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三章

物語は折り返しです

 旅館の部屋からは木々の緑がよく見え、癒しを感じさせてくれる。

 部屋も広くてゆったりできそうだ。

 旅館を予約をとる際、食事が部屋食でおいしいことを最優先にして僕はとった。

 食事は二人っきりでゆっくりとした雰囲気で食べたいし、思い出に必ず残るものだから。

 こだわりを持つことは、彼女への愛のようなものだと僕は考えている。

 彼女に喜んでほしい一心だから。

 だからデートも素敵なものにしたいし、妥協をしたくなかった。

 彼女はいつも最高のデートプランを立ててくれていた。

 思い出して幸せな気分になると共に、いつも彼女が計画を立ててくれることに甘えていた自分が恥ずかしくなった。

 彼女がいつもしっかりしているから、つい甘えてすぎてしまう時がある。

 次も僕がデートプランを考えたいけど、今のところ次のデートはないらしい。

 どうしてか未だにしっくりくる答えが見つからない。

 僕たちは、部屋に着いてお互いに簡単に荷物の片付けなどをした後、今日のデートのことを話し始めた。

「今日のデートも楽しかったね」

「うん、すっごいおもしろかった!」

 彼女は少しゆっくりできたのか、いつものように元気に返事が返ってきた。

 いや、彼女も今回のデートで楽しくいるという約束事を守っているだけなのかもしれない。

 いつもはそんなことはないのに、彼女の感情が見えない。

 今回のデートで最後ということの意味を、温泉に入った後じっくりと聞いてみようかなと僕は思っていた。

 気になることをそのままにしておいて後悔することはできればしたくないから。

 でも、こうやってのんびりできるのは旅館での醍醐味のような気がする。

 緩やかに流れる時間は、人生の中で大切な時間だから。

 楽しめるところは素直にめいっぱい楽しみたい。

「食べ歩きもおいしいものばかりで、いい店にいけたよね」

 たとえおいしくない店だったとしても、僕たち二人ならそのことも楽しいもの変えられる気がする。

 二人の温かい雰囲気はきっとどんなこともプラスにする力があるから。

「そうだね。今日は運かかなりよかった。やっぱり干物がインパクトがあったし、味もよかったよ」

 彼女が喜んでいる顔を見て、僕は幸せだなあと感じた。

 こんな毎日を彼女と過ごしたい。

 彼女の幼さの残る笑顔には、人を幸せにする力が絶対にある。

 言葉では言い表せない不思議な力って、僕はあると感じている。

「きっと旅館の温泉も温かくて気持ちいいよ」

「うんうん。少しくつろいだし、温泉入りに行こうか。戻ってきたらデートの話の続きをしようね」

 僕たちはそう言ってそれぞれ温泉に入りに行った。

 

 温泉から帰ってきた彼女は、浴衣姿で髪を束ねていた。

 僕は見惚れてじっと見ていると「どうしたの?」と聞かれた。

「浴衣姿が、すごくかわいいから」

「そんなに見られていると、照れちゃうから」

 彼女はそう言いながらも、歩く足元に音符見えそうなぐらいテンションが上がっていた。

「暖も眼鏡外していて、かっこいいよ」

 彼女は耳をまっ赤くしていた。

 僕はお風呂も入ったし楽な格好になっていた。眼鏡を外してもある程度は見えるし、つけていると少し疲れるから。

「あっ、ありがとう」

 二人でほめ合って部屋は温かい空気に包まれた。この空気感はこそばゆいけど心地いい。

「海賊船に乗っている時、」

「うんうん」

「私ちょっとおかしかったよね」

 彼女はそのことをまだ申し訳なく思っているようだった。

 僕はそんなに重く捉えていなかったけど、今なんだか空気が変わったのを感じた。

「おかしかったっていうより、たぶん疲れていたんだよ」

「疲れてはいなかった。実は私は、」 

 そこで彼女は言葉に詰まった。

 でも僕は何も言わず、その先の言葉を待っていた。

「実は私は、若年性アルツハイマーなの。旅行のプランをいつも立てているのに今回は暖に任せたのも、食べ歩きでなかなかどれにするかを決められなかったのも、海賊船で次何をするか思い出せなかったのも、全部アルツハイマーのせいなんだ。アルツハイマーは聞いたことがあるよね?」

「聞いたことはあるよ。でもにこは若いよ」

「確かに若いけど、二十代の人でも数%の人はかかるのよ。それに私のお父さんも、アルツハイマーを患っていた」

「どうして、もっと早くに言ってくれなかったの?」

 言葉の強さを意識して話した。僕は責めているわけはなく、心配からその言葉言ったから。

 僕は彼女の苦しみを知りたかった。

「それは、暖から離れる決心がなかなかつかなかったから」

「だから、今日が最後のデートだと言ったの? でもどうして約束事まで作ったの?」

「そうだよ。だって、暖との楽しい記憶をもってこの後の人生を一人で生きていたいから。認知症の人はよく昔の楽しかった出来事を今のことのように話すでしょ?」

 僕はずっと埋まらなかったピースがぴったりとはまっていくのを感じた。

「僕はこれから先もにこのそばにいるよ」

「私だって、私だってさ、本当はそばにいてほしいよ! でももっと症状は悪化すると思う。暖に迷惑をかけたり苦しい思いをしてほしくないから、今日で最後にした。それがきっとベストなの。私が何もかもわからなくなってしまう前がいい。私の世話なんて絶対させられないから」 

 彼女は涙をボロボロと流していた。

 僕はすぐに近づいていって、手で一粒ずつ涙を拭った。

「そんな大事なことを一人で決めないでよ。二人でしっかり話し合おうよ?」

 彼女は嗚咽していて、僕の言葉には反応しなかった。

 彼女の決意を思うと、彼女の胸の痛みがすごくわかった。

 話し合おうと言いながら、僕が彼女の立場だったらどんな風になっていただろうかと僕は考えずにはいられなかった。

 僕が彼女なら、話し合うことが本当にできるだろうか。

 歯がゆい思いと叶わぬ願いに何度も押しつぶされると思う。

 彼女は今そんな感情の中にいるのに、勇気を出して僕に伝えてくれたことだけで十分すごいことだ。 

 なかなかできることはない。

 そして、僕も彼女と同じ状態なら、辛いけど同じ選択をしていた気がする。

 僕たちは、似ているから。

 だから、彼女の苦しみは痛いほどわかった。

 彼女はずっと顔を上げることをしなかった。

 それは彼女の強い意志のようだった。

お読み頂きありがとうございます。


次の章で完結です

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