らした。柔らかくカールした茶髪に輝きが反射し、表面に輝く粒子を幻視する。キャンパスで出会ってからもう三年が経つが、一分前に初めて出会ったように見飽きない。髪を優しく撫でて愛おしさに目を細める。

 朝日の白線が閉じた瞼にかかり、穏乃がうっすらと目を開く。横向きに開いた目が正面に浮遊するAAを捉えた。

 瞬間、穏乃は涼の手を跳ねのけた。起き上がって大声で叫ぶ。


「誰こいつ! あたし言ったよね! この部屋に他の人は誰も入れるなって! 特に若くて綺麗な女!」


 そして起き抜けとは思えないほど俊敏に、背後の棚から巨大な鋏を掴み取った。瞬く間に刃を開き、AAに向けて思い切り振り下ろす。

 涼は座ったままで素早く腕を上げた。刃を掴んだ手の平が切れて血が滲む。


「落ち着いて、穏乃。彼女はAAだよ。人じゃない、天使だ」

「……天使か……天使ね……ねえあなた、天使って人間と恋愛する?」

「行為としては不可能ではありませんが、関心がありません」

「セックスは?」

「行為としては不可能ではありませんが、関心がありません」

「じゃあいいわ」


 穏乃は鋏からあっさりと手を放した。

 すたすたとキッチンに歩いていき、小さな牛乳パックを開けてそのまま口に当てて飲む。バスケットから取り出したクッキーを一枚咥え、それをAAに向けて軽く振ってみせた。


「あなた、クッキーって食べる? ちょっとバズってたレシピで試しに作ってみたやつ。全然美味しくないけど」

「要りません」


 涼は手に絆創膏を貼りながら笑った。

 短くない付き合いで穏乃の地雷はよくわかっている。部屋にAAを入れたままにしておけば、嫉妬にかられた穏乃が取り乱すだろうとも思っていた。嫉妬される機会を逃したくないという願望が歪んでいるのはわかっているが、だからといって抑えておけるわけでもない。


「ちょっと出かけようか。穏乃も一緒に来てくれない? 雁備山の方だ」


 木製の衣紋掛けから裾の長い上着を取った。

 軽く羽織ると腕に刻まれた傷を覆い隠してくれる。涼の身体は腕も足も傷が多く、夏でも肌を隠す服しか着られない。全て穏乃と交際する中で生じた傷だ。

 傷だらけになっているのは涼の身体だけではなかった。この一室は天井から扉に至るまで無数の刃痕や焦げ痕が飛び散っていた。薄い線のような傷はどこにでもあり、ところどころはライオンの爪が切り裂いたように深く抉れている。

 涼が持ち込んだ大量の哲学書でさえ、背表紙が捲れ上がっていないものは一つもない。この室内にいる限り、穏乃の暴風のような癇癪から逃れられるものはいない。手当たり次第に刃物を投げ、鈍器を振り回す、火を付ける。

 涼は窓際の柱を上から下まで走る傷を撫でる。これは初めてこの部屋に来た日、迂闊にも他の女性からのプレゼントが鞄に入ったままだったために付いた傷だ。あのときはだいぶ驚いたが、それも愛の裏返し。

 穏乃は自慢の恋人で、少し気持ちが弱いところは優しく抱き留めてあげることが涼の役目なのだ。


「どこ? 女?」

「まあ、女性ではあるかな。協力できそうな相手と話しにいってみようと思ってね」

「あたしは反対。転移して涼と二人で暮らしたいのに」

「僕だって、穏乃以外と暮らすつもりはないさ。とはいえ、まずは二人で転移できないことには始まらない。枠は三つあるのだから、もう一人くらい協力したところでどうこうなるわけじゃない」

「涼がそう言うなら」

「いい子だ。帰りは映画の一本でも見て帰ろう。街中で誰かに襲われたところで、僕と穏乃のチート能力なら問題ない。むしろその方が都合がいいくらいだ」

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