第16話:剣の達人は異世界でもモンスターを切りまくるようです・9
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「あなたたち女神やAAとは、僕たち人類にとってのいわゆる『神』なのかな? 普遍人類宗教における“GOD”?」
「いいえ。我々は異世界を管理する存在に過ぎません。全知全能全善の神とは異なります」
「しかし転移の折には僕たちを天国に送っただろう? それは最後の審判や輪廻転生を管轄していることを意味しないかな?」
「いいえ。便宜のため、我々が居住する異世界の一つを天国と呼称しているにすぎません」
「ならば地獄は? 僕たちを天界や異世界に送るように、罪人を地獄に送ったりは?」
「地獄と形容されるにふさわしい異世界はあるにせよ、地獄という概念そのものが実在するのかは我々の知るところではありません」
「ふむ、どうにも理解しがたいな。容易に理解できてしまうことが却って理解しがたい。あなたたちは神ではないにせよ、上位存在ではあることは間違いないんだ。明らかに人智を超える権能を持っている。しかしそれにしては地に足が着いているというか、肝心なところで世界認識が普通すぎる」
涼は顎を抑えて窓の外を仰ぎ見た。日の出の光に目を眇める。
タワーマンションの三十階から見る夜明けの御原市は神々しい。地上を歩いていても雑然とした地方都市だが、ほんの百メートル上から見るだけで全ての情報が意味を持って整列されているように感じる。上位存在から見た世界もこんな風に美しく見えるのだろうか。
このタワーマンションは十五年ほど前に建設されたものだ。当時は御原市をベッドタウンとして再開発する計画があったが、業者の選定や立ち退きの補償で揉めているうちに景気の良い時代は流れてしまった。結局は首都圏へのアクセスも大して確立されないまま、駅前で浮くこのマンションだけを残して計画は凍結された。首都圏から人が流れてこない以上、わざわざこんなタワーマンションに住むのは都落ちしてきた成金崩れか金を余らせた地元の変人くらいのもので、涼と穏乃は後者に該当する。
穏乃は大きなソファーで寝息を立てている。昨晩はグラウンドから逃走し、二人でシャワーを浴びてそのままソファーで寝てしまった。涼の方が先に目を覚ますのはいつものことで、AAと問答しているうちに太陽が昇る時間になっていた。
AAは軽く足を組んだ状態でフローリングの上に浮遊している。最初は直立していたが、話が長引き始めてから姿勢を崩したあたり、疲労や飽きのような感覚はあるのかもしれない。
「人類の知性の限界とは、畢竟、自分がどこから来てどこに行くのかを知らないことだと思うんだ。あなたたちはそれが部分的には異世界であることを知っているだろう?」
「はい」
「しかしその認識は不自然なまでに限定的だ。厳しい条件をクリアしたら物理的な移動先があるというだけで、そもそも死という営みがどのようなものなのかという問いを慎重に避けているようにさえ見えるよ」
「それは我々の関与するところではありません。現実的な処遇と形而上の理解は別の事柄です」
「面白い切り口だね。君が言っているのはつまりこういうことだろうか? 例えば畜産家は家畜の生殺与奪を一手に握っており、首を刎ねることも、餌を与えて生き永らえさせることも自在だ。ある意味において、畜産家は家畜の死の一切を管理していると言えるだろう。しかしだからといって、畜産家は生命の誇りや魂の価値を把握しているわけでは全くない」
「仰る通りです」
「人間的だ。あまりにも」
AAは手元のタブレットをタップしながら質問に答えていた。そのたびに傍らのガラステーブルに置かれた涼のスマートフォンから通知音が響く。
それはdiscordアプリからの通知であり、AAが管理者であるAAサーバーが更新されたことを意味している。チャット画面には「異世界の一つを天国と呼称している」「いわゆる地獄の概念はAAの管轄外である」など、涼との会話内容が箇条書きの形で次々に書き込まれていく。
これはAAが少し前から始めた「サービス」だ。異世界転移に係る不手際処理の責任者として、AAは転移候補の疑問を解消する義務がある。その際、重複する質問に答える手間と転移候補間での情報格差を防ぐため、回答記録にdiscordを利用することにしたのだ。
AAとの会話によってAAから生じた情報は、転移候補全員が強制加入しているAAサーバーで共有される。なお、AAサーバーはAA以外書き込み不可である。
「ではもう少し卑近な質問をしてもいいかな。あなたがいつでもどこでも現れて質問に答えてくれるのは天使としての権能かい?」
「そうです。概念翼による高速移動、存在濃度の増減、聴域展開による質問探知などは天使にとっては皆様が歩いたり走ったりするのと何ら変わりありません」
「なるほど、つまり種族的な差異ということだね。翼を持ち、存在様式が異なり、そして人間の声を聞き届ける。そこは天使のイメージ通りだ。ただ、このdiscord共有能力だけはそんな感じはしないけども」
話している間にもAAがタブレットをタップし、「概念翼による高速移動は天使としての体質」とAAサーバーに書き込まれる。
共有情報はAAが指先でいちいちテキスト入力しているわけではない。タブレットを一度タップするだけで全ての入力と送信が完了している。これはタブレットを通じたサーバーへの強制介入操作なのだ。
「これはチート能力の一つです。天使の権能ではありません。今回の一件に際し、私が必要を判断して女神に申請しました。能力名は『操作』、機械や機構全般を任意に操作する能力です」
「チート能力は天使にも付与できるのか。僕たち人類にとっては人生全てを変える銀の弾丸だが、君たちにとっては便利なモジュール程度のものに過ぎない?」
「はい。皆様と違って換装も可能ですし、私自身が願いを持つ必要もありません。とはいえチート能力自体には必ず対応する願いが紐付くため、元々は『操作』を願った人間から回収したものを流用している形ではありますが」
「とても興味深い。僕たちは多大な苦労によって獲得するものが、上位存在においては官僚的な手続きに置き換わるわけだ」
AAと話している間に、いよいよ昇ってきた朝日が部屋の奥にまで光を届かせ始めていた。




