本当の危機
魔王城に戻ると日は西に傾いていた。窓から赤い日が射しこみ長い影を廊下に落とし、一日が終ろうとしている。
玉座の間に戻ると――魔王様が玉座の前にうずくまっていた――。
「ただいま戻りました。どうしたんですか魔王様。ポテチ食べ過ぎて腹痛にでもなったのですか」
それとも本当に舌を噛んだのですか。噛んだ部分が口内炎になりますよ。
「おお、デュラハン!」
「石化の解除はもう飽きたのですね。賢明ですよ、あの禁呪文はロクなことがありませんから」
周りを見渡しても女神の石像は見当たらない。
ひょっとして、トイレで石像に戻ったのだったら笑い者にしてやろう。ガーゴイルと一緒に魔王城門に飾っても笑えるかもしれない。
「冗談ですよ。用を足している女神像など魔王城の品位を汚しますから」
小便小僧の方がマシだ。品位を高めるとは言い難いが。
「デュラハン! いったい今まで何をしておったのだ!」
――!
何をって……あんたのしでかしたことの後片付けでございます。
「尻拭いとも言う」
「それどころではないのだ、ちょっと、耳を貸すのだ」
――!
「えー。耳ないんだけど」
「シャーラップ黙れ! 内緒話をするから近くに来いと言っておるのだ、はよっ!」
渋々しゃがんで顔を近付ける。いや、首から上は無いのだが。
「無限の魔力を奪われたのだ。女神に」
「……」
サラリと重大なことを聞かされたような気がした。
「も、もう一回言って貰っていいですか」
耳の穴を指でほじって聞き直す。聞き間違いであってほしい。
「ああ。何度でも言う。予の、無限の魔力を奪われたのだ。女神に」
クラっとしそうになるのを……なんとかこらえた。魔王様の表情から、冗談には聞こえない。
「なぜ故にですか」
「予が……何度も石化解除の魔法を唱えるのが疲れると言ったら、女神が」
『じゃあわたしに少しの間、無限の魔力を貸してよ。呪いを永久に解除する禁呪文を知ってるんだから』
と可愛くウインクしてみせたのだ。
『まことか、よいぞよ。ハイ』
魔王は無限の魔力を女神に手渡した。
『ありがとう魔王様。ウユジ・ヨウユジハラカウョキ・ヤイハチカチッカウモ!』
安っぽい光が女神を包んだと思うと、女神の背には大きな翼が生えていたのだ――。
『……ねえ、魔王様、もうちょっとだけ、もう少しの間だけこの力をわたしに貸しておいてくれない』
『いいぞよ』
『ありがとう。直ぐに返すからね。チュッ』
「え、二つ返事――!」
――簡単に許しちゃいけねえだろー! ってえ、後の祭り感、甚だしいぞ――!
さらには、最後の「チュッ」ってなんだ、「チュッ」って――! 怒り心頭だぞ~羨ましい女神~!
「どうするんですか! 魔王様から無限の魔力を奪ったら……」
ただの、おっさん? いや、老けたニーやん?
「このことは……魔族の誰にもバレてはならぬ」
たしかに魔族の一大事だ。魔王様の一大事だ。
「いや、ですがそれは無理ではございませぬか」
魔法使いの世界はあまりよく知らないのですが、魔力が急になくなれば、気配とか気迫とか、オーラとかですぐにバレるのではありませんか。
「そこでだ、予は魔王城から、『プチ旅行』と嘘をついて一度離れる。無限の魔力を取り戻す旅に出るのだ」
プチ旅行――! なんか、羨ましい響きだぞ。本当にピンチと思っているのだろうかこの人は。
「……分かりました。魔力バリアーが無いのですから、くれぐれもご無理はしないでください」
「いや、デュラハンもぞよ」
「えー!」
舌がびよーんと伸びるほど口から出た。首から上は無いのだが、たしかに出た。
「さっき卿は、『なんか羨ましい響きだぞ』と言ったではないか。5行前」
いや、言ったけれど、魔王様と一緒ではプチ旅行も羨ましさ半減の半減。つまり四分の一。
「私が魔王城から離れては、留守中の掃除や洗濯はどうされるのですか」
帰ったら洗濯物の山なんて……家族旅行から帰ったときの主婦の気持ちだぞ――!
「スライムたくさんおるからなんとかなる。さらには、残りの四天王が三人もいるのだから、どうにでもなる」
なんか、魔王城なんかどうなってもいいと言っているような気がしてならないぞ。
「それよりも、予は女神が心配なのだ」
「そうですね。なにを企んでいるのか」
魔王様から無限の魔力を奪うとは……。もしかすると最初からこれが狙いだったのかもしれない。
「予の妻じゃぞよ。危ない目にあってはおらぬであろうか」
「……」
あの女の心配する暇があるのなら、自分の心配をして欲しいぞ。魔力を無くして、スッピンポンなのだぞ――。
「魔王様、見る目無いわ~」
女に苦労するタイプですね。騙されたり振り回されたりするタイプです。断言できます。
「それで、いつ魔王城を出るのですか」
「今晩。これから」
「……」
あー。平和な日常が急に奪われるって、こういうことなのだろうなあ……。全部魔王様のせいなのに……。
「今なら、魔王の座が簡単に奪えますね」
無限の魔力ゼロだから。プチ旅行にも行きたくないし。
「簡単に奪っても、達成感がないであろう」
達成感を持ち出してくるか……ここで。
「……。たしかに」
「冗談は顔だけにして、早く準備をしてくるのだ。着替えやら歯磨きやら携帯食料やモバイルバッテリーなどを」
「御意」
玉座の間には誰も入れないように外から鍵をかけ、自室へと戻った。
――だから最初から乗り気ではなかったのだ。やはり封印なんてものは闇雲に解いてはならないのだ。
あー。あの時、もっと反対しておけばよかった……これこそ自己嫌悪だ――。
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