6話
「誰それ。頭大丈夫?」
肩を竦め、呆れているポーズをとる。
「なんとなく顔が似てるよ。雰囲気も。でも女の子にしか見えない。どういうこと?」
俺は思った。いくら似ているとはいえ背格好も性別も違う。言い逃れできるんじゃないかと。
「白崎くん、今年の春から姿が見えないんだ」
黙り込んでいると、千春は淡々と話し続けた。
「病気で入院してるって聞いた。あんな元気の塊みたいな人が病気なんて、信じられなかった。けど本当に消えてしまったから、事実なんだろうと思った」
どこか遠くを見ながら言った。
「引っ掛かることがあったんだ。彼の家族を見掛けることがあったけど、全然辛そうに見えないんだ。普通子供が長いこと入院なんてしていたら、もっと表情が暗くなると思うんだ。それなのに、笑ってるんだよ」
「……ずっと落ち込んでるとは限らないんじゃ?」
「だから聞いてみたんだ。彼のお母さんに。ひさしぶりですねってさりげなく声を掛けて」
どきっとした。家族には性別のことは絶対言わないでくれと念を押したはずだ。
「それで?」
「確かに病気にはなったけど、命に関わるようなものじゃないから心配しないでって」
「……もう行っていいですか? 一方的に知らない人の話されたって困るし。じゃあ、忙しいんで」
立ち上がり、部室に向かおうとしたその時。
「みんなに言おうかな」
ぴた、と俺は動きを止める。
「…………何を」
「白崎くん、女子になったかもって」
「生まれつきの性別に違和感あったみたいで、新しい環境で新しい姿で生活してるって」
考えるより先に体が動いて、千春の胸ぐらを掴んだ。
「ふざけたこと抜かしてんじゃねえぞ。噂とか、くだらないことするな」
千春はふっと笑った。
「手が早いところは変わらないね」
しまった。
千春は俺の腕を静かに下ろすと、そっと抱き締めた。
全身の鳥肌が立つのがわかる。
「気持ち悪い! 離せ!」
引き剥がそうとしたが、抱き締める力が強くなって、できなかった。
「本当に、女の子になっちゃったんだ」
無理無理無理。なんで抱きつく必要がある? ホモかこいつ。
「セクハラだ。訴えてやる」
「確認してるだけ。それにセクハラなら君だってしたじゃん」
「するわけないだろ。馬鹿か」
「ズボンを下ろされた」
…………。そういえば、そんなこと、したような。
「だとしても無効だ! いつの話だ!」
「時間が経てばいいってものじゃないでしょ。君にされたこと、結構トラウマになってるんだから」
「証拠は!? 俺が白崎だっていう証拠!」
「さっき言ったよ。君の絵と傷とその反応が全てだ。というか俺って言ってる時点で……」
俺は低く唸る。もうダメだ。
「ああそうだよ。俺が白崎だ。笑いたきゃ笑え」
拘束が緩くなり、すぐさま千春の腕から抜け出す。
「で、なんでお前がこの学校に来たんだ」
「何って、普通に文化祭を見に来たんだよ。それでたまたまあの絵を見付けて、もしかしてと思った」
「そう。お前、俺のこと大嫌いなんだろ。なんで気にかける」
「嫌いだよもちろん。でも病気になったなんて聞けば、多少は心配するよ」
「そうかよ、それはありがとな。こんなナリでも元気だってわかっただろ? これでもうお前と会うことはない。あ、このこと絶対ばらすなよ。ばらしたら埋める」
今度こそお別れだ。俺は踵を返そうとした。
「そんなの、守ると思う?」
「……昔は俺の言うこと全部聞いたのに。反抗的だ。千春、変わったな」
「そりゃあ変わるよ。君とあまり話さなくなってからの僕のことなんか知らないでしょ? それに、君程変わってなんかないよ」
「復讐のつもりか? いいよ、ばらしたきゃばらしたら? そしたらお前のこと一生恨んでやるから」
「冗談だよ。ねえ、一つお願い聞いてくれる?」
「交換条件とは、偉くなったもんだな」
「実際僕の方が優位だよ。あのさ、今度遊びに行ってもいい?」
「何のために」
「ゆっくり話そうよ」
「話すことなんてない。それにばあちゃんいるから」
「連絡先教えてよ」
ナンパ野郎みたいなこと言うな。
だが千春に脅されている俺は仕方なく連絡先を交換した。
高校最後の文化祭の思い出がこれか。不愉快極まりない。