バイクツーリング帰りの夜の峠道で幽霊(仮)を拾った
バイクで山道をツーリングしていると色々なものに出会ったりします。キツネやタヌキ、鹿だったり、珍しいところだとムササビとかが頭の上を飛んでいったりとか。でもこの日、夜の峠道で出会ったのは幽霊(仮)………。
もう夜の10時なのに山の峠道にいることに焦っていた。
やっぱりお昼に蕎麦を食べられなかったことが大きく影響してしまった。
暑い日が続いた週末の土曜日に冷たい蕎麦を食べたいと思い、どうせなら長野県に行って美味しい蕎麦を食べようと思い立って無計画のままバイクに跨って出かけたのが朝の9時半位。余裕で目当ての蕎麦屋の昼営業時間に間に合うはずだった。途中で渋滞にはまらなければ……。
週末の国道18号線は途中までは空いていて、順調に気持ちのいいツーリングを楽しんでいた。滅茶苦茶暑いけれどそれは覚悟の上でバイクを乗り出したのでいいとして、順調に走れていると風を浴びて気持ちがいい。鼻歌交じりでいい感じに進んでいたのに軽井沢を前にして突然の渋滞が起こってしまった。
よく考えてみたら、この週末から学校の夏休みが始まる時で、家族で出かける車でいっぱいになっていたんだろう。まったく、無計画に走り出すもんじゃないな。
渋滞にはまった時の夏のバイクは地獄の乗り物になる。特に大型バイク。動きが止まってしまった瞬間に、足元から50度以上のエンジンの熱がせり上がってくる。水温計は赤い警告ゾーンギリギリくらいまで上がってくる。まるでセルフサウナだ。
愛車のスズキGSX1300Rハヤブサは特にエンジン排熱がひどいので有名で、1296CCの、軽自動車2台分のエンジン排熱が容赦なく襲ってきて、ライダーの気力を奪っていく。
”あぢー” と言いながら、途中のコンビニに飛び込んで、氷アイスの ”がちがちくん” を食べて、なんとか体の中から冷やす。また渋滞にはまりに行くのは嫌だったけど、進まない限りは美味しい蕎麦にはありつけない。
コンビニの駐車場にバイクで二人乗りしたカップルが入ってきて、
「暑いねー」
なんて言い合いながら店の中に入っていく。そりゃ暑いだろうさ。そんなに引っ付いてれば。
”バイクがオーバーヒートして止まればいいのに” っていう呪いをかけて、走り出す。
でも人を呪わば穴二つ、気力を振り絞って目当ての店に着いた時には、昼の営業時間を30分も過ぎた後だった……。
ごめんよ、カップル。同じライダーなのに呪ったりして悪かった。涼しい高原のおしゃれなカフェとかで楽しんでくれ。
だけど、このツーリングの目的は美味しい蕎麦を食べることだ。蕎麦を食べずには帰るに帰れない。この辺りの他の蕎麦屋も軒並み昼営業終了の時間だ。仕方が無いので夜の営業時間が始まるまで、どこかで待つことにした。
ネット検索で近くにいい感じのレトロ喫茶を見つけて、お昼を食べつつ時間をつぶそうと思って飛び込んだ。味はあまり期待していなかったのだが、ここのランチホットツナサンドセットが無茶苦茶うまい。アイスコーヒーにサラダまでついて700円という破格の安さもうれしい。しかもここのマスターが自分もライダーで、バイクで来た自分に興味を持って話しかけてくれてツーリング談義に花が咲いてしまい、気が付くと3時間も話し込んでいた。
後ろ髪を引かれる思いでレトロ喫茶を後にした時には蕎麦屋の夜営業はとっくに始まっている時間になっていて、しかも人気店なので1時間待ちとなり、ようやく蕎麦を食べ終わったときには既に夜の8時を回ってしまっていた。
目当ての蕎麦が食べられて満足はしていたが、明日は日曜日で仕事が休みとはいえ、帰りの長い道のりを考え、
「しまったな」
と思い始めていた。
来た道をそのまま帰るより時間短縮になると思い、山道ではあるけれど“振向峠”を使って帰ろうと思い立ち、日が落ちて少し涼しくなったのをいいことに、来た時とは違うコースの山道を目指して走り出す。そして、振向峠に辿り着いた時にはもう10時位になってしまった。
バイクでは夜の走行は非常にリスクが高くなる。10倍くらいは危険が増す感じだ。路肩にある砂や枯れ葉は見えにくくなるし、思わぬものが落っこちていたり、動物が飛び出したり(これはかわいい場合もあり)。特に山道ではクマなどの大型動物に出くわした時の恐怖は、車よりも遥かに大きい。
しかも、辿り着いてから思い出したのだけれど、この峠、 ”出る” っていう噂があったのだ。なにが?野生動物?いや違う、 ”幽霊さん” だ。怖いから思わず ”さん” 付けしてしまった。この街路灯もほとんど無い峠道、昔は山賊も出たらしい。鬱蒼と茂る森が日の光も遮ってしまうので昼間でも少し薄暗いのだが、夜は更に一際暗い。
この道を選んだことを後悔し始めていたが、今更引き返すと家には今日中に着くことも出来なくなってしまうので、とにかく進むしかない。
もし出てきたらとにかく止まらずに全力で逃げ切ろうと心に決め、峠道を慎重に下ってくる。
やがて峠道での数少ない灯りがあるトンネルに差し掛かった時、
「!!!!」
何か、いる。
トンネルの入り口に何かが立っている。頭の中はパニック状態だ。ヤバい。全力で通り過ぎよう。
アクセルスロットルを開けて、通り過ぎようとした時、
「!!!!!!」
突然にその何者かが道路に飛び出してきた。フルブレーキングをして間一髪、止まることができ、
「はぁー」
と一息ついて、
「危ないでしょうがぁああ!! 」
やばっ、思わず幽霊さんに向かって怒鳴ってしまった。
するとその女幽霊さんは、
「うわーぁぁぁん」
と泣き始めてしまった。幽霊も泣くんだ。いや、幽霊さんを泣かしてしまった。これはやばいかも。憑りつかれて呪い殺されちゃうかも。
「いや、ごめん。危なかったからつい怒鳴っちゃったけど、迷わず成仏してください」
「よがっだー、どまっでぐででー」
幽霊さんは涙でぐしょぐしょになりながら、
「こんな所で一人で怖かったぁ」
と泣きながら鼻をすすっている。
「あの、えっと………。中学生? 」
「ちがいますぅ!! 大学生です。小っちゃいけど………」
「そんな若い身空で死んでしまったのは可哀そうだけど、先を急ぐんでそれじゃ」
「ちょっと待って。もしかして、幽霊だと思ってます? 」
「そりゃ、こんな時間にこんな所に女の子が一人でいるわけないからね」
「幽霊じゃないですぅ!!ほら、足だってちゃんとあるし」
「うわ、足、血まみれじゃん。やっぱり幽霊でしょう」
「これは慣れないサンダルで峠道を下って来たから靴ずれで………」
「嘘だ。幽霊が自分で ”幽霊です” なんて言わないからな」
「それはそうだけど………。一緒にドライブに来た連れに置き去りにされて………」
「それで幽霊になって通りかかった車とかバイクに憑りつこうってことなのか」
「だから、幽霊じゃないってば!!もう」
「まあ、とにかく帰らせて貰いますんで。失礼します」
「そんな冷たいこと言わないで。お兄さん、乗せていってよ。携帯も圏外だし、足は痛いしで途方にくれていたんだから」
「何で置き去りになんかされたんだよ」
「聞いてよ………。大学の同級生の男子に二人きりのドライブに誘われてね、何か ”恋の予感♡” なんて思っておしゃれしてきたんだけど、慣れないサンダルで靴ずれしちゃって愚痴ってたら
”だから歩き慣れた靴で来いって言っただろう!”
とか怒鳴られちゃってけんかになって、売り言葉に買い言葉で、
”それじゃ、歩いて帰る!!”
って車から降りたら、置いていかれちゃった。まさか、本当に置き去りにしていくなんて思わないから、どこかで待っていてくれると思って、スマホの明かりを頼りに峠道を降りて来たんだけど、どこにも居なくて、変な鳥の鳴き声も聞こえるし真っ暗だしで怖くて、ようやく灯りがあるトンネルの所まで来たんだけど、足は痛いし車も通りかからないしでうずくまっていたらエンジンの音がして灯りが見えたんで
”これを逃したら朝までこのままだ” って思って思わず飛び出しちゃった」
「………そいつってイケメン? 」
「まあ、顔はかっこいい方だと思うけど………」
「そうだろう、やっぱりな。顔がいいやつに碌なやつはいないんだよ」(このライダーの感想です)
「それってお兄さんの偏見じゃ………」
「いいや、そういうもんなの。まったくイケメンめ」
「何かイケメンに憾みでもあるの? 」
「男の9割はイケメンに憾みを持ってると思うよ」(このライダーの感想です)
「そんなもんなのかなぁ。でもお兄さんもかっこいいと思うよ」
「そんなお世辞を言ったってダメだよ。まあ百歩譲って取り敢えず “幽霊(仮)” ってことにしておこうか」
「だ・か・らぁ、幽霊じゃないっていってるのにぃ」
「で、どうして欲しいのよ」
「とりあえず、どこか灯りのある建物の所まで乗せていって欲しいです………」
「それならもう少し先に行けば青少年宿泊施設があったと思うけど、まあ10kmくらいかな」
「そこまで行きたいです………」
「歩けって言ったって無理だろうしなぁ。まあしょうがないか。乗せていってやるよ」
「よかったぁ、ありがとうございます。ぐすっ」
「また泣くなよ、女の子に泣かれるの弱いんだから。だけどその恰好じゃなぁ。どうしようかな」
幽霊(仮)はふわふわの半袖ワンピースと紐のサンダルを履いていた。どう考えてもそのままじゃバイクに乗れるような格好じゃ無い。
「よし、丁度カッパを持っているから、ますはこのズボンを履いて」
「えーっ、なんかかっこわるい………」
「贅沢いうなー! バイクは熱くなっているところとかがあるから、やけどしない様に履かなくちゃダメだ。あと、スカートも引っかかったら危ないし、中が見えちゃわない様に全部突っ込んじゃいな」
「………分かりました」
「あと、ヘルメットを被って、グローブもして、あとちょうどパーカーを持ってきていたからこれも着て」
「えっ、それじゃお兄さんはどうするの? 」
「仕方がないだろう。ヘルメットとかも一つしかないんだから」
「えー、それじゃ悪いよー」
「俺はジェントルマンだから、幽霊だって女の子を危ない状態で乗せるわけにはいかないの。言うこと聞けないんだったら乗せていかないよ」
「………分かりました。ありがとうございます」
「もしもお巡りさんとかに見つかっちゃったらちゃんと説明してよ。あと、後ろを振り向いたら首から上が無い、なんてのはやめてね」
「なんですか、それ」
「前にライダーの間で流行った怪談があったの」
「だから、幽霊じゃないっていってるのに。もう」
「まあいいや、支度が出来たら後ろにまたがって。しっかりつかまっていなよ」
「分かりました。お願いします」
初めてヘルメットもグローブも付けずに走るのはちょっと不安ではあるが、とりあえずなるべくスピードを上げずに走り出した。
なんか後ろでは小さな声で "ひゃー" とか "ひょぇー" とか言っているのが聞こえている。峠道の最初のカーブに差し掛かった時、
「うわぁっ」
と思わず声を上げてしまった。
道の端にバイクを停めて、
「もしかしてさぁ、バイクに乗ったのって初めて? 」
「………はい」
「バイクって傾けて曲がる乗り物だからさぁ、曲がっている時に怖いからって体を反対側に曲げられちゃうと、バランスが取れちゃって、曲がらずに真っ直ぐ進んじゃうんだよ。出来れば体は傾けなくていいから、デパックとかの荷物になったつもりでじっとつかまっていてくれると助かる」
「………分かりました。じっとしています」
「じゃ、走り出すからね」
バイクが動き出すと、やっぱり怖さもあるのか、背中にギュッと抱きつくみたいにしがみついてきた。なにか背中に柔らかいものが押し付けられてきて、これは別の意味で困ってしまう。でもさすがに "背中に当たってますよ" なんて言えない。なんとか理性を保ちながら、安全運転に集中する。これも昼間のカップルにかけた呪いの報いか。
しかも乗る前には気が付かなかったがかなりご立派なエアバッグを装備されているようで、カーブ前でブレーキを掛けるたびに ”ぽよん ぽよん” と弾んでくるじゃないか。
うー、安全運転に集中!
その時、道の端に何か小さい物がいるのをみつけた。子ぎつねが2匹、じゃれ合っている。バイクを停めて、 ”しー” と小声で言いながら指で指すと、
「かわいい」
と小声で答えてくる。
振向峠では雨が降っていない日の夕方とかに通りかかると野生動物の遭遇率が高いのだが、子ぎつねを見たのは初めてだ。エンジンを切ってからライトだけを点けてしばらく眺めていた。
やがて子ぎつね達はじゃれ合いながら茂みの中へ入っていってしまった。
「怖いだけだと思っていた山道でも、あんなかわいい子たちにもあえるんですねー。何かラッキーかも」
「きつねはよくでてくるよ。子ぎつねを見たのは初めてだけど。鹿の群れに会った時はちょっと怖かったけどね。さあ、進もうか」
エンジンを掛けなおしてスタートする。しばらく行くとようやく青少年宿泊施設の明かりが見えてきた。施設の入り口にある駐車場の街灯の下にバイクを停め、ようやく ”ふぅ” と一息着く。
「ありがとうございました。あのまま誰もきてくれなかったらどうなっていたかわかりません。ほんどうにだずがりばした。ぐすっ。」
「また泣く。もうほら、このティッシュで鼻かんで」
「ありがとうございます。すん。ここまで来たらやっと携帯もアンテナが一つ立ってます。お兄ちゃんに連絡してみます」
「やっぱり妹だったか。何か妹っぽいとは思っていたけど」
「大学でもみんなから妹あつかいされるんですよぅ。私としてはもっと大人の女っぽくなりたいんだけど………」
「まあ、ほっとけない感じなんだろうな。いいじゃん、愛されキャラで」
お兄ちゃんは2時間位で車で迎えに来てくれるっていうことだった。
さすがにまたここで女の子一人だけにするわけにもいくまい。俺はジェントルマンだからな。仕方がない。駐車場の端にあった自販機でお茶のペットボトルを二本買ってきて、一本を幽霊(仮)に渡す。
「ありがとうございます。長く歩いてきたり、泣いたりしていたから喉がカラカラです。ところで、このバイクって何て名前なんですか? 」
「スズキGSX1300Rっていうんだけどね」
「なんか、ロボットの名前みたい」
「だけど、 ”ハヤブサ” って愛称も付いてるんだよ」
「はやぶさくんかぁ、ありがとね。横に何か漢字で書いてあったけど、馴染みの無い漢字だったから ”フクロウ” かと思っちゃった」
「漢字の勉強、しような。そういえばさ、今更なんだけどお互い名乗り合ってもいなかったな。俺は ”はやぶさのひと” って書いて鈴木隼人っていうんだけど」
「えーっ、偽名とかじゃなくて? 」
「この名前だからこのバイクに興味を持ったっていうのもあるんだけどね」
「………わたしは ”やさしいさと” で優里です」
「やっぱりゆうれ………」
「もう、絶対言うと思った。幽霊じゃないです。ゆ・う・り! 小池優里です。友達からは ”ゆうちゃん” とか ”ゆう” って呼ばれてます」
「ゆうちゃんか、せっかくドライブに来たのにひどい目に会っちゃったな」
「でも、悪いことばかりじゃなかったですよ。かわいい子ぎつねちゃんは見られたし、初めてバイクにも乗れたし。それに………、お兄さんにも会えたしね」
「ついでに良いことに入れてくれてありがとう」
「ついでじゃないですよぅ。本当に。乗せてくれるって言ってくれたときは、本当にかっこよかったです。バイクも最初はちょっと怖かったけど、慣れてきたらジェットコースターみたいで風が気持ちよかったし。後でお礼がしたいんで、電話番号とかIDとか教えてもらっていいですか? 」
「お礼なんて別にいいよ。でもこれも何かの縁だから、番号を教えるのはいいけど」
こうして電話番号とIDを交換して、しばらくしたらお兄ちゃんが車で到着した。
お兄ちゃんは妹がかわいくて仕方がないイケメンの好青年といった感じで、妹から事情を聞くと何度も丁寧にお礼を言われた。
まあ、イケメンにもいい奴はいるんだな。
二人を見送ってようやく帰ろうとヘルメットを被ったら ”ふわっ” と甘い香りがする。シャンプーとかコロンとかだろうか。
うー、帰りもこれかぁ。カップルへの呪いの報い、恐るべし。
残り香に身悶えしながら自分のアパートに辿り着いた時には、もう夜中の3時を回っていた。やっぱり滅茶苦茶疲れた。シャワーを浴びてベッドに潜り込み、爆睡してしまった。
目を覚ました時には既にお昼を過ぎていた。
寝ぼけながら携帯を確認すると、夜中の4時頃と昼間の10時位にメッセージが来ている。
「ゆうちゃん? あ、あの幽霊(仮)か! 」
4時のメッセージは
”おかげ様で無事に家に着きました。ありがとうございました。これから寝ようと思います。”
とあった。
10時のメッセージは結構長く、
”昨夜は本当にありがとうございました。自分が危なくなるのもかえりみず乗せて来てくれたのは、助けに来てくれた白馬の王子様みたいで本当にカッコよかったです。”
はは、そりゃ良く言いすぎだよ。
”お兄ちゃんにも早くきちんとお礼をするように言われていますので、今度の日曜日にお会いできないでしょうか。ご都合が悪くなければ、また待ち合わせの場所とかを決めたいと思いますので、よろしくお願いします。“
お礼なんていいのにな。だけど女の子からのお誘い、断るわけにはいくまい。俺はジェントルマンだからな。そりゃしょうがない。
”無事に家に帰れてよかった。日曜日は問題ないけど、お礼なんていいからね。でも、また会えるのは楽しみにしています。”
と送っておいた。
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日曜日のお昼に待ち合わせの約束をしたのだけれど女の子を待たせる訳にはいかないので、約束の時刻の30分前には到着していた。どれだけ楽しみにしているんだ、って?
俺はジェントルマンだから女の子より後に到着する訳にはいかないからな。それはしょうがない。
待ち合わせの店は ”イングリッシュ・フラワー・ガーデン” というところなのだが………。
この店、店の中じゅう花だらけで、店にいるお客はマダムのグループと女の子の2~4人連れ、女性ばっかりなのだ。テーブルにまで花が飾られていて、少女漫画の背景の様で、まさに女の園といった感じだ。
男は俺の他にはマダムに連れられてきて所在なげに座っているおっちゃんが一人だけ。
これじゃ女子の領域に空気を読まずに一人で入り込んでいる勘違い男みたいじゃないか。うー、早くきてくれー。
約束の時刻の15分前くらいに "ゆうちゃん" はやってきて、
「ごめんなさい、待たせちゃいましたか? 」
と言いながらテーブルに着いた。
「いや、俺が早く着き過ぎちゃっただけだから。気にしないで。それよりここって………。なんか女子の園って感じでどうしていいのやら分からないんだけど」
「ふふっ、この間、散々幽霊あつかいされた仕返しです。目一杯女の子あつかいして貰おうと思って。っていうのは冗談で、ここって紅茶とイングリッシュスコーンが美味しいって有名なお店なんですよ。ジェントルマンって言っていたから好きかな、って思って。食事的なアフタヌーンティーを予約してあるんですけど良かったですか? 」
「紅茶とスコーンは好きだけど、これだけ女性ばかりだと何か場違いなのかと思っちゃうよ。ところで、あの後どうだったの? 」
「聞いてくださいよぅ、次の月曜日に大学に行ったら教室にあいつがいて、しれっと ”ああ、無事に帰って来られたんだ” とか言うんですよ。もう頭に来ちゃって泣きながらひっぱたいちゃいました」
「そこはやっぱり泣くんだ」
「それで友達に事情を聞かれて、みんな余りのひどさにドン引きしちゃって、今では噂が広がって、あいつ、女の子はおろか男の子も誰からも相手にされなくなっています。もう、いい気味ですよ。でもお兄ちゃんにも ”お前は人を見る目が無い” って散々叱られちゃったし、ちょっと顔がいいのにつられちゃった自分も情けないです」
「まあ、みんなの妹をそんな目に合わせたんだから、当然の報いだよな」
「でも、まあそのおかげでお兄さんにも会えた訳だしね。子ぎつねちゃんもかわいかったなぁ。バイクも気持ちよかったし。私も免許、取ろうかな。こう見えても車の免許は持っているんですよ。ペーパーだけど。バイクで颯爽と走る女子って何かかっこよくないですか?教習所で取れるんですよね? 」
「うん、免許は教習所で取れるんだけど………。身長ってどの位ある? 」
「………150cm弱くらいです」
「………150cm無いでしょ」
「だから弱です、じゃく|」
「まあ、身長はいいとして、力はあるほう? 」
「自慢じゃないけど、非力です」
「いや、教習所に入るのに事前審査っていうのがあってね、転がっているバイクを起こすのとバイクを押して歩く、っていうのが出来ないと教習も受けさせて貰えないんだよ。まずは筋力を鍛える所から始めないとだね」
「そうなんですかぁ………。なんか無理っぽいかも」
なんか、目に見えて ”しゅん” て感じになっちゃった。
「あのさぁ、それって俺の後ろに乗る、っていうのじゃダメかな」
「えっ、また乗せてくれるんですか! それはうれしいです。またはやぶさくんに乗れるのかぁ。あっ、でもそれじゃ彼女さんとかに悪くないですか? 」
「………そんなのがいるくらいなら一人寂しくツーリングなんかしていないです」
「えーっ、そうなんですか? モテそうなのになぁ」
「ソンナコトイワレタコトガナイデス」
「なんで片言みたいになっているんですか、ふふ。………それじゃ私、立候補しちゃおうかなぁ、彼女」
「えっ………、それはうれしいけど………。けっこう大胆だね」
「だって人生は短いんですよ。ぼやぼやしていたら幽霊になっちゃうかもしれないでしょ。ふふふ。でもまだ会ったばかりだからお試し期間ってことで彼女(仮)っていうのでどうですか? 」
「うっ、見事に仕返しされた感じ」
「バイクでどこに乗せていってくれるんですか? 」
「高原のおしゃれなカフェ………」
「えっ、なんですか? 」
「なんでもない、こっちの話。それじゃ横浜とか鎌倉とかにシティツーリングっていうのはどう?海辺を走るのも気持ちいいよ」
「わぁ、いいですね。美味しいお店もいっぱいありそう」
「じゃあ、安全に乗れるようにちゃんとした装備を探しにいかなくちゃね。今は女の子向けのかわいいウェアとかもあるし」
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ということで、これは幽霊(仮)を乗せてきたら彼女(仮)に化けちゃったというお話だ。お後がよろしいようで。
今年の夏は楽しくなりそうだぞ!!
バイクに興味は有ってもあまり詳しくは知らないという人向けに、バイクの楽しさを感じて欲しいと思い、ラブコメ風に書いてみました。
ぜひご感想をお寄せください。