9話.私は、僕は怖かったんだ
本日2話目です。
「……そうだよ。僕が、星美レオナだ」
「!! どうして、教えてくれなかったの?」
「それは……」
そこで僕は言い淀む。
もうバレてしまったのだから、言っても大丈夫なのだけど。
ただ僕は……怖かった。二人が、僕を汚物を見るような目で見るんじゃないかって。
それが、どうしても耐えられなかった。
だって女装だよ。
男が女のフリしてるんだよ。
そんなの、女の子からしたら、気持ち悪いに決まってるじゃないか……!
「……」
「気軽に話せる事じゃない、よね。ごめんなさい、レオナちゃんにも事情があるって分かってるから。でも、どうしても……私は、知りたい。姫咲君がレオナちゃんだって知っても、私は仲間だって思ってるから!」
「!!」
「……放課後。付き合ってくれる? 私とユナちゃんのマンションの一室。そこなら、誰にも聞かれないから」
「……」
「ユナちゃんには話さない。私が、知りたいの」
「……分かった」
「うん、ありがとう。レオナちゃん、ううん……姫咲君。私は何があっても、味方だよ?」
「!!」
そう言って、ユリアは先に教室へと戻って行った。
今の僕の心情を汲み取って、一人にしてくれたんだろう。
『私は何があっても、味方だよ?』
その言葉は、僕が……私が、ユリアに言った言葉だ。
『レオナちゃん……私、私っ……うわぁぁぁんっ……』
『……』
私は泣いているユリアを抱きしめながら、背中を撫でて落ち着かせようとした。
『ヒック……今日もネットでね、悪口書かれてたんだぁ……私はスターナイツに合ってないって……歌も踊りも、下手だって……辞めろって……!』
ネットの掲示板は、悪口が書かれる事が多い。
悪口を書いている者達はそれをストレスのはけ口にしている者が多く、その行為に罪悪感を抱く事はない。
それも場所によってはファンの褒め合いもあったりして、そういう場所を読むのは楽しいのだが。
ユリアは運悪く、悪い場所を覗いてしまったのだろう。
私は、しゃべらない事を男バレするからと免罪符にしてきた。
でもこの時だけは、しゃべらずにいられなかった。
『私は、ユリアの味方だ』
『え……』
『誰が何と言おうと、ユリアを認めている。ユリアの歌は上手い。ダンスも私やユナと違い、元気を分けてくれる。そんなユリアに、私は救われている』
『っ……! レオナ、ちゃん……!』
『私は何があっても、味方だぞ』
『レオナちゃん……うんっ……うんっ……私、もう負けないっ……二人の足手まといじゃない……二人の仲間なんだって、誇れる自分になってみせる……!』
それから、ユリアはネットを見なくなった。
毎日のトレーニングを頑張り、明るく元気に振舞って。
私は気になって覗いてみたけれど、そういう悪口も次第に減り、良い感想を多く見かけるようになった。
元気を貰える、そういう言葉だ。
ユリア。僕は……。
「タクト、どうした? 何かあったのか?」
「博人……ううん、何も」
「……そうか。これ、もう時間ねぇけど、少しでも食うか?」
「ううん、今は食欲が無くて。良ければ博人が食べてよ」
「いや、このまま包んで後で食える時に食っとけ。体を作るのは飯だからな」
「うん、ありがとう博人」
博人は僕に何かあったのか気付いたのだろうけど、何も言ってはこない。
その優しさが今はありがたかった。
「……姫咲君」
そうぽつりと零したユリアの声は、僕の耳によく届いた。
そして放課後、授業内容はあまり頭に入ってこなかった。
場所は知っている為、近くまで歩いていく。
その間に少しでも頭を整理しておきたかったから。
マンションの近くまで行くと、ユリアが入口で待っていた。
「こっちだよ姫咲君」
「うん」
案内されるまま、後ろをついて行く。
ロックを解除し、屋上付近までエレベーターで移動する。
その間、二人共無言だった。
息苦しい間が続く。今まで、ユリアと一緒でこんなに息苦しい思いをした事はなかったな。
ポーンという音がして、扉が開く。
ユリアが出るのに続くと、無数の部屋がある。
ここ全部買ってるんだよね……。
「どの部屋でも良いけど、とりあえずここにしよっか。どうぞ姫咲君」
「うん」
靴を玄関で脱ぎ、柔らかいスリッパを履く。
全部屋こんな感じなんだろうか、流石高級マンション……。
「ジュースは要る? カルピスソーダ好きだったよね?」
「あ、うん。お願いします」
「うん!」
明るく返事をするユリアは、いつものユリアに感じる。
だけど、どこか緊張しているのは分かる。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
透明なグラスに入れられた白い液体は、グラスが良いからか高級そうに思えてしまう。
一口飲んだ後、ユリアを見る。
「まず、今まで黙っていてごめん。僕が……私が、星美レオナだ」
「……!!」
私が、からレオナの声へと変える。
確証は得ていたんだろうけれど、実際に声がレオナになると、やはり衝撃を受けたようだった。
「今から2年前、私は姉さんに言われて、アイドルを始めたんだ。最初は女装するなんて思わなかったんだけどね……。それでも姉さんの言う事に了承したのは、人気なんて出ずに、どうせすぐバレるだろうと思っていたんだ」
「そう、なんだ。でも、全然分からなかったよ。女の子の体と、男の子の体って、骨格が違うからすぐ分かるよね?」
「普通はね。でも私は姉さんから特別なトレーニングを受けてたんだ」
「特別なトレーニング?」
「うん。女性が女性らしさを出すのって、女性の身体のバランスが上半身よりも下半身にボリュームがあるからなんだ」
「たし、かに……言われてみればそうかも……」
「上半身のボリュームを減らしつつ、臀部を中心に下半身のボリュームを増やすトレーニングをしてきた。ボディメイクって言うんだけど、全身の細さを調整したりね。私は元々が細身だったのもあって、比較的簡単だったんだ。両親譲りの美貌は、妹や姉さんを見れば分かって貰えると思う。だから、このカツラを身につけるだけで……」
学校鞄とは違う、もう一つの鞄に入れているカツラを取り出し、被る。
「!! レオナ、ちゃんだっ」
「まぁいつもは化粧するけど、素でも大体分かるでしょ?」
「うわー、レオナちゃんが話してる! うわー! うわー!」
「……落ち着いてくれるか、ユリア」
「あっ! ご、ごめんね! 嬉しくてつい!」
カツラを被った途端、飛び跳ねるように喜ぶユリアに苦笑してしまう。
「で、本題だけど……私が二人に話さなかったのは事務所の意向も勿論あるけど……それ以上に……私が、怖かったんだ」
「え……? 怖、い?」
「うん……。僕の、私の大好きな二人が……私に幻滅するんじゃないかって。私を……」
「そんなことありえないっ!!」
「っ!?」
「私は、レオナちゃんが男だからって幻滅なんてしない! レオナちゃんはレオナちゃん! 性別でなんて見てない!」
「!!」
「レオナちゃんが歌と踊りに真摯に向き合ってるのを知ってる! レオナちゃんがどれだけ努力してきたのかも、知ってる! 私やユナちゃんだって、努力してきた! だからこそ、分かるんだから! そんなレオナちゃんを卑下するような事、例えレオナちゃんでも許さないよ!」
「……っ。ユリア……」
「それに、レオナちゃん……姫咲君、言ってくれたよね。私の事、気持ち悪くないって」
「え? うん、言ったけど……」
確か、今日の学校案内の時だった。
匂いについて話をされた。
私はなんとも思わないので、そう伝えただけだったけど。
「……私ね、小さい頃……この匂いの事伝えて、気持ち悪がられて……イジメにあってたんだ……」
「!!」
「学校ではいつも独りぼっちで……友達なんて居なかった。両親の転勤で住まいが変わって、中学校では匂いの事を話さないように気を付けたら、友達も出来たよ。だけど……辛かったんだ……」
「ユリア……」
「でもね、高校生になって、レオナちゃんに会って、ユナちゃんに会って……私の世界は広がった。そんな時に、姫咲君に出会った。私の匂いの事を聞いても、嫌な顔をしない人に出会えて、胸がときめいたの。本当に、嬉しかった」
「……」
「だからね、私は心から言うよ。レオナちゃんが男の子でも、私は気持ち悪くない。むしろ、姫咲君と同一人物だって知って、嬉しかったくらい!」
「ユリア……うん、ありが……」
「だけど、一つだけ怒ってるんだからね」
「え?」
突然表情を変えたユリアが、腰をかがめて人差し指を立てながら、プンプンと可愛らしい顔で近づいてきた。
「私とユナちゃんの事、信じてくれなかった事!」
「!!」
「なんて、姫咲君の気持ちを考えたら、仕方ない事は分かってるよ。すっごく勇気が要るだろうし、怖いのも私達の事を思ってくれたから、だもんね」
「……」
そうだ。どんな言い訳をしようとも、私は二人を信じ切れなかったんだ。
だから、言えなかった。
「だからね。ユナちゃんに今すぐ言えとは言わないよ。だけど、勇気が持てたその時は、ユナちゃんにも自分から話してあげて欲しいな」
そう言って笑うユリアに、私は頷く。
「うん、分かった。そうするよ」
「うん! それじゃ、これからもよろしくね、レオナちゃん!」
「こちらこそ、よろしく」
そう言いあって、お互いに握手をする。
男だとバレたけれど、結果的に良かったかもしれない。
「ふふ、それに……レオナちゃんが女の子じゃなくて男の子なら、結婚だって出来るもんね!」
「……」
……良かった、んだよな?
お読み頂きありがとうございます。
少し恋愛要素を入れれました(恋愛要素だろうか?)
ブックマーク、評価を頂けたら続きを書くモチベーションが増えますので、少しでも面白いと思って頂けたら宜しくお願い致します。
ではでは、本日はここまでです。
続きが書けましたら、明日また投稿したいと思いますので、お楽しみ頂けたら嬉しいです。