1話
子供の頃の俺はいわゆるガキ大将だった。
メソメソしている奴やはっきりものを言わない奴にはイライラして、つい手が出ることが多かった。
「おい! いつまでグズグズ泣いてんだよ! おれが悪いみたいじゃん」
「だって、まこちゃんが引っ張るから……」
「邪魔なんだもん。それに女みたいなカッコしちゃってさ。ほんとーに男かよ」
「うっ……でもママが、似合うって」
とりわけ嫌いだったのがこいつ。神庭千春。すぐ泣く。暗い。その癖スカートなんか履いてるし、髪がやたらと長い。女みたいな顔で、全然男らしくない奴。本当は女なんじゃないかと思って千春のズボンを下ろしたこともあったが違った。もちろん泣かれた。
こいつとは家が近所ってだけで集団登校とか行事とか何かと一緒になることが多くて、心底うんざりしていた。
「あーあ、早くお前と離れらんないかなあ」
千春がびくっと肩を震わせる。
「ぼ、ぼくだって」
「あ?」
ムカつくことを言い出しそうだったので軽くひっぱたくと、千春はまた大声を上げて泣き出した。うざい。
とまあ俺の小学生時代は概ねこんな感じだった。
今となればいじめだって大騒ぎされるだろうけど。
高校生三年生になった今、確かに幼稚だったなと反省はしている。
春だなあ。
ついこの間まで雪が舞っていたのに。
そんなことを思いながら学校に向かっていると、千春の背中が見えた。
相変わらず男らしさは皆無だが、背は俺と同じくらいでになったし、運動もしているのでヒョロガリではない。女受けしそうな優男って感じ。
俺の気配に気付いたのか、千春の足取りが早くなった。イラっとした。思春期過ぎてからは特に絡んでないだろうが。自意識過剰かこいつ。
行く先が同じなんだから仕方ないだろう。
そうこうしているうちに着いた。靴を履き替えて、向かう先は美術室だ。
えっ!? あんた脳筋じゃなかったの? 絶対体育会系の部に入ると思った!
入学後間もなくして美術部に入ると報告したときの、母の反応だ。ぶん殴りたくなった。
スポーツも好きだが、一人で絵を描いていると妙に落ち着く。
「おはよ白崎」
覇気のない声で入ってきたのは同じ美術部の吉野友也だ。
「おー、おはよ」
「早いな今日も」
「吉野もな」
吉野は向かいの席に腰掛け、机から画材を取り出して並べた。
「高校最後の年だから気合いも入るよ。頑張ろうな」
「当たり前だろ」
お互い黙々と絵を描いていると、グラウンドから歓声が聞こえた。
「サッカー部だな」
二人して窓に目をやる。
どうやら千春がシュートを決めたらしい。
「すごいなあ神庭。あいつが一番上手いんだって?」
「へーそうなんだ」
「幼馴染みなんだろ? 昔からあんな感じ?」
俺はいかにも不服といった具合に、鉛筆をくるくる回した。
「幼馴染っていっても家が近所なだけでそんなに仲良かった訳じゃないし。むしろあいつとは全くウマが合わない。子供の頃は嫌いだったが、今は無関心に格上げしている」
「なんか、神庭可哀想じゃない?」
「確かに子供の頃ちょっと苛めてたから、悪かったなとは思ってるよ」
吉野はゴミを見るような目で俺を見る。
「えっ苛めてたの? そりゃアウトだろ」
「中学に上がる頃しょうがなく謝ろうとしたがいつも逃げられた。それ以来お互いに距離を置いてる。たまーに話すけど。ごく稀に」
「しょうがなくはダメだろ。それにしても以外だな、白崎いじめっこだったのか。そんな感じしないけど」
「んー……どうも口と手が出ちゃったんだよな」
「今もそういうとこあるよ」
話しながら描いていたら、結構進んだ。
我ながらいい出来だ。
「吉野、土曜暇?」
「午後ならいいよ」
「スケッチ行かないか? ちょうど桜も見頃だっていうし」
吉野はあからさまに渋い顔をしている。
「男二人で花見かあ……花がない」
「花ならあるだろ」
「そういう意味じゃないから」
放課後美術室に向かっていると、千春が女子と並んで歩いていた。サッカー部のマネージャーだ。八木っていったっけ。
学年一可愛いとか言われている子だ。実際ものすごく可愛い。ふわふわしててザ・女子って感じ。普通に付き合いたい。
すれ違ったとき、八木は俺には一瞥もくれなかった。千春しか見てない。
まあいい。俺は俺以外の男を好きな女に興味などない。負け惜しみとかじゃない。
千春と一瞬目が合う。が、即座に視線を逸らされた。
イチャついているところを見られて気まずいのかもしれない。いやイチャついているのかわからない。千春はどちらかというと相槌を打っているだけに見えた。まあいいけど。