動き出したガーゴイル
「ゲマンョチテシドモニャニフャニフヲウゾキセノチカチッカラカイイデトッョチノンホ!」
……。
「ゲマンョチテシドモニャニフャニフヲウゾキセノチカチッカラカイイデトッョチノンホ!」
……。
「ゲマンョチテシドモニャニフャニフヲウゾキセノチカチッカラカイイデトッョチノンホ!」
……。
「ゲマンョチテシドモニャニフャニフヲウゾキセノチカチッカラカイイデトッョチノンホ!」
……。
これって、ただの文字数稼ぎじゃないのか……。石化の呪いを解くために五秒ごとに禁呪文を唱え続ける魔王様。
そのうち舌を噛まないか心配になる。
大きなあくびをして魔王様と女神とのコマ送りのようなやり取りを見ていると、急に玉座の間の大扉が開かれた。
バッタンーー!
大きな扉なのに安っぽい音だなあ……。せめてギギギギギーとかギューギュルギュル、キュッ、みたいな音は出ないものだろうか。
「大変だデュラハンよ!」
勢い良く入ってきたのは四天王の一人、聡明のソーサラモナーなのだが、血相がいつもと違う。物凄く焦っているのが分かる。
出番が少なく、さらには自室にほぼほぼ引きこもりのソーサラモナーが慌てているときは……よからぬことが起こったのだろう。
「どうしたのだ、魔王様の御前なるぞ」
少しは落ち着け。頭の寝癖ぐらい直してから入ってこい。昼寝してたのバレバレだぞ。
「魔王城門の石像のオブジェが――急に動き出したのだ! 二体のガーゴイルが」
「……」
魔王様の顔を見ると、プイっと顔を背けられた。さらには、隣に立っている女神もまったく同じ仕草をする。
「ゲマンョチテシドモニャニフャニフヲウゾキキセノチカチッカラカイイデトッョチノンホ!」
「ゲマンョチテシドモニャニフャニフヲウゾキキセノチカチッカラカイイデトッョチノンホ!」
「ゲマンョチテシドモニャニフャニフヲウゾキキセノチカチッカラカイイデトッョチノンホ!」
「……」
そりゃあ……そうなるわな。
「お、驚かないのかデュラハン」
ソーサラモナーの額には汗が流れている。
「う、うん。まあ」
私は常に冷静沈着なのだ。動かざること山のごとしとはちょっと違う。
「デュラハンよ、すぐにことを収めてくるのだゲマンョチテシドモニャニフャニフヲウゾキキセノチカチッカラカイイデトッョチノンホ!」
うわー。うはー。
「……めんどい」
それよりも石化を解除する禁呪文を唱えるのを止めるのが先決だと言いたいが、女神の前だと言いにくい。そこがさらに面倒くさいのだ――。言いたいことが言えないこの状況が――とてもめんどい。ベリーベリーメンドリ!
「デュラハンよ、ガーゴイルは凶暴なのだ。急に石化が解けてどう振舞ったらいいのか分からないのだろう」
「大人しく振舞えばいいのに」
魔族なのだから魔王様への忠誠心は忘れてはいまい。
「早く行きなさいよ。魔王様のご命令よ」
「……」
やっぱり性格が悪いのって、石になっても治らないものなのだな。ひょっとすると死んでも治らないのかもしれない……。ペロッと舌を出して微笑むなと言いたい~!
「御意。ガーゴイルの暴走を収めてまいります。ですが魔王様、メデューサが石化させていた者はガーゴイルだけではありません。他にも問題があれば、禁呪文を唱えるのを止めるのも御考慮ください」
「はよいけ」
腹立つわ……。
魔王城門に飾られた禍々しいオブジェだったガーゴイルの石像が、雄叫びを上げながら飛び、近くのスライム達が怯えて座り込んでいる。
スライムが座り込んでいるのが……妙に微笑ましい。
「ハトト、ハトト、ほーら怖くないから暴れるのを止めて下りてきなさい」
「グルルルル」
うわあ、めっちゃ興奮している。目が真っ赤だ。最初っから赤いのか知らないが、別に知りたくもない。
「ドッグフードでも持ってこればよかっただろうか」
餌で釣ればなんとかなるのかもしれない。長年石像になっていたのなら、お腹も空いている……のだろう。たぶん。
「興奮していないで下りてくるのだ。周りのスライム達が怖がっているだろ」
ぶるぶるとフルーチェのように震えている。
「ひょっとして、お前はデュラハンなのか!」
声に気付くとバサバサと羽音を立ててゆっくり下りてきた。
「ああそうだ。久しぶりだな」
かれこれ……何年振りかも忘れてしまった。
「嘘だ! あのションベン鼻垂らしの全身金属顔無し小僧が、急に大人になったのか!」
……。
ションベン鼻垂らしって、ワザと声を大きくして言わないでほしいぞ。スライム達が聞いてクスクス笑っているだろうが――。
今ではこれでも魔王軍四天王の一人なのだぞ! 最強の騎士なのだぞ! 首から上は無いのに鼻垂らしとは……失礼極まりないぞ!
「なぜ俺達は魔王城門の上にいたのだ!」
なぜって……オブジェだから……とは言えないよね。また怒りだしそうだから。
「そうだ、そうだ! これでは見せ物ではないか、恥ずかしい! ゆっくり自室でカップ麺カレー味にお湯を注いで3分間待っていた筈なのに!」
指で3を示す。人間じゃないから指は5本じゃない。4本ぐらいだ。
「俺のはシーフードだった筈なのに!」
……。
石になる直前のどうでもいい記憶は鮮明に覚えているのか……ややこしい奴らだ。頭が痛いぞ。
「えーと、石になったお前達は魔王城のオブジェに丁度いいからって、魔王様が経費で買ったのだ……安かったと思う」
なんせ何年も、いや、何百年も前のことだからハッキリ覚えていない。
「石―! 石だと! キィー!」
「兄者、俺達、二人共石になっていたのか!」
それすらも分からなかったのね。言うんじゃなかった。
「今、魔王歴何年なのだ」
鋭く睨みつけてくる。
「魔王歴?」
そんな設定があったのか……。
「ええっと、今は魔王歴2022年だ。五月一日だ」
ゴールデンウィーク真っ只中だ。
「「シャー!」」
喜んだのではない。牙を剥きだしにして怒りを露わにしているのだ。二匹とも。
ガーゴイルは紫色で筋肉ムキムキの体に大きな羽を生やした角のあるモンスターだ。棘のあるモンスターともいう。性格は悪い。まさに魔族の代表的な姿といってもいい。
その力は恐ろしく四天王にも匹敵する。さらには魔法も唱えるし口から火や雨水を大量に吐く。
雨の日は特にたくさん雨水を吐き出す。ゲリラ豪雨の日はさらにたくさん吐く。
「我らは1500年もの長き間、石にされていたというのか!」
「なぜだ! なぜこのような屈辱を受けねばならぬのか!」
魔王様に言って。とは言わない。魔王様を困らせてはならない。
「二人共、石にされた時のことを覚えていないのか」
「「……」」
よく覚えているはずだ。この二人にとっては昨日のこと……いや、一瞬前のことの筈だ。
カップ麺にお湯を入れたあと、いったい何があったというのだ。
「えーっと、あれだ、ほら、あれ」
「あれ」じゃ分からん。
「ああ、兄者。部屋に可愛いメデューサちゃんが遊びに来たのさ」
「そうそう。それで、ニッコリ微笑むからつい釣られて微笑んだのさ」
「……」
その頃のメデューサは……幼女だな。まさか怪力のガーゴイル兄弟も幼女に石化睨みで石にされてしまうとは思ってもいなかったのだろう。
「強そうなポーズ見せて、なんて言われたら格好つけてしまうよなあ」
「ああ。メデューサちゃん可愛いからなあ」
おいおい、その頃は幼女だったのだぞ。少々、問題発言だぞ。
「まあ、だったら仕方ないか」
「――え?」
両掌を見せてやれやれといった顔をする。
「そうだな。子供の悪戯だもんな」
「……」
仕方ないで済ませちゃえるの。子供の悪戯で済ませちゃえるの? ……寛大というか、今、2022年ってのを、本当に信じているのだろうか。
「1500年間もの長き間、石になっていても……あんまり変わってないなあ」
「魔王城、少しおんぼろになったな、ハハハ」
おんぼろと言うな。少しじゃないだろ。
ガーゴイルの兄弟は玄関で黒色の来客用スリッパを履くと、城内に入っていった。
「俺達の部屋、もう無かったりして」
「うけるー!」
ねーよ。
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