四章
とうとう完結です
「私と一緒にいる間は、暖にずっと何不自由なく過ごさせてあげたかったのにそれができなくなった。このことを最後まで隠し通すこともできなかった。こんなに話すつもりじゃなかった。私が決めた約束事も守れなかった。本当に申し訳ないよ」
彼女は重い口を開いた。
それは、後悔ともとれる言葉だった。
「そんなこと気にしなくていいよ。僕はにこに出会えたことが幸せだから」
彼女の後悔を僕は打ち消したかった。後悔をするのであれば、僕と彼女が出会ったことも間違いであったともとれるから。
どんなことがあってもそんなことは絶対にない。出会いが間違いなんて悲しすぎるから。
「気になるよ。私も、幸せだったからこそ苦しいんじゃない! でもこのまま私といても、私とじゃできないことばかりだから。暖もまだ若いんだからわざわざ私じゃなくていいじゃない」
彼女は投げやりなことを言っているけど、目が寂しげだった。
「苦しいのに、にこは今も僕のことを考えてくれているね。それは愛なんじゃない??」
「そんなことない。私はただ⋯⋯。そもそも暖は今後私と付き合っていても、私が暖を父親にしてあげられないんだよ。病気の私が子どもを産むなんてむちゃくちゃなことだから。私は直に育てられなくなるし」
彼女は、頑なに僕の考えを受け入れようとしない。
「父親になることよりも、僕はにこと一緒にいられる未来を一番に望んでいるよ」
「なんで、そう、なの? 優しすぎるよ」
彼女はもう涙の出ない目をこすっていた。
「にこ、僕と結婚してください」
「えっ、何言っているの?」
彼女は目を大きく開いていた。
突拍子がないことは自分でもわかっている。でも、彼女の苦しみを埋めるには時に多少の強引さも必要だと思っている。
それに、さっきは彼女の視点で僕ならどうするかを考えた。
でも、僕は僕であって、僕がどうしたいかが一番大事なことだから。
「二人の時間を一秒でも大事にしたいから。仕事もできるだけ早く完全リモートワークの会社に転職する」
「簡単に言わないで。暖は介護したことないでしょ? 私はお母さんがお父さんの介護するのを見てきた。すごく大変そうだったんだから」
「簡単になんて言っていないよ。大変なことだとも理解している。僕もこれから介護について学ぶつもりだから。簡単じゃなくても僕にとっては、にこと離れ離れになってしまうことの方がもっと辛い」
彼女は少し頭を抱えていた。
僕の思いは彼女に心に届くだろうか。
「そんなことをしてくれても、病気のために私は確実に暖より先に死ぬんだよ。そんな運命になっているけどいいの?」
「それでも、僕は構わない。たとえ残りの時間が短くても、どんな時もにこのそばには僕がいる。僕に支えさせてくれないかな。苦しんでいるにこを僕は絶対に一人にしたくない。させることは、僕にはできないよ」
「暖は本当にバカだよ。国宝級のバカ」
彼女はやっと笑ってくれた。そこには彼女の素直な気持ちが入っていた。
その言葉だけで、僕は十分だった。
僕は彼女を強く抱きしめた。
「それは、プロポースをOKしてくれたととってもいいのかな?」
今なら二人の思いが重なりそうな気がする。
「もう、好きにとらえてくれていいよ。だって暖はそうするって決めたんでしょ。私が何を言ってもやめないつもりでしょ?」
「ありがとう。僕の人生をかけてにこを大事にする」
こうして、僕たちの『恋人』としての最後のデートは終わったのだった。
旅行から帰ってきて、僕たちの生活は少しずつ変わってきた。
一気に変わることはなかなかできないから、少しずつ変わっていきたいと僕は考えている。
僕たちはまず新居を選び、引っ越しした。
早くにこのそばにいたかったから。
僕は蓄えが多少あったから、引っ越しもすんなりとできた。
新居はバリアフリーで、光が大きくよく差し込んでくる家を選んだ。
太陽の光を浴びることは、身体にすごくいいことだから。
それから、二人の未来について話し合う時間がかなり増えた。
僕たちは元からよくしゃべる方だったけど、今の方がたくさん話すようになった。
二人の仲も前よりさらによくなった気がするし、彼女も最近よく甘えてくれるようになった。
お互いの希望をすり合わせるには、何度も話し合う必要がある。
他に変わったことはと言えば、僕が最近完全リモートワークの仕事に転職した。
26歳という年齢から、それほど転職活動に時間はかからなかった。
仕事を変えることは一般的に勇気のいることとされているけど、僕は彼女のためだったらなんだってできる。
完全リモートワークになれば、ある程度は自分のペースで仕事ができる。それに彼女に何かあった時すぐに対応できるから僕はこの働き方を選んだ。
僕の生活は完全に彼女中心に変わった。
それは煩わしいことではなく、幸せなことだった。
大好きな彼女のことを考えられること以上の幸せを僕は知らない。
彼女はというと、デートの日から体調は特に悪くなっていなくて安定している。
でも、若年性アルツハイマーであることは変わらないから、今後も注意は必要だろう。
あの日を境に、二人で生きていく未来に一筋の光が見えた。
大変なこともあると思う。それでも僕はその光を今後も大切にしていきたい。
梅雨はもう開けて、太陽が地面を照らしていた。
お読み頂きありがとうございます。
どんな感情になったか教えてもらえると嬉しいです