7話.踊りが完成しました
「それじゃ、ここでターンして右手をこうして、左手を……」
「待ちなさい姫咲。それは愚民達には難易度が高いわ」
「そうだね。普段踊っていない人達だと、足がもつれて転んじゃうかも」
「成程……」
僕が懸念していた踊りの難易度は、高いと二人がすぐに却下してくれるので、思ったよりもスムーズにいっている。
夢中になっていると時間が経つのはあっという間で、気付けば放課後になっていた。
「よーし、授業の時間はここまでだぞー。後は残ってするのも良いが、18時には帰るように。立川、佐川、ちゃんと見てやってくれな」
「うっス」
「分かってるし!」
先生に言われて、二人も周りの生徒達も良い返事をする。
「あー、それから明野と有明の二人はこの後校長室まで行くように。詳しい話は聞いてないから、直接聞いて欲しい」
「分かりましたっ!」
「ええ」
二人がそう返事をすると、先生は教室から出て行った。
さて、二人が校長室へ行くなら、僕は帰るとするか。
今日は木曜日だから星美レオナとして練習する日でもあるし。
「それじゃ姫咲君、また後でね!」
「seeyou姫咲」
「あ、うん。お疲れ様」
はて、またねとはどういう意味だろう。
そう考えながら家へと帰り、ベッドに座ってスマホを見たら理由が分かった。
『今日はうちのマンションで練習しましょう拓都』
『文化祭の踊りの練習もあるし、後藤さんにも話を通してるから、拓都君さえ良ければすぐにでも大丈夫だよ!』
なんてメッセージが届いていた。
そういう事か。
まぁ、皆の目が無いのはやりやすい。
『オーケー。それじゃ準備したら行くよ。一応レオナの姿でね』
『ええ、待っているわ』
『うん!』
すぐに返事が来た。
さて、着替えるとしよう。
「お兄ちゃん、居る?」
丁度着替え終わったタイミングで、美香から声が掛かる。
「居るよ」
「入るね? わっ! レオナお姉ちゃん!?」
「こらこら、言葉と同時に抱きついてくる人が居るか」
「えへへ、だってだって。部屋に入ったら推しが居るんだよ? 誰だってこうなるよ!」
「その感覚は私には分からないからな。今日は文化祭の出し物の練習があるから、これから出かけるんだ」
「そっか、そういえばユリアちゃんとユナ様が同じクラスだもんね。良いなぁ、『スターナイツ』勢ぞろいとか夢みたいなクラスじゃん」
「美香と二人以外はそう認識してないけどな」
「そうだった! なんでレオナお姉ちゃんが練習するの!?」
「実は……」
今日のホームルームの出来事を話す。
すると美香は目を輝かせて言った。
「まっじで!? うっそ、信じられないっ! 私踊りが公開されたら死ぬ気で練習するよ! 『スターナイツ』と一緒に踊れるなんて夢みたいっ!」
成程、ファンはこういう思考になるのか。
勉強になる。
「というわけで、行ってくるよ。さっき車の音が聞こえたから、後藤さん来てるだろうし」
「了解でありまっす! 頑張ってねレオナお姉ちゃん!」
片手をおでこの前に持ってきて敬礼する美香に苦笑しながら、
「行ってきます」
と言って部屋を出る。
「後藤さん、こんな事で呼んでしまってすみません」
「いえいえ、これも仕事ですから。お気になさらないで下さい」
懇切丁寧な後藤さんは、私の2倍はガタイのあるボディビルダーでも通りそうなくらい強そうな人だ。
きっと私の警護も兼ねているんだと思う。
奥さんが居て、二人共私達を応援してくれているのだとか。
勿論、奥さんには僕の事は話していないと聞いている。
守秘義務に当たるのだとか。
「それじゃ、帰りの時間にまた連絡します」
「分かりました。楽しまれてくださいね」
「あはは、ありがとうございます」
サングラス越しでも分かる優しい笑顔に、心が穏やかになるのを感じる。
きっと奥さんも大切にしているんだろうなぁ。
なんて考えながら、マンションのボタンを押す。
扉が開いたので入り、以前行った部屋へとエレベーターのボタンを押す。
音がほとんど立たなくてビックリするよ。
ポーンという音と共に扉が開いたので、出るとユリアが待っていた。
「いらっしゃいレオナちゃん! こっちこっち!」
そう言って片手を引いて案内してくれるユリア。
その距離感は女の子同士のそれだと思うんですけどね!?
そうして案内された場所は、すぐにでも踊れそうな広い部屋だった。
「来たのねレオナ。ユリアも案内ご苦労様」
「うん! レオナちゃんが来ると思うと、嬉しくて!」
「ふふ、気持ちは分かるわ」
「……」
二人にはバレているし、無言になる必要はないのだけど……なんかこう、むず痒いと言うか。
「さて、それじゃ早速取り掛かろうか。一応二人に聞いておくけど……私の姿の時は私として話して欲しい? それとも、」
「切り替えはしっかりした方が良いでしょう。レオナの時はレオナとして振舞いなさい」
「私はどっちでも良いけど、ユナちゃんの言い分も分かるから、そうした方が良いかもしれないね!」
「……分かった。なら私として対応させて貰う。違和感があるかもしれないが、慣れてくれ」
「ふふ、分かったわ」
「うん!」
二人はすぐに受け入れてくれて、とても助かる。
「それじゃ早速文化祭の踊りに取り掛かるか。私としては……なんだ?」
気付けば、二人がニマニマした表情で私を見ていた。
「その、ごめんなさいレオナ。貴女が話してくれるのが、なんかこう……ね、ユリア」
「う、うん。すっごく嬉しくて」
「……」
その言葉に対して、私はなんて言えば良いんだ。
顔に熱がこもっていくのが分かる。
「まったく、真面目にやってくれユリア、ユナ」
「ふふ、ごめんなさいレオナ」
「あはは! ごめんねレオナちゃん!」
照れ隠しに言ったけれど、二人共笑ってくれた。
それから、学校で進めた分に加えて、あーだこーだと意見を合わせながら踊りを組み立てていく。
「よし、こんな感じで良いか。一旦これで通しでやってみて、違和感がある所がないか試そう」
「そうね。渋谷の創った曲はどれも良いけれど、この踊りならこれが良いんじゃないかしら?」
「あ! それ私も好きな曲だー!」
「オーケー。私もその曲をイメージしながら踊りを作ってたんだ」
「クス、流石レオナ。私のイメージも同じよ」
「あわわわ……私そこまで考えてなかったよ……!?」
踊りは音楽によって変えないと合わないからね。
ベースをイメージしながら作る事になる。
土台は私が考えていたから、それに合わせる感じで考えてくれたユリアの案はイメージが崩れない。
「大丈夫だ。そこを踏まえた上で踊りは考えた。実際に流しながら踊って、違和感がある所を修正していこう」
「分かったわ」
「うん!」
「それじゃ、ミュージックスタート」
曲を流し、私達は踊りを踊る。
イメージ通りに曲とマッチしていたので、言うことは無い。
「Verygood! これなら良いのではないかしら?」
「うん! 私もそう思うよ!」
「良かった。ただ、公開はどれだけ早くても一週間後。それまでは明日以降も相談してる振りをしてもらうよ」
「え、どうして?」
「ユリア、拓都はレオナである事を隠しているのよ。明日はライブもあるし、拓都としての時間を用意しなければならないでしょう」
「あ! そうだったね、ごめんレオナちゃん」
「いや。それはこちらの都合だしな。明日、私は家にすぐに帰る予定だ。それから、土曜日なんだが……その、バレたけど行くのか?」
「「当然!」」
奇麗にハモった二人に苦笑するしかない。
「分かった、場所はどうするんだ?」
「美香ちゃんと一緒に行ったルートで私は良いよ?」
「ふむ……最初は、それも良いかもしれないわね」
最初は? えっ、もしかして繰り返すつもりなの!?
「私達の格に見合った場所で買い物をするのは、その更に次の機会にしましょうか」
「そうだね! 楽しみだなぁっ!」
どうやら、次回が終わってもその次も予定が組まされている模様。
例え私が断ろうとしても、この二人が悲しそうな顔になれば私は絶対に折れる自信があるので、無意味だ。
「ふぅ、雑談はここまでだ。次は明日のライブの調整を済ませるぞ。むしろこっちがメインだ」
「クス、普段はその時間も中々取れないのだから、良い機会ね」
「あはは! これからこうやって、私達三人の時間が多く取れそうだよね。嬉しいな」
嬉しい事を言ってくれる。
それから私達は、遅くまで踊りの練習をするのだった。




