二章
今回はどんな話かな?
箱根湯本駅に到着した。
僕は考え事をしているのを一旦やめた。何かを考えていると心から楽しめないから。
今日は晴れているので、観光客も結構いる。
何から食べようかなと近くを見渡すと、温泉まんじゅうのお店が見えた。
もくもくと湯気が上がっている。
二人とも甘いものが好きだから、自然と足がそこに向かった。
「温泉街だから、温泉まんじゅうはやっぱ外せないよね」
「そうだね。一個ずつ食べようよ」
僕の言葉に、彼女は笑顔で答えてくれた。
温泉まんじゅうは軽い口当たりで、でも控えめな甘さもあり、ぺろっと食べられた。
次は何にしようかと僕たちはまた歩き出した。
色々あるお店から、自分たちが気になるものをいくつか食べられるのが食べ歩きの醍醐味だと僕は思っている。
歩いていると、いい匂いがしてきた。
「これ、魚の匂いだよね」
「そうだね。何屋さんだろう」
「あっ、干物を自分たちで焼けるっぽいよ。あそこ行きたい」
「うん、行こうか」
彼女のテンションの上がりが僕にまで伝わってきて、いつの間にか僕も笑っていた。
彼女の笑顔を見ていると、最後のデートという言葉が嘘のように感じた。でもそのことが今頭に浮かんでしまった。
恋人として最後なら、その先には結婚がある。彼女は結婚したいということを暗に伝えてきたのだろうか。
確かに僕たちは付き合って結構年数が経っている。そう感じるのもおかしなことではない。
もしそれなら僕の取る行動は一つで決まっているけど。
そのお店は、お店で買った干物や練り物をその場で七輪で焼いて食べられるところだった。
「熱々の干物を食べられるのって珍しいよね」
「そうだね。あっ、あつっ!」
「もぉ、そんなに急いで食べなくてもいいじゃん」と彼女は笑いながら僕の肩を優しくたたいた。
不意のボディータッチに、心がグラッと揺れた。
彼女は普段ボディータッチをほぼしないから、余計にグッときたのだろう。
でもなぜか今日は付き合いたてに戻ったかのように、僕は些細なことでドキドキしている。
これは観光地効果だろうか。
それから僕たちは『菜の花』という和菓子屋さんにいった。
ここは食べ歩き先としては有名なところだ。自分たちで行きたいところを歩きながら探すのいいけど、有名なところのおいしいものも食べてみたかった。
緩やかな坂道を歩いていると、彼女は何かにつまずいて転けそうになった。僕はすぐに彼女の腕を強く引き寄せて抱きしめた。
「大丈夫?」
「うっ、うん」
どこもケガをしてなさそうだったけど、彼女はすぐに顔を上げなかった。
ふと見えた横顔がかなり赤くなっていたので、「それならよかったよ」と僕は少しだけにんまりとしたのだった。
僕は食べるものが決まっていたので、彼女に何にするか聞いた。
彼女は「これとあれで悩んでいる」とすごく真剣な顔をしていた。
悩んでいる姿まで愛おしかった。
僕は彼女のことが相当好きらしい。
「それなら、二人でその二つをシェアしない?」
彼女を見ると、まだどうしようか迷っている感じだ。僕は焦らさずに、彼女の答えを待つことにした。
「えっ、暖はそれでいいの?」
「うん。にこと二人で楽しみたいからね」と僕は食べようと決めていたものをあっさりとやめた。
「う〜ん、どっちもおいしい」
彼女はとても満足気だった。
「両方食べられる方がよかったでしょ」
「絶対その方がいい。暖、ありがとう」
彼女は何度も感謝の言葉を伝えてくれた。
「そんな大げさだよ。僕は、にこの喜んでいる顔が見れたからいいんだよ」
「暖は、優しくて本当に好き」
彼女は一瞬切なそうな顔をした。でもすぐにいつもの表情に戻った。
次は芦ノ湖に向かった。
箱根湯本駅から少し離れているけど、ここもずっと行ってみたいところだった。
有名観光地だけど、僕たち二人とも訪れたことがなかった。
そして、今回のデートのコンセプトでもある『のんびりする』に、芦ノ湖の遊覧船も合っている気もする。
芦ノ湖に着くと、別名『海賊船』とも呼ばれるだけあって、豪華でかっこいい船のデザインに圧倒させられた。
乗ったらお金持ちになった気分になれそうな愉快な色をしている。
僕たちは乗船料金とは別に追加料金を支払って、特別船室に乗った。
その方があまり人が多くなく、ゆっくりできそうだから。
特別船室の中は、装飾品も華やかでソファなどもとても柔らかくて気持ちよかった。
「この中だけでも、もう十分満足しちゃいそうね」
「確かに、かなり居心地がいいよね。でも、デッキや船頭にも出れるからこの後行こうよ」
「うんうん、行きたい」
彼女の目はらんらんとしている。
彼女の様々な表情をもっと見たいと、僕は思った。
デッキに出ると、彼女の歓声が聞こえてきた。
「風が気持ちいいよ。湖もすっごく広いよ!」
「ホントだね。景色もいいね」
その時風が強く吹いて、彼女の胸の長さまで髪が大きくなびいた。
僕はその優美さに心打たれた。
ずっとその姿を見ていたいとまで思った。
「このあとは、えーっと、どこにいくんだった?」
彼女はどこか頼りない声で突然聞いてきた。
「旅館の温泉だよ」
僕は彼女の頭をぽんぽんとなでながら、そう答えた。
「おんせん?」
彼女はまるで不思議な言葉を聞いたような顔をしている。
「うん。湯につかってリラックスするんだよ」
「あぁ、そうだったね」
彼女からはすぐに返事は返ってこなかった。
「ちょっと疲れたかな?」
「うん。ちょっと、疲れたかも」
「それじゃあ、このあとすぐに旅館に向かおうか」
僕たちはそう言って、芦ノ湖をあとにしたのだった。
お読み頂きありがとうございます。
少しずつわかってくることが出てきています