亀蔵としんちゃん ~ちいさくても最強!~
小さくて飛べなくても、大切な友だちは世界を明るくしてくれます。これは、虫を愛するしんちゃんと、カメムシの幼虫・亀蔵が過ごした、ちょっと変でとても温かい、夏の日の物語です。
亀蔵は亀ではない。カメムシである。
しかも、まだ幼虫なので羽が生えていない。だから飛ぶことはできない。
緑色で、ひし形みたいな体をしていて、よく見ると脚がちょこちょこ短くてかわいらしい。
そんなどこにでもいそうなカメムシの幼虫が、しんちゃんの手のひらに乗ると、まるで宝物みたいに見えるから不思議だ。
「おまえ、なんかいい顔してるなぁ」
しんちゃんが目を細めると、亀蔵は照れたように触角をぷるんと揺らす。
しんちゃんが庭の草むらで亀蔵を見つけたのは、ある初夏の午後だった。
草の影から、ちょこちょこっと小さな影が動くのが見えた。
「お、なんだろう?」
しゃがんで覗き込むと、亀蔵はのっそりとしんちゃんの足に向かって歩いてきた。
「よし、きみは今日から亀蔵だ!」
しんちゃんは迷いなく名前をつけた。
本当は“亀吉”が良かったのに、しんちゃんの本名が“新吉”なものだから、
「吉がふたつはちょっと恥ずかしいなぁ」
という理由で却下した。
しかし、名前のことはどうでもいい。
問題は──
亀蔵はとにかく臭い。
幼虫でも、その威力は立派なものだった。
しんちゃんのお母さんは、台所から顔を出してすぐに叫んだ。
「しんちゃん! その子、家に入れないで! ほんとにお願い!」
「ええ〜、かわいいのに」
するとお母さんは涙目になりながら、
「かわいさとにおいは別問題なの!」
その後ろでお父さんの勉は新聞をめくりながら、のんきに言う。
「まあ、いいじゃないか」
その瞬間、おばあちゃんがふり返ってニヤリ。
「勉も子どものころは虫だらけの部屋だったねぇ」
「お、おふくろ…その話は…」
「毎年セミにカブトムシ、ひとつの虫に飽きるとすぐ別の虫。ほら、めんどう見ないからすぐ死んじゃって。あれは罪深いねぇ」
「おばあちゃん、それ今ぜったい言わなくていいよね?」
亀蔵の家は、しんちゃんが選んだ段ボールの箱。
ガラス瓶だと、自分のにおいで気絶してしまうと聞いたことがあったからだ。
「ここならにおいが逃げるから大丈夫だろ」
亀蔵は「ありがたいねぇ」と言いたげに、のそのそと箱の中を探検した。
しんちゃんはプラモデルのロボットを持ってきて、ロボットの頭に亀蔵をちょこんと乗せた。
「今日からおまえがパイロットだ!」
亀蔵は揺れながら、少し不安になった。
ある日、しんちゃんは思いついてしまった。
(そうだ、学校へ連れて行こう! 大作にいじめられても、亀蔵がいれば怖くないぞ!)
小箱にそっと入れて、ランドセルにしまい、こっそり教室へ持っていった。
案の定、大作がずかずか近づいてきた。
「おい、しんきち、今日は何持ってきたんだよ?」
しかし、しんちゃんからただよう“亀蔵の香り”に気づいた瞬間──
「うわっ、なんだこのにおい! やべえ!」
大作は全速力で退散。子分の寛二も光彦も「ぎゃあああ!」と逃げていく。
(すごいぞ、亀蔵!)
しんちゃんは思わずガッツポーズ。
──が、喜んだのも束の間。
ゆかこちゃんが鼻をつまみながら、
「しんちゃん、なんか…ごめん、近づけない…」
と涙目になり、なぎさ先生まで
「しんちゃん、これはさすがに……」
と遠くから見つめる始末。
(ああ……そうか。ぼくは強くなったけど、友だちは減ったかも)
しんちゃんは小箱をそっと閉じた。
その日の帰り道、ランドセルの中で、亀蔵が足をちょこんと動かした。
「ごめんな、しんちゃん……」
そんな気配がした。
「いいよ。おまえはぼくのボディーガードだもんな」
しんちゃんが笑うと、亀蔵は触角を小さく震わせた。
それからは、家で遊ぶだけにした。
放課後になると、しんちゃんの部屋で亀蔵がロボットの“専属パイロット”として大活躍する。
飛ばないけど、においは飛ぶ。
強くないけど、心は強い。
そして、しんちゃんは気づく。
どんなに小さくて、どんなに飛べなくても、
世界でいちばん頼れる友だちが“亀蔵”だということを。 -了-
亀蔵は小さくてにおいも強いけれど、しんちゃんにとっては世界一の味方です。読んでくださったあなたにも、そばに寄り添う小さな存在が見つかりますように。この物語が心に残れば幸いです。




