第10話:剣の達人は異世界でもモンスターを切りまくるようです・3
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花梨は全力で走っていた。アーケードの中で足音だけが響く。
グラウンドを出てから学校沿いの住宅地をジグザグに走り抜けて夜の商店街へと駆け込んだ。既に入り口のネオンは落ち、シャッターも全て閉まっている。
見通しのよい直線通路を前後に確認する。誰かが追ってきている気配はない。
意識して逃げ込んだわけではないが、商店街の中は屋外よりは安全かもしれない。もし空から追われたとしても屋根が視界を遮ってくれる。
「おい……」
姉が入院した頃、暇さえあればランニングしていたときに感じていた焦燥によく似ている。何か動いていなければ現実に圧し潰される。せめて身体だけでも前向きに動いている気分になりたい。
月夜の生首が頭に焼き付いている。今もあのままグラウンドに落ちているのだろうか。せめて戻って埋めてあげた方がいいのではないか、朝になったら登校してきた人がびっくりするのではないかという場違いな思考がふっと浮かんでは消えていく。
「おい!」
「いて」
理李に後ろから頭をはたかれた。
そこでようやく理李を背負っていたことを思い出す。グラウンドから逃げるときに背中に担いで走ってきていたのだ。
そういえば、人ひとり抱えて走っていたのに全然疲れていない。息は切れないし汗一つかかない。背負っていたことを忘れていたくらいだ。理李はかなり小柄な方だが、それにしたって人ひとり担いで全力疾走するほどマッチョではなかったと思う。
立ち止まって考え始めたとき、理李が先に答えを告げた。
「女神が言ってただろ。チート能力ついでに身体能力もバフしておくって」
「ああ、確かにそんなことも言ってたような。女神様って凄いね」
口を開くと少し気持ちが落ち着いてきた。
今は誰にも追われていないのだから、全力で走っていても目立つだけだ。とりあえず歩くペースを落とすが、再び背中から突っ込みが入る。
「そんなことより、どこに行くつもりだ」
「えっと、とりあえず家に帰るかな」
「やめとけ。その気になれば住所なんてすぐに調べられる。殺されたくないなら駅前のネットカフェにでも行った方がいい」
「殺されるって誰に?」
「誰にでもだ。まさか、まだ状況を理解していないのか? どうして切華が月夜を殺したのかも」
理李は心底驚いた声を発し、花梨はそのことに驚いた。いつもの皮肉ではなく、本当の驚きを見せる理李に。
「異世界転移かとも思ったけど、全然関係ないよね。だってあの場で殺しても転移できるわけじゃないのに。月夜ちゃんも、もちろん切華ちゃんも」
「驚いた。本当に何一つ理解していないんだな。いったい何周遅れなんだ? 大馬鹿野郎。いや、これは私が早いだけか……?」
「わかってるなら教えてよ。私が理李ちゃんの危ないところを助けたのはたぶん間違いないよね」
「それはそうだが、これは一度の貸し借りで済むような話じゃない。今の私たちが助け合うということは、そのまま運命共同体になるということだ」
「と言うと?」
「私たちはお互いが味方という前提で、敵がいれば二人で組んで立ち向かうしかなくなる」
「友達じゃん、そんなの当たり前だよ。というか理李ちゃん怪我してるし一人になんて出来ないって」
「……そうか。ありがとう」
理李は軽く胸を抑えた。
普通に喋っているように見えるが、さっきは盛大に肋骨を折られていたはずだ。駅前に向かうより先に病院に向かった方がいいかもしれない。
しかしその割には理李は堂々と花梨の肩に手を置き、悠然と口を開いた。
「ではお前にもわかるように話すとするか。まずは異世界に転移する条件を正確に思い出せ。AAが私たちに伝えた内容を」
「三日後の午前零時にトラックに轢かれて死ぬこと?」
「そうだ、ただし定員は三人まで。これを踏まえて、転移するために必要な条件を全て挙げてみろ」
「えーっと、カレンダーをちゃんと見ておく?」
「馬鹿」
「いや、時計も見ておかないと駄目かな」
「馬鹿野郎」
「あ、トラックが通る場所をちゃんと調べておく」
「大馬鹿野郎」
花梨の胸元に回した腕に力が入る。
ぎゅっと身体が密着し、理李が花梨の耳に口を寄せる。
「いいか、異世界転移は三枠しか無いんだぞ。轢死者が四人を超えた場合は誰も転移できない。皆がきちんとカレンダーと時計と交通状況を見てトラックに轢かれたら共倒れで誰も転移できないってことだ。だから確実に転移するためには、他の転移候補が三日後の午前零時にトラックに轢かれないことも必要なんだ。ここまで言えばお前でもわかるだろ」
「まさかそれって」
「他の転移候補を三日後までに殺しておく。それが一番確実だ。まあ皆殺しまではしなくてもいいが、自分を含めて最大でも三人まで減らしておく」
「でも人を殺したら警察が」
「三日後に自殺するやつが警察なんか気にするわけないだろ。チート能力だってあるんだし、三日くらいは逃げられる」
「でも何も殺さなくても。トラックに轢かれさえしなければいいんでしょ? 殺さずに決める方法なんていくらでもあるよ。話し合いとかゲームとかさ」
「じゃあお前は諦められるのか? ジャンケンでも双六でも何でもいいが、それで負けて『あなたは転移を諦めてください』と言われて諦められるのか?」
「それは……」
花梨の頭に姉の顔が浮かぶ。いつでも花梨を守って助けてくれた、大好きな姉の顔が。
異世界転移とは現世では叶わない願いを叶える手段だ。逆に言えば、異世界転移を諦めることは願いを諦めることと同義でもある。花梨にとっては姉に再会することを。
それを諦められるはずはない。だってもう既に自分の命を捨ててトラックに轢かれてまで叶えようとしたあとなのだから。
他の全てを諦める代わりに、異世界転移で叶えたい願いだけは絶対に諦めない。もう既に自殺しているというのはそういうことなのだ。そこまでが前提、花梨も含めた転移候補全員にとって同じ前提。
「……諦めない」




