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7話

「すごい噂になってるよー」

「知ってる」

すっかり馴染みとなった部室で、いつものように佐伯と絵を描いていた。

「イケメンな彼氏で羨ましいって言われてるよ」

彼氏という言葉に思わず身震いする。

「本当にやめてくれ。奴の知り合いに似てただけなんだって」

俺と千春が2人でいるところを誰かが見ていたらしく噂が広まったらしい。幸い校舎裏でのやり取りは見られていないようだったので、そこだけは救いだった。

「そんな風に見えなかったけどなー」

面白いネタを見つけたと言わんばかりの佐伯は、からかいたくて仕方ないらしい。

だが俺としては迷惑極まりない。誠に遺憾だ。

「向こうが勝手に勘違いしてただけだよ。それに知ってるんだ、陰で男勝りなビッチとか言われてること。だから余計何か言われるのようになるのかと思うと嫌なんだ」

女子に馴れ馴れしく話し掛けるのは少し緊張するが、男子の方が話しやすい。そんな具合で男子とばかり話していたら、不名誉な渾名を付けられてしまった。こんなにクリーンな俺が、ビッチな訳がないのに。

男になんて恋愛的な意味で好かれたい訳がない。普通に話をしているだけ。でも周りはそう捉えてはくれない。女子の一部からはあたりのキツい態度を取られることもあって、柄にもなく傷付くこともある。

だから未だにまともに話せるのは佐伯くらいだった。

「ごめんねまこちゃん。私無神経だったよね。……陰口なんて言わせておけばいいよ。コソコソ言うなんてかわいそうな人たちなんだよ。それにまこちゃんは色恋より絵に夢中だって、私は知ってるから」

申し訳なさそうに眉を下げ、佐伯は俺に抱きついた。

「さ、佐伯」

佐伯はスキンシップが多く、未だに慣れない。もっとも動揺しているのは俺だけで、佐伯は平然としている。同性ならそんなものなのだろうか。

佐伯は可愛らしいだけでなく、男女問わず好かれやすい。絵にも人柄が滲み出ていて、まるっこくて可愛いらしく、暖かみがあって優しい。

俺にも分け隔てなく接してくれているだけなんだろうが、その優しさに勘違いしそうになることがある。今の俺が女子へ好意を抱いても多分望みは限りなく低いだろう。普段からなるべく意識しないようにしてはいるが、もし男のままだったら今と違う関係になっていたかもしれないなんて考えたりする。

「佐伯はああいう男がタイプだったりするのか?」

「ああ、綺麗な男の子だったよねえ」

どこかうっとりと言う佐伯に、俺はふてくされる。

「ふーん、そう」

「あっ、でもまこちゃんが男の子だったらタイプかも」

「えっ!?」

椅子から転げ落ちそうになった。

「なんてねー。まこちゃんてば驚きすぎ」

いたずらっぽく言う佐伯。

一瞬小躍りしそうになったが男の子だったら、か。男だったんだけどなあ俺。変わったのは体だけで心はずっと男のままだ。だけど佐伯にそんなことがわかるはずがないし、同性の友達でしかないだろう。


帰り道、佐伯がクレープを奢ってくれた。食べながら公園のベンチで他愛のない話をした。佐伯は明らかに俺を励まそうとしていた。さっきからかわれたとき、本気で嫌そうにしてしまったからだろうか。

事実、千春との一件で自分でも思ったよりダメージを受けていたようだった。千春がどうというよりは、あいつにあっさり追い付かれるくらいには体力がなくなったこととか、女子にあれこれ言われていることとか。

……いや、やっぱり千春のせいもあるな。

女になってから、落ち込んだり思考が堂々巡りすることが増えた。

体はどうにか馴染んできたが、環境が変わってしまったこと、今まで通りに振る舞うのが難しいことがかなりストレスになっている。

俺はこんなにネガティブな人間だっただろうか。前はもっと単純で楽観的だったように思う。

佐伯と別れた後、ふと家の近所の神社に行ってみた。信心深い方じゃないのに、元の体に戻してくれなんて半分本気で祈ってみた。


翌朝。もちろん何の変化もなかった。女になるならその逆があったっておかしくないだろうが。なぜだ。

深い溜息を吐きながら、思い体を起こす。

布団の端っこで、スマホのランプがチカチカと光っている。

「げ……」

千春からメッセージが来ていた。

あれから半月くらい経つが、まるで音沙汰がなかったからてっきり俺への関心はなくなったとばかり思っていた。

渋々画面をタップする。

『今度の祝日遊びに行ってもいい?』

『忙しいから無理』

『いつなら空いてる?』

『ずっと空いてない』

うざい。子供の頃とは違う種類の鬱陶しさだ。何がしたいんだこいつは。連絡先を抹消したい。

ひとまず面倒だから放置しよう。あいつもその内飽きるだろう。そう思った矢先に電話が掛かってきた。仕方なく出る。

「……お前暇なのか? 受験勉強でもしたら?」

「つれないなあ」

「どうしてもっていうなら遊んでやる。だがお前の目的を教えろ」

「穿った見方するの、良くないと思うよ。純粋に君と話がしたいだけ」

「じゃあこの電話で十分だ。で、何の話? 早く済ませろ」

「本当に冷たいよね。僕にだけかもしれないけど」

「別にお前にどう思われたって構わない。いいから要件を言え。まどろっこしいのは嫌いだ」

「僕、電話より会って話す派なんだ」

知るかよ。

だがこのままだと埒が明かなそうだ。何しろ蔑ろにしていたら、またばらすとか言い出しかねない。

「ちっ」

「……今舌打ちした?」

「してない。わかったよ、今度の祝日な。住所送るから来い。誰にも教えるなよ。それから用が済んだら速やかに帰れよな」

「どれだけ嫌なの白崎くんは」

「相当嫌だよそりゃあ」

「いっそ清々しいな……まあいいか。ありがと白崎くん」

千春の声がぱあっと明るくなる。本心なのか演技なのか。感情が見えないから不気味だ。

家になんて来てほしくないが、一番嫌なのは外で会って誰かに見られることだ。また騒がれたら今度こそ俺の神経が磨り減ってなくなる。


こうして、俺は不本意ながら奴の来訪を受け入れた。

うちの玄関に立った千春は、築50年のこの和風家屋から明らかに浮いていた。身に付けているシャツやジャケットは素人目にも品が良い。すらっと伸びた体躯は、玄関をくぐるのもギリギリみたいだった。

言っておくが決して奴を褒め称えているわけではない。むしろ悔しさでいっぱいだ。俺だってあれくらい背が伸びたかもしれないのに。

「すみません、お邪魔してしまって。これ、良かったらどうぞ」

千春はなんだか高そうな紙袋をばあちゃんに手渡した。

「あらあらそれに気が利くのねえ。ありがとう。ちょっとまこちゃん、かっこいい子ね。その柱時計くらいスラッとしてるじゃないの。やるじゃない」

千春を出迎えたばあちゃんは、皺だらけの顔に瞳を輝かせている。柱時計ってなんだよ。

「ばあちゃんやめて。そいつ男だったときの単なる知り合いだから。ばあちゃんが思ってるような関係じゃない」

ばあちゃんは肘で俺を小突いた。

「うっ」

結構痛い。

「もうまこちゃん、下品な言葉は駄目ってばあちゃん言ったよねえ。もっと女の子らしくしないと。それに男の子が来るっていうのにそんなよれたジャージで」

「いいんです、気にしないでください。それに僕が一方的に押し掛けてしまったので」

千春はキラッキラのスマイルをばあちゃんに向ける。吐きそう。こういうのが女受けするのか。さっぱりわからない。

「ごめんなさいね、失礼な子で。じゃあゆっくりしていきなさいね」

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