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14話

 吉野に会って話がしたい旨を伝えるとすぐに反応があり、あっという間に約束の日になった。待ち合わせ場所は俺達がよく利用している画材屋の前。

 10分前にはもう吉野の姿があった。

 すっと前に立つと、吉野は視線をスマホから俺の方に向けた。

「あれ、原田さん?」

「…………」

 今日の俺は男の時によく着ていたパーカーにジーンズといった格好で、もしかしたら気付くかなと思ったんだけど。気付く訳ないか。

「すごい偶然。原田さんもここまで買いに来てるの? 俺もここよく来るんだ! なんか雰囲気大分違うね? そういうラフな格好も似合うね。そういえばこの間スーパーにいなかった? 似てる人がいた気がして」

 俺は吉野を睨み付けた。どれだけ舌が回るんだよ。そんなに俺が好みだったのか。 勘弁してほしい。

「えっ何、どうしたの。見つめられると照れちゃうな」

「黙ってらんないのかお前」

 低い声でそう言うと、吉野はヒッと情けない声を出して俺を見た。

「は、は、原田さん……?」

 吉野は目を白黒させている。

「それにしても、お前いつも俺より早く来るよな」

「どういうこと? 原田さん、なんかキャラ違わない……?」

「勘がいいんだか悪いんだかわかんないな吉野は。お、ちょうど時間だ。落ち着いて話せる所行こうぜ」

 吉野はフリーズしている。顔の前で手を振ってみたが反応がない。俺はふうと息を吐き出し、笑顔を作ってみせた。

「という訳で原田は白崎でした。詳しくは後程」

「…………ど」

「ど?」

「どういう訳……」

「だから後で話すって。そうだな、信じられないなら俺しか知らないお前の秘密を話す」

 吉野が一瞬ピクリと動いた。

「好きなタイプは清楚でスレンダーな女子。そうそう、1組の早川にはこっぴどく振られたよな」

 吉野の顔が青ざめた。ちょっと面白い。

「修学旅行で水着を流されて俺の予備の新品を貸してやった。ギリギリ間に合ったから良かったけどあと一歩でクラス中の笑い者になるところだったな。感謝してほしいもんだ」

 カタカタ震え始めた。ちょっとかわいそうになってきた。

「あとは……そうだな」

 俺はショルダーバッグから一枚のポストカードを取り出した。そこには青空と向日葵が描かれている。吉野が目を見開いた。

「それ……」

「お前が俺にくれたやつ。つるむようになった頃にな。流石に覚えてるよな?」

「……話、聞くよ」

「じゃ、俺達がよく行ってた店にするか」

「わかった」


 画材屋と同じ通りに古い喫茶店があり、建物には蔦が這っていていかにもな雰囲気を醸し出している。中は昭和レトロといった具合で、年代物のレコードが時折針を飛ばしながらいつのものかわからない洋楽を流し続けている。学校帰りに俺と吉野がよく行っていた店だった。

 吉野は始め怪訝な様子で俺の話を聞いていたが、その内真剣な顔つきになった。かと思えば大袈裟に驚いたり苦い顔をしたり、表情がころころ変わるのでやっぱり見ていて飽きない。簡単に一通り話すと、吉野は腕組みをしてうーんと唸った。

「事情はわかった。信じられないけど……嘘言ってるようには見えない。それに原田さんは白崎に似てるってずっと思ってたから」

「自分でも信じられないよ。でも全部本当のことなんだ。冗談みたいだろ」

「まあ、なんで早く言ってくれなかったのかとか言いたいことは色々あるけど……その、えーっと……」

 吉野は気まずそうに目を泳がせている。

「お前が俺に気があるって話?」

「ばっ、ハッキリ言うなよ!!」

「間に挟まれた千春はちょっと気の毒だったぞ」

「だってこっちは白崎だなんて知らなかったし、神庭もいとことか言うし! しょうがないだろ!」

「正体を知った今は?」

 吉野は深い溜め息を吐いた。

「無理に決まってるよ……」

「無理はひどくない?」

「あ、いや、無理っていうか」

「マジになるなよ。大丈夫、俺も無理だから」

 そう言うと吉野はガクッと項垂れた。

「なんか、中身白崎とはいえ女子に言われると傷付くな……」

「嬉しかった」

「え!?」

 吉野がガタッと椅子から落ちそうになった。

 落ち着きがない奴だ。

「ちゃんと俺の話を聞いてくれて」

「ああ、そっち……」

 カップのコーヒーは、すっかり冷めきっていた。

「そりゃ俺だって早くお前に全部打ち明けたかったけど、色々考えちゃってさ」

「白崎……」

 吉野はしばらく考え込んでいたようだった。

「ごめんな、ずっと嘘吐いてて。吉野は心配してくれてたのに」

「謝んなくていいよ。俺だって急に性別変わったら、人に知られたくないって思うだろうし」

「ありがとな」

 吉野はまじまじと俺を見た。

「変な感じ。女子にしか見えないのに、白崎だって聞くと確かにそうだって思うんだよ」

「俺だってずっと変な感じだよ。自分なのに自分じゃないみたいで」

「俺にできることあったら言ってよ」

「うん。助かる」

「で、だ」

 吉野は改まって俺に向き直った。

「でってなんだよ」

「気になることがあるんだけど」

「何」

「神庭にたまたまバレたっていうのはまあ置いといて、なんであの時あんな格好で一緒にいたの?」



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