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1.


 あなたは信じないかもだけど、これはわたしと彼の怒涛の三日間。

 わたしたちはこの三日間で恋をして結婚の約束をした。やば。意味わかんない。自分でもやばいと思う。でもそうなっちゃったんだから仕方ない。

 これはそういう、ある意味ドン引きの、わたしと彼氏の恋のおはなし。



 


1.





 世の中は、初夏だった。

 中間考査も終わったことだしということで、昨日、うちのクラスは席替えをした。

 そしたら、苦手タイプの男子の隣になってしまった。

 うーん。

 カラダが細くてメガネかけてて頭よくって色白で貧血っほくて、ちょっと不健康な美形って感じのオトコって信用できない。苦手。よわよわに見える。地球に生きる種としてよわよわじゃろう。やはり人類には筋肉がないと信用できない。筋肉だけが人類の正義を証明するので。そう思いますので。



羽田(はた)さん、ちょっとお願いが」


 ひとが昼寝してるときに話し掛けないでほしいんですよ。机に突っ伏していたわたしは顔を上げた。


「げぇっ、相楽(さがら)会長!」

「どういうリアクションなのそれ」


 隣の席から話し掛けてきたのは、その、わたしがもっとも苦手にしている貧相よわよわ筋肉の相楽会長だった。

 頭よくって美形だから生徒会長なんだって。このひと。やばいね。

 わたしは投票しなかったけど(そもそも投票用紙には『範馬勇次郎』と書いて出したのでたぶん無効票にされたのだろう)、下級生の女子なんかはほぼ全員がこのひとに票を入れたらしいんだよ。たいしたもんだねえ。

 そんな相楽会長と今回の席替えで初めて隣になってしまい、面倒だなあと思ったんだけど、まともに会話するのって初めてかもしんない。

 しかも話しかけられたし。

 わたしは、ちょっと、いやかなりびっくりした。


「……な…何すかッ。今は休み時間だから寝てたっていいでしょ別にッ!」


 先生に反抗するみたいな態度になった。

 そして会長は生徒に反抗された先生のようにゆったりと頭を振った。

 顔を覗き込まれていた。わたしの視界は相楽会長の澄ました顔で覆われている。視界に逃げ場がない。思わず唾を飲み込んで喉を鳴らした。


「居眠りはいいと思う。フラッシュスリープの有効性は科学的にも証明されていることだし。それで、あと30秒くらいでチャイムが鳴るんだけど、次の時間の国語、俺、教科書忘れたみたいだ」

「フラッシュスリープって何。わたしは脳味噌の事情で難しいお話はよくわからんのですが、ん、教科書が何すか」

「もし良かったらさ、次の時間は机を寄せて教科書を見せて欲しいんだけど」


 さらっとした髪、もうちょっと前髪を切ったら美形指数が上がるかもしれない。メガネもコンタクトにしたらいいかもしれない。だが残念だが何より筋肉が圧倒的に足りていない。

 わたしは相楽会長の顔をいい加減に眺めながら、そんなどうでもいいことを考えていた。


「まあべつにいっすけど。好きにすれば」

「サンキュ。では早速よろしいですか」


 相楽会長は屈託なく笑って、わたしに机を寄せてきた。

 いや近い近い近い。いい匂いがする。筋肉の匂いがしないその代わりにスンと爽やかな冷たい石鹸の香り。いい匂い。それに引き換えわたしはどうだ、思わず自分の二の腕を鼻に寄せて嗅ぐ。制汗剤の安くて化学的な匂い。


「何してるの」

「いや、会長がアロマオイルの妖精みたいな香りを漂わせてるから」

「えっやば。こういうフレグランスって普段は使わないんだけど、ごめん、俺、臭い?」

「ちがうっす、ぜんぜん、ちがうっす」


 わたしは相撲を取り終えた後の関取インタビューのような語彙の少なさで、ふうふうと息を吐きながら頭を振った。呼吸するだけで会長の匂いを吸ってしまってセクハラだ。緊張する。


「あら」


 国語の女教師は教室に入ってくるなり、まあ相楽くんどうしたの、と云った。教科書を忘れてしまいましたスイマセンと会長が謝ると、他にお叱りの言葉はもうない。

 これがもしもわたしだったら、やる気の無い生徒は教室から出て行けとギャン切れなのに。

 

「相楽会長って人生イージーモード対戦ヨロって感じすよね」

「日頃の勤勉な態度のおかげだよ」


 わたしが小声でからかうと、会長は、くすりと微笑んだ。 


「羽田さんはあの先生に嫌われてるよね」


 なぜか静かで優しい声だった。


「それはわたしが無駄に美女で成績が悪いからっす。わたし残念なバカ美女なんで」

「バカ、というのは違うとおもう」

「いや、わたしバカなんすよ。高校に入ったのも特別推薦だし。絶望的にぜんぜん授業わかんない」

「水泳部にスカウトされたんだったね」


 アッタリ。

 わたしは子供んときからオリンピック目指して泳いでいた。んで小学生から中学生になったあたりでとうとう具体的に見えてきたんですね、未来が、自分の人生のストーリー、つまり栄光の架け橋が。ええ。

 とりあえず国内で天下とれるかもねって雰囲気になった。

 明日の日本競泳界を担う美少女選手だって、たくさん褒められて大切に育てられた。

 てなわけで、スカウトされて、九州のド田舎からこのガッコまではるばるやってきたんすよ。

 ところが、高校の入学式の三日前に車に轢かれて全部終わった。

 死ぬほどの大怪我には至らんかったけども、以前のようには泳げない肉体とメンタルになってしまった。

 しかもその事故騒動で半年もガッコに通えなかったわたしは、自動的にダブってしまい、実は高校2年生だという設定なのにもう18歳なのだった……クソださすぎ……。

 せっかく筋肉推薦で入学したにも関わらず、学年はダブるわ部活は正式入部もしてないのにクビになるわで、わたしはどうなったかというと、親元離れてハイスペ私立校に通っているだけの、ただのどうしようもなく反抗的でちょっと顔が美しいだけの劣等生なのだった。


「そこっ、羽田さん何をぶつぶつ云ってるのッ! 授業を妨害するんなら出ていきなさいッッッ!!」


 あーほらまたまた怒られちゃった。


「それでは失礼いたします」


 わたしは相楽会長に自分の教科書を押し付けて、教室を出た。

 会長がわたしを引きとめようとする。けどそれは無視。





「羽田ちゃんさー、会長と仲よかったっけー? 机くっつけてたから驚いたぁー」


 クラスの女子諸君の驚きもごもっともだ。わたしも驚いた。

 男子諸君は次の時間は武芸のお稽古で、武道場に行ってしまった。

 この時間、女子は保健体育の授業で今日は自習。避妊法についてのレポート提出。


「会長ってさー、学年で一番頭いいし顔もいいし、おまけに何ていうかこう、ツンツンしてなくて、そういうところも庶民的でいいよね」


 たしかにそうだ。

 相楽会長はわたしが思ってたより気さくで話しやすかった。それもまた意外だった。だが圧倒的に筋肉が足りていない。

 そして女子どもの話題は課題レポートへ移る。


「ところで、避妊、どうしてる?」

「えー。ウチ、ゴムだけ」

「いちお体温は毎朝測ってる。ママが基礎体温表の書き方を教えてくれた」

「はたちまでに処女膜を破らなかったら初めてのとき痛みがすごいんだって。歳をとったら固くなるんで」

「やば!!!」

「それはないから。絶対ない。そんな言葉に惑わされちゃダメってママが言ってた」

「あんたのママいいなー、ちゃんと性教育してくれて羨ましい」

「羽田ちゃんはどうしてる?」

「わたしヴァージンすよ」

「えええっ、羽田ちゃんて私らよりイッコ年上なんでしょうっ? 大人っぽい美人顔だしめっちゃ彼氏いそう、生まれてこのかた彼氏途切れたことなさそう」


 話題に加担してなかった連中までもが一気にこっちを向いてしまい、一躍わたしはクラスのヒロインに踊り出てしまった。

 主要五教科だけでなく保健の授業まで置いてけぼりにされて、わたしはますます居場所がないのだった。落ち込む。




 というかですね。わたくし、生まれてから事故るまでの人生、その半分近くを水中で過ごすというイルカのような生活を送ってきたわけでして、いまさら、人間界隈の恋愛云々ってわかんないわけですよ。

 初恋というのがどうものかさえも存じ上げないというのに。





 武道場から戻ってきた相楽会長は、ちょっとだけ汗の匂いがした。

 彼は武道の授業で剣道を選択しているのだという。うん。武士の匂いだ。これでようやく彼が普通の人間なのだと嗅覚で認識できた。妖精ではなかった。

 帰りのHRの前に、会長がまた話しかけてきた。


「羽田さんって、放課後、いつもどうしてるの」

「べつに。スーパーで買い物して帰って、テレビみて晩飯つくって食べて寝るだけ。突っ込まれる前に言うけど宿題も予習復習もしないストロングスタイルを採用してます」

「一人暮らしだっけ。大変だね」

「馴れたから平気。もともと料理とか得意なんすよわたし」


 入学当初は水泳部の合宿所に入寮が決まっていたんだけど、クビになったので仕方なく始めた一人暮らしだ。この近所は大きな大学もあるし、学校からの斡旋と援助もあってマンションの部屋はすぐに確保できた。


「晩飯、奢ろうか」

「ん?」

「国語のお礼」

「やば。いいんすか?」 


 正直いって、うちのガッコはバイト厳禁だから親の仕送りでは日々生き抜くことで精一杯だった。外食なんてとんでもないの。


「生徒会は7時には切り上げるから。ちょっと遅い時間だけどいいかな? その頃に校門で待ち合わせよう」

「何を食べさせてくれるんすか?」

「レストラン系。和食より洋食が好きでしょ、羽田さんは」


 うれしい。ファミレスなんて入るの何ヶ月ぶりだ!


「ぃやったあー!」


 思わず諸手をあげて喜んでしまった。


「あ?」


 ふと気づいたら、会長が、にやにや笑って、わたしを見てる。


「いや、可愛いなあと思って。ごめん」

「顔のことはよく云われるので気にしてないです」

「あとタメでいいよ。敬語やめてくれる?」

「いやあでもわたしと会長では人類としてのランクが」

「タメで頼む」

「えっと……まあ、いいですけど……」


 わたしは軽く受け流してしまったが、内心は胸ドキドキもんだった。

 男子とふたりで外食、人生で初めて。デートか。デート? ではないか? ではないよな。ではない。慌ててはいけない。 



トゥー・ビ・コンティニュードゥッ!

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