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2.


 待ち合わせは7時。校門。

 そう約束をして、放課後、生徒会室に向かう相楽会長と廊下で別れた。

 わたしはそれからいったんマンションの部屋に戻った。



2.




 シャワーを浴びて着替えた。

 わたしは身長175センチで、肩幅があって骨張っていて、だから似合う服が少ない。ましてや着物なんて永遠に似合わない。

 今着てるのは、母親が仕送りと一緒に送ってくれた手縫いのワンピースだ。

 カシュクールっていうんすかね、親の趣味にしてはセンスよくて気に入っている。

 まあわたし美女ですから? たとえ体型が残念でも強引に顔面偏差値でねじ伏せちゃうわけですが?

 って、なんでお気に入りの服なんか着てるんだわたしは。


「べつに好感なんかもたれなくっていい」


 ただ、奢られる側の礼儀として、一応、恥ずかしくない服装をしておかなければと思った次第の。いかんちょっと動揺してる。

 狭い玄関で再びため息をつく。

 あーぁ。ミュールなんて履いたからこれでたぶん身長180センチくらいになっちゃってるな。

 わたしはあれかガンダムか何かか。人類のために戦う汎用人型決戦兵器か。


「身長」


 そうだ身長。

 会長って身長どのぐらいだっけ。たぶんわたしよりも高いと思ってたんだけど、筋肉が少ないのが気になりすぎて身長の印象がない。

 わたしが巨大すぎて引かれたらどうしよう。

 いや、引かれてもいいんだけど。何の支障もないんだけど。

 校門の石柱にもたれて、わたしは暮れかけた空を見上げた。





 あれ。と呟いて相楽会長は立ち止まった。

 思わず通り過ぎるところだったらしい。


「――羽田さん?」

「あ。……ええと」

「ごめん、通り過ぎるところだった。っていうか声をかけてよ!」


 わたしはとっさに彼との身長差を確認する。

 わたしのほうが頭半分高いけど違和感はない。気にしていたほど気にならない。ぜんぜん気にならない。


「着替えてきてくれたんだ。てっきり、制服のままで時間つぶしてるんだと思ってた」

「いや、あの、そうしようと思ったんだけど、帰らないといけない用とかもあって」


 大嘘八百八町夢日記だ。顔が赤くなる。


「何かちょっと嬉しいな、そういうの。俺の独断で店を予約しちゃったけどいい?」

「あ。もう全然、どこでもいいですッ」

「羽田さん、敬語」

「すみませ。いや、ごめんなさい……」

「それじゃちょっと歩くよ」

 そう宣言すると、会長は、薄い眼鏡を外して、夏服のシャツの胸ポケットに突っ込んだ。

 で、くしゃくしゃっと、髪をかきまぜた。

 おとなしくまとまっていた髪が、無造作に散らばって、カジュアルになる。


「……」


 ストイックな男の人がさりげなくこんな隙を作ってる。

 アホみたいに決まってる。

 似合う。

 なんだかわたしは笑いたくなった。そうか。人間ヒューマンはこんなとき笑う生き物なんだ。

 わたし、どきどきしている。全身の血が頬に集まる。


「何? 羽田さん笑ってる?」

「眼鏡を外しても平気なの?」

「少しぼやけてるけど不便じゃないよ。これはただの権威の象徴っていうのかなあ、ほら俺、童顔だから。眼鏡でもかけて偉そうな顔をしてないと」

「…ふうん…」

「羽田さんは? 視力いいの?」

「おかげさまでね。でも足腰が弱いから」


 事故に遭って以来、わたしは右足を軽く引きずらなければ歩けなくなってしまった。

 杖を使いなさい、と主治医にはいつも云われるけど拒否してる。

 何ヶ月間も車椅子に乗った。松葉杖をついて学校に通った。

 あんなの、もうイヤだ。

 思い出したくない。

 わたしは、普通になりたい。


「というわけで会長、もうちょっと、スローダウンでおねがい」


 さっきからわたしはフルスロットルで歩いているつもりなんだけど、どうしても左足に負担がかかってしまい、喋るのもつらかった。


「あ」


 会長、立ち止まる。


「ごめん、気づかなかった」

「んにゃ、いいよいいよ。あとどれくらい歩く?」

「五分くらいかな。タクシー呼ぶよ」

「それくらいなら余裕で歩ける」

「いいから無理しないで。タクシー呼ぶから」


 会長は鞄から最新のでかいスマホを抜く。わたしは制した。声が震えないように喉に力を込めた。


「わたしは大丈夫。ちょっとペースゆっくりにしてって頼んだだけ」


 気づかなくてごめんねとか、無理しないでねとか。

 わたし、こんな小さなトゲは慣れてるはずなのに。

 そしたら会長は、王子様のようなしぐさで恭しくわたしに手をさしだした。


「手をつなごう」


 あ。

 そういうの。

 なんていうか、知ってる?


「ありがと」


 わたしは会長の優しい手を払った。

 言葉と態度が矛盾している。だから会長は目を丸くしてわたしを見ている。


「気遣ってくれてありがとう。嬉しい。でも今は、そういう態度はいやなの。ゆっくり歩いてくれればそれでいい。わたしを知る前から当然のように甘やかさないでほしい。助けてほしいときにはこっちから言う」

「ごめん」

「謝る場面じゃないよ」

「たしかに。――きみとの歩き方を教えてくれてありがとう」


 その後5分と25秒、わたしと会長は沈黙したまま歩きつづけた。

 会長はわたしの隣で、一歩一歩を確かめるように、ゆっくり歩いてくれた。わたしが指示しなくても彼のペースは完璧だった。まるで二人三脚してるみたいにわたしたちの歩幅はぴったりだ。

 それが心地良くて、わたしはずっとこのまま彼とこのペースで歩いていたいとさえ感じていた。





『ジャンヌ』という看板がかけられた、小さなお店だった。


「この店、じゃんぬ、だってさ。ヘンな名前」


 沈黙が辛くて、わたしは道端の料理屋の看板を指差して笑ってみせた。洋館風で何処から見ても貧乏人には手が届かない高級フランス料理屋だ。

 店の前のぽつんと置いてあるお品書だってさ、フランス語で読めないっての。


「率直なご意見としてオーナーに伝えておくよ」


 会長は軽くそう呟き、その門をくぐった。


「……ほら。おいで」


 会長は手招きする。

 ひきよせられるように、わたしは、彼の隣に並んだ。





 偉そうな黒服が出てきて、相楽会長を、お坊ちゃん、と呼んだ。


「午後に学校から電話したはずだけれど」

「承っております。お連れ様、苦手な食材などはございますか」

「…あ、べつに……」


 かしこまりました。そう恭しく黒服は一礼して、わたしたちを奥の席に通してくれた。

 きちんと並んだお皿。どうやって折り曲げたらこんな形になるんだろってくらい、とても器用な形で載せられているナプキン。


「ねえ、ここ、高い? 高いでしょ? 会長って坊ちゃまなの?」


 わたしは会長に顔を寄せて訊く。ちょっと困る。こういうの。奢られる理由がない。


「羽田さんは気にしなくていいから。ただちょっと、頼みがあって、」

「……頼みって?」

「実は」


 一瞬の、間、の後。


「意味わかんない。わたし帰る」


 



 


 2分後、わたしは店を飛び出していた。

 お腹がすいてくーくー鳴ってる。でもしょうがない。





『実は、本当に云いにくいんだけど、可及的すみやかに俺と結婚してほしい』


 そんなことを云いやがったのだ。

 あの相楽って男は。

 意味がわからない。

 意味がわからない。

 

 バカにされたんだ。

 からかわれたんだ。

 明日になったらきっといや学年じゅうの噂になってる。

 水泳をクビになった死に損ないのイルカが、思い上がってちょっとだけときめいて人間の王子様にクラクラしてしまいそうになった。

 皆に笑われる。

 劣等生のくせに。何のとりえもないくせに。こんな、親の手縫いのワンピなんか着ちゃって。

 ここは高級料理屋だというのに。

 大怪我の古傷が痛んで、何だか涙が出てきそうだった。


「あら、お足を痛めているの? 転んで捻挫でもなさった?」


 突然、そんな声が聞こえて、わたしは顔をあげた。

 車道の脇に止まった大きなドイツ車。後部座席の窓があいて、お人形みたいに化粧の濃い女がわたしを覗いていた。


「歩けないのなら車で病院に送ってさしあげてよ」

「……いえ、普通に歩けますので」

「あなた、その料理屋から飛び出してきたでしょう」


 誰。この女。若い。女というより少女だ。

 わたしよりも年下、もしかしたら中学生かも。


「ということは、駿(しゅん)さんのお知り合いなのでしょう?」


 駿。て誰。あぁ、相楽駿(さがらしゅん)。会長のことだ。そういえば、この女の子、彼に何となく似てる。


「知り合い、なんかじゃ、ないです」

「そう。それならよかった」

「そういうあなたは?」

「私は許婚よ」

「いいなずけ?」

「婚約者なの。私たち、結婚することになっているから。駿さんが私以外の女と結婚を決めたという話を聞いて駆けつけてみたけれど、杞憂で終わったみたい。では失礼、足をお大事にね」


 ドイツ車の窓が閉まって、車は減速して料理屋の駐車場にすべりこんでいった。


「何じゃあれ……」


 相楽駿って、いったい何者なんだ?

 あと、なんでわたしのことがその、

 あの、

 ……いいですもう

 ……帰ろう……。


トゥー・ビ・コンティニュードゥッ!

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