第9話:剣の達人は異世界でもモンスターを切りまくるようです・2
気道から空気が漏れる音、そして驚愕を浮かべた生首が宙を舞う。見開いた目が花梨の目と合った。きっとその目に映る花梨も全く同じ表情をしていただろう。
月夜の身体が崩れて地面に転がる。隣に生首がコンと落ちた。行先を失った血液が動脈から溢れて赤い池を作り、美しい金髪が見る間に赤く染まっていく。
「は?」
花梨の思考が停止する。目の前で起きた事態が理解できない。
そうか転移か、死ねば異世界に行けるから、と一瞬だけ思い付き、それは何もかも間違っていることに気付く。
ついさっき理李がAAに確認したはずだ。三日後にトラックに轢かれて死ぬ以外の死に方は全くの管轄外、単なる死だと。
だからこれはただの殺人だ。切華が月夜を殺した。転移とか異世界とか、そんなことは何も関係がない。
「どうして……」
殺した?
花梨にはわからない。どうして切華が殺すのか、どうして月夜が殺されるのか。
立ち尽くす花梨の前で、切華の動きはまだ止まらない。
横薙ぎに月夜の首を切った勢いのまま、身体が大きく回転する。今度は右隣に立つ理李に向かって刀を振るう。
花梨の当惑は増すばかりだ。さっき理李が何かを伝えて、切華が何かに応じたように見えた。何らかの協力関係にもあるように見えたが、今明らかに切華は理李を殺そうとしている。
今の花梨にわかるのは、切華は殺人者だということくらいだ。
「理李ちゃん!」
花梨は反射的に手を伸ばすが、既にトップスピードで動いている切華の方が早い。刀と理李が接触する。
だが、よく見れば理李には刃が向けられているわけではない。切華は手首を大きく曲げ、刃面ではなく太い柄が理李の胸を殴った。
プラスチックを踏み潰すような鈍い音、それは肋骨が何本もまとめて砕ける音だ。理李の細い身体は後ろに大きく吹き飛ばされ、背中から花梨に突っ込んだ。
切華は眉を上げ、感心したように声を漏らす。
「やはり『反射』は嘘であるか。よくもあの段階で」
「……悪いかよ」
「否、周到である。しかし落とし前は付けてもらおう」
切華は大きく踏み出した。再び手首をスナップし、改めて刀を正中に構える。
その構えはもう柄殴りを狙うものではない。今度こそ理李を切り捨てるつもりだ。
「しょうがねえよなあ。殺られる前に殺らにゃあよお」
月光の下、巨大な影が舞った。
強烈な疾風が三人を襲う。彼方から吹く春の風とは全く違う、間近で発生源が暴れる乱気流。
切華が動きを止めて頭上を見上げ、ぽつりと漏らした。
「……美しい」
宙に浮かぶ幻想生物。
藍色に染まった全身の鱗、無数に棘の生えた翼、気力に満ちた四肢と太い尾。細い虹彩の目が切華を睨み、藍色の翼竜が夜空に咆哮した。龍魅の『龍変化』!
大きく開けた口が大気を吸い込み、またしても凄まじい暴風がグラウンドを包む。巨大な口の奥が眩しく光る。花梨は龍の生態なんて習ったことはないが、見れば一目でわかる。これは龍の火球だ。全てを焼き尽くす火球が口に充填されていく。
切華は迷わず大きく腕を振り上げて刀を投げ付けた。刀は龍の眼球を目がけて一直線に進む。龍魅は太い腕で弾くが、刀はその場でかき消えた。そして次の瞬間には二本目の刀が迫っている。
切華の『創造』はいつでもどこでも無から刀を生み出せるチート能力だ。無尽蔵に出せる飛び道具としても扱える。
「頭を冷やしてください!」
凛とした叫び声と共に、今度は地面が揺れた。
見れば、声の主は灯だ。タイツの片膝を地面に付き、その場にしゃがんで両手を大地に押し当てている。
「子供もいるんですよ!」
灯の『建築』が発動した。
砂のグラウンドから大量の土壁がせり上がる。厚さ十センチほどの薄茶色の壁が滅茶苦茶に乱立し、龍魅が飛ぶ高度を遥かに超えて天に向かって伸びていく。
更には砂埃が巻き上がって目の前が見えなくなる。土壁と砂煙が視界を遮って全員を分断する、どこに誰がいるかもわからない。
花梨は理李を抱えて走り出していた。グラウンドを駆け抜け、フェンスをひとっ飛びで超えて道路を走り出す。砂の煙幕は校外にまで濃厚に広がっている。
何が起きているのかはわからない。だが、このままグラウンドにいれば危険なことくらいはわかる。




