13話.日曜日に珍しく家族が揃いました
「ワン・ツー・ワン・ツー、はい! そこまでっ! お疲れ様、皆グレイトよ! 私から何も言う事は無いわね!」
「……」
「ありがとうございますっ! お疲れ様でしたっ!」
「この私が失敗などするものですか」
私はいつも通り無言で、ユリアは愛想よく、ユナはいつも通りの不遜な態度だけれど、そういうキャラを演じているので誰も何も言いはしない。
最近はもう演じているのではなくて、限りなく素に近いのではないかと思っているけれど。
今日は日曜日でいつものトレーニングの日ではあるんだけど、月に一度は講師に踊りの完成度を見てもらう事になっているので、それを披露した所だ。
「こんなに教えがいの無い子達は初めてよまったく。貴女達、特にレオナは世界にも通用するダンサーね。どう? アイドルを辞めてこの世界へ来てみない?」
「……」
この先生にはこうしてよく誘われる。
光栄なのだけど、私は男だからなぁ。
「ちょっと先生! いつも言ってますけど、レオナちゃんを誘うのはやめてくださいっ!」
「Teacher、流石に許さないわよ?」
まぁ私が答える前に、二人が私の前に立ってガードしてくれるけれど。
「ふふ、残念。でも、いつでも気が変わったら言ってねレオナ。貴女なら世界一のダンサーになれる、私はそう確信しているの」
「……」
踊りは趣味だから楽しいのであって、競技という名の踊りにはあまり惹かれないんだよね。
そう思っていると、先生は溜息を一つ零して、残念そうに頭を振った。
「レオナも乗り気じゃないのが本当に残念だわ」
「……」
「ふふ、気を悪くしたならごめんなさいレオナ。本当に貴女の才能が惜しくて言っただけなの。それじゃ、私はこれでアメリカへ行くけれど、また来月にね。『スターナイツ』、応援しているから」
そう言って先生は空港へと向かった。
先生はあれで引く手数多のダンス講師だ。
色々な業界の踊りの振り付けや練習を指導している、滅茶苦茶多忙な人なのだけど……私達の事を気に入ってくれていて、必ず月に一度は時間を割いてくれる。
「まったくあの先生は、油断も隙も無いんだから! 凄い先生なのは理解してるし指導は嬉しいんだけど、あれだけはやめて欲しいよ!」
「to agree with somethingユリア」
「え、なんてユナちゃん?」
「同意するって意味だユリア」
「な、成程! 私英語って苦手で、えへへ……」
「ユナは英語得意だな」
「ええ、海外に住んでいたもの。日本語より慣れているし、それ故に英語のスラングが出たりして間違う時もあるわね」
それはそれでテストの点数が下がるのは悲しいと思うけれど。
「英語のスラングって、どんななのユナちゃん?」
「そうね……。例えば、Hey Yuriaとか、See you then, let’s keep in touch! とかが分かりやすいかしら?」
「え、えっと……?」
「……最初のは挨拶だ。やあユリアって感じで親しい者に話す時に使う。最後のは別れる時に使うスラングで、じゃあまたね、連絡取り合おうって意味だ」
「ほ、ほへぇ」
「まぁこれらをテストで使う時はないが、スラングのまだ丁寧な使い方だな」
「ふふ、レオナは英語も出来るのね」
「姉にみっちり仕込まれた」
「クス、成程。あの副社長は先を見据えてレオナを完成させていたのね。侮れない人だわ」
「あうぅ、私だけ英語出来ないの恥ずかしいなぁ……勉強、頑張らなきゃ……!」
「別に出来なくても大丈夫だ。私……は出来ないかもしれないが、ユナが通訳してくれる」
「そうね。頑張る事を否定はしないけれど、出来なくても大丈夫だから負担には思わないで良いわよ」
「うぅ、ありがとう二人共ー!」
なんて会話をしてから、私達は解散した。
解散と言っても、私が帰るだけだ。
二人には夕方まで居ようと引き留められたけれど、今日はダメなんだよね。
何故なら……
「おかえり拓……と、今はレオナか。おかえりレオナ。練習はどうだった?」
「ただいま父さん。問題ない」
「そうか、お疲れ様だったな。どうだ、父さんが肩を揉んでやろうか?」
「それは私がするべき事だと思うが」
「天下のレオナにそんな事をさせたら、父さんが殺されてしまう。美香と奏音に」
「……」
まぁ、妹と姉さんはレオナ命みたいな所あるからなぁ。
「お姉ちゃん帰ってきたの!? おかえりぃぃぃぃっ!!」
「……だから、危ないから飛んで抱きついてくるなと何度言えば分かる」
「えへへ、だってお姉ちゃんだもん!」
「答えになってないからな?」
溜息をつきながら美香を剥がす。
「ぶぅぶぅ」
「レオナちゃん帰ってきたのねー!? 待ってたんだからー!」
「ぐぇっ……」
美香よりも体が大きい姉さんの飛びつきは流石によろめいてしまう。
発育も美香のそれより更に完成されていて、とても柔らかいので困る。
「姉さん、放してくれ……というか着替えさせてくれ」
「「ダメ―!!」」
この姉妹共はっ!
「こらこら、落ち着きなさい二人共。お帰りなさい拓都。まずは手を洗って、うがいをしてきなさいね」
「うん、母さん。ほら、どいたどいた」
「「ちぇー」」
似た者姉妹だけど、母さんの言う事には黙って従うんだよね。
我が家のヒエラルキーは、母さん>姉さん>美香>父さん=私なのだ。
悲しいけどこれ、現実なんだ。
ちなみに母さんは、家では私でも僕でも拓都と呼ぶけど、事務所ではレオナさんって呼ぶ。
これは仕事と家族で切り替えているからだけどね。
洗面所から戻ると、テーブルにはすでにお昼ご飯が用意してあった。
私を待っていてくれたんだろう。
「拓都、ご飯はまだよね?」
「うん。食べるよ」
「良かった。それじゃアナタ、奏音、拓都、美香、お昼にしましょうか」
「「「「はーい」」」」
母さんに呼ばれて、皆席に座る。
「それじゃ、いただきましょうか」
「「「「いただきます」」」」
全員で食膳の挨拶をしてから、昼食タイム。
私が作る料理よりも洗練された料理の数々に毎度の事ながら脱帽だ。
「流石に母さんの腕には敵わないな」
「うふふ、そう簡単に母を超えられると思わない事よ拓都。年季が違うんだから」
「そうだぞレオナ。母さんはな、俺が高校生の時から手作り弁当をいたたたたたた!?」
「アナタ、余計な事を言わない」
「すみませんでしたっ!」
「「「……(苦笑」」」
今だにと言って良いのかあれだけど、夫婦仲は良好というかラブラブなんだよね。
姉さんを生んだのが18の時だったらしいので(高校を出てすぐ)
今は42歳。
そうは見えないくらいに和の美人なんだよね。
着物姿が恐ろしいくらいに似合うのだ。
踊りをしていたのも母さんで、父さんを落としたのも母さんからというアグレッシブな母さんだ。
「拓都、今変な事を考えなかったかしら?」
「……(ブンブンブン」
頭を左右に全力で振る。
「「あははっ!!」」
姉さんと美香に思いっきり笑われたけど、母さんを敵に回すのだけは避けなければならないのだ。
「はぁー、レオナお姉ちゃんのこんな姿見られるの、家族特権だよねぇお姉ちゃん」
「ホントホント。レオナちゃんのファンとしては、今ここに居る奇跡を噛みしめてる所よ美香ちゃん」
「わーかるぅー!」
この駄姉妹共は。
「レオナ、辛かったらいつでも父さんに言うんだぞ? 拓都として一緒に釣りにでも行こうじゃないか」
「アナタ、そういうのは家族全員で行くものでしょう?」
「そ、ソウデスネ」
父さん、弱すぎである。
まぁ仕方ない気もするけど。
「ありがとう父さん。そうだな、また皆で釣りに行くのも良いな」
「本当!? それじゃ来週は釣りに行きましょ!」
「あー、姉さん。文化祭が終わるまでは無理だ」
「そういえばライブで美沙ちゃんが言っていたわねぇ。美香のクラスはどんな出し物をするの?」
「私のクラスは執事喫茶になったよ!」
「メイドじゃなく?」
「女子全員からブーイング受けて、急遽反対の執事喫茶をする事に」
「「「「……」」」」
父さん母さん、そして姉さんに私も無言になった。
現実は小説より奇なり。いや事実はだけどねことわざとしては。
女子は可愛いとか言って喜びそうだと思うなかれ。
恥ずかしさが勝るみたいだ。
「男子サボる気かよって皆が」
「……」
違った。
それだと今度は女子がサボるのかと思ったんだけど、どうやら女子も男装するらしい。
「ああそうだ姉さん。今後のスケジュールもついでに話しておきたいんだが」
「オッケー。それじゃご飯食べたら、少しの間仕事モードにしましょうか。父さん母さんもそれで良い?」
「ええ、大丈夫よ」
「分かった、その後はまたゆっくりしような」
「あ、私は外した方が良い?」
「美香なら構わないだろ。な、姉さん」
「ふふ、そうね。特に会社の機密を話すわけではないから、聞きたければ居て良いわよ美香ちゃん」
「やった! それじゃ大人しくしてるね!」
そんな会話をしながら、今後の仕事のスケジュール調整をして日曜日は過ぎていくのだった。




