メデューサの危機!
「おいデュラハン! 商店街のマネキンも動き出したぞ」
四天王の一人、巨漢のサイクロプトロールが走ってそれを伝えに来た。彼にはもう少しまともな出番を増やしてやって欲しい。いや、やっぱりいらない。
「次から次に頭が痛いことが起こるなあ……」
そもそも、石になった人間なんかを商店街でマネキンに使っていること自体が問題なのだ。それよりも、商店街の服屋さんで人間型の服を売るなと言いたい。人間型の魔族って……魔王様とソーサラモナーとサッキュバスとサイクロプトロールとメデューサと……数えられるほどしかいないはずだ。スライムの服とかのほうがよほど需要があるはずだぞ――。
ゾンビはともかく、ミイラ男やミイラ女やスケルトンは、服着ていないぞ――。
商店街はパニックだった。
キャーキャー走って逃げ惑う人間と魔族たち。どっちがどっちから逃げているのか、よく分からない。
人間と魔族の共存の道は遠そうだ。昔はずっと戦いが続いていたのだから。
「ソーサラモナーよ、瞬間移動の魔法で人間の城に送り返してやれよ」
「え、俺が? なんか勿体ないなあ」
勿体ないって……表現が怖いぞ。なんか、問題発言だぞ。
「魔王様はたとえ人間といえど無益な殺生を好まぬ。生かして返してやるのだ」
「分かったよ」
「商店街の端と端から中央に追い詰めて、まとめて瞬間移動させよう」
「はいはい」
渋々ソーサラモナーとサイクロプトロールは商店街の奥へと歩いていった。はよ走れと言いたい。
「へへへ、魔族だぞー! 怖いだろ~!」
商店街の手前から奥へと人間共を怖がらせて追い詰めていく。剣は抜かない。危ないから。
「キャー! 顔が無いのに喋ったわ!」
「うわ! 金属のお化けだ! お化け!」
お化けとちゃう! 私はアンデットではないのだ。
「変態だ! 顔無し変態だ!」
「……」
逃げ惑う人間共を追いかけるのに、なんか逆に凹むぞ。気が滅入るぞ。
「ヘッヘッヘ―! お前らも顔無しにしてやろうか~!」
「うわ! マジで怖いんですけど!」
「キモッ!」
「助けて! 助けて!」
「ヒャ―ッハッハ! 逃げろや逃げろ!」
「デュラハンったら、適役ね」
商店街の奥から、四天王の一人、サッキュバスが……なんか、満たされた顔をして歩いてくる。
「サッキュバス! お前も来ていたのなら手伝ってくれ。人間共を中央へおびき寄せるのだ」
決して楽しい作業ではないのだが。
「久しぶりの人間は美味しかったわ」
「サッキュバス!」
美味しかったって、なんだ。まさか、血を吸ったり食べたりしたのか――!
「大丈夫よ、食べたりなんかしないわ。唇を奪っただけよ」
「……」
そういって真っ赤な口紅をヌリヌリしてンマンマするのはおやめなさい。
石像の呪いが解けた途端にサッキュバスにベロチューされた若い人間の男達は……いったいどんな気分なのだろうか……。
妖惑の術にごっそりやられてしまい、茫然自失しているのが数人見受けられる。
「あら、男だけじゃないわよ」
「さらりと言うな」
焦るだろうが。
「それよりもデュラハン、メデューサの洞窟は心配じゃないの」
「――なんだと」
そういえば、メデューサは北の洞窟の奥に一人暮らしで……洞窟にはたくさんの石像が転がっていた筈……。これは第5話に書いてあった。
「覚えてなかったけど思い出した――! こうしてはいられない」
「……」
「ここは任せた」
「ええ、任せておいて」
ンマンマするなっつーの。でも仕方が無い。
――今は一刻も早くメデューサの様子を見に行かなくては――。
必死に北の洞窟へと向かったのだが、金属製の全身鎧だから……体が重いし、走るとガチャガチャうるさい。
途中で引き返して魔王様かソーサラモナーに、「瞬間移動」の呪文で連れていってもらおうかとも考えたが、引き返すのも洞窟まで走るのもどっこいどっこいの距離だから……悩んだ挙句に、洞窟へと走り切った。
「はあ、はあ、はあ、はあ、ゼエゼエゼエ」
こんなに息を切らしたのは……運動会の千五百以来だ。あの時は、サイクロプトロールには負けたがソーサラモナーには勝った。四天王の中では二位だった。
「フッ」
洞窟の入り口で枯れた木の枝に白金の剣から火花を飛ばして火を点けた。松明の代わりだ。火を点けるのに三〇分以上時間を費やしたのは内緒にしてほしかった。シクシク。
「待っていろ、メデューサ」
松明の火は直ぐに消え、途中から真っ暗な洞窟を手探りで進む。途中で地下池に落ちたり頭をぶつけたり、首から上が無いのを忘れるくらい酷い目に遭った。
こんな事なら有機溶剤……アルコールでもいいから持ってこればよかった。
洞窟の奥から明かりが見えた時、それはもう涙が出るくらい嬉しかったです。
「――メデューサ、無事だったか」
「デュラハン様あ!」
部屋の中央で座り込んでいたメデューサは、咄嗟に立ち上がって走り寄ってきた。
「怖かったわ! デュラハン様」
「無事でなによりだった」
抱き着いてきたメデューサを軽く受け止め頭を撫でてやると……髪の毛の蛇に盛大に噛まれた。メデューサの髪の毛は数十匹もの蛇なのだ。
「金属製ガントレットだから噛まれても痛くないのだが、なんとかならないのか」
全ての蛇の目が血走っているのが……なんか腹立つ。
「愛情の裏返しです」
甘噛み? やわ噛み? 愛情の裏返しではなく、ガチで殺す気満々で噛みつかれているぞ。
「それよりも……ちょっと離れて」
強く抱きしめられていると身動きが取れないから。
「怖かったんです。石像が急に元に戻って動き出して……」
震える肩をそっと引き離そうとするのだが、思った以上に強い力で抱き着かれている。蛇もずっと指とかを噛んで離してくれない。
モテる男はつらいよと、素直に喜んでいいのだろうか。
想像と違い辺りは静まり返っていた。以前と同じように石像が数体転がっている。てっきり石像が動き出して困惑していると思ったのに。
「また石像に戻っているじゃないか」
また石化睨みで石にしたのだろうか。
「ええ。動いていたのはほんの少しの間で……それからはまた元通り石像に戻りました」
ホッとため息をついた。
魔王様、もう飽きちゃったのだろう。それか疲れたから諦めたかのどちらかだ。
舌を噛んで血まみれになっているのだけは御免だぞ。ホラーになるから。
「魔王様が石化の呪いが解ける禁呪文を使っている間、石像が動き出す恐れがあるのだ。だから、今のうちに……石像に戻っているあいだに手と足をロープや鎖でグルグル巻きにしておこう」
近くに落ちていたロープや鎖を拾い、石像の足をグルグル巻きにする。
さらには養生テープを口に貼っておくのもいいだろう。声を上げるとウザそうだから。
「これでいつ動き出しても安全だ。メデューサには近付けない」
「ありがとうございます」
「礼には及ばない。だが、もし危険だと感じたら逃げるか……また石にすればいい」
得意の石化睨みで。
「分かりました」
「それじゃあ」
「また来てくださいね、デュラハン様」
「あ、ああ」
潤んだ瞳をゆっくり閉じて唇を少し尖らしてくる。まるでキスを迫られているようなのだが……。
「すまない、首から上は無いのだ」
「あ、そうだった」
ワザと言っているのかもしれないが、憎めないところが可愛らしい。
「……じゃあな」
「さようなら」
メデューサの部屋を後にした。
また真っ暗の洞窟を出口まで手探りで出なくてはならないのか。メデューサにランプを借りるべきだったが……もう引き返せない。
――格好良く去った後に、舞い戻るなんて、プライドが許さない。
でも、なんで洞窟の奥に住んでいるメデューサの部屋にロープや鎖がたくさん置いてあったのかは……あまり考えないでおこう。
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