復活する女神
「石化した女神像のことなど、ほとんど誰も覚えていませんよ」
随分前のことだから。
「第7話、『魔王様、後はデュラハンにお任せください』ぞよ。予もすっかりサッパリ忘れていたから読み直したのは内緒ぞよ」
忘れるなよ……と言いたい。さらには、「読み直した」はマズいだろう。
「……現実味を帯びた話はおやめください」
剣と魔法の世界にどっぷり浸かって現実逃避を楽しんでいる人達が興醒めします。
「しかし、石化を解除する方法は無かったのではありませんか」
唯一の解除方法は……石にしたメデューサがその命を全うすることだった筈です。メデューサは長生きだから、まだあと数百年……。いや、それ以上はかかるはずですが……。
「――ま、まさか、魔王様は自分の私利私欲のために味方の命を奪うご決心をされたのですか!」
メデューサちゃんは可愛いから……魔王様の人気ガタ落ちは回避できませぬぞ。
「予がそのような残虐非道なことをする訳がなかろう、このバカチンが!」
ポカリと頭を叩かれた。
「痛い! 暴力反対」
せっかく魔王様の人気を下げて相対的に私の人気を上げようと思ったのに、シクシク。バカチンは酷いぞ。
「ですが、私の記憶が正しければ、禁呪文に詳しい聡明のソーサラモナーが『メデューサの呪いで石化した場合には、解除する魔法はない』と言っておりました」
「それが、あるのだよ。クックックッ」
「ゴクリ」
唾を飲む。魔王様が鋭い目をしていらっしゃる。まさか、禁呪文を編み出したとでもいうのだろうか。
玉座の裏から古汚い古文書を一冊持ち出した。
「一瞬だけ石化を解除できる禁呪文が古文書に落書きしてあったのだ」
落書きで残すなよ……昔の人。古文書に黄色い付箋を貼るなよ……魔王様。
「ですが、解除できるのは一瞬だけなのでしょ」
瞬きするくらいの時間かもしれませんよ。
「そこぞよ、そこ! たとえ一瞬だけでも、予の無限の魔力を使い続ければ石化の呪いを解除し続けられることに気付いたのだ」
「――!」
一瞬しか解除できない禁呪文を使い続けるですと? なんか、頭が痛くなってきたぞ。首から上は無いのだが。
「それって、無限の魔力の浪費ですね。卑怯臭いです。チートですよチート」
魔王様のお嫌いな反則技です。
「チートとか言うな。予は魔王ぞよ。無限の魔力を予の一存で使って何が悪い」
うわ、物凄く悪い顔をしていらっしゃる。
胸がキュンとしてしまう。本物の魔王様みたいで。
大理石の床の上をゴリゴリ音を立て石像を引きずり動かした。傷が付きそうで嫌だなあ。もちろん石像にではなく、床にだ。
「この辺でいいでしょうか」
「うむ」
玉座の間の中央に移動された女神の石像。……灰色だが、純白のウエディングドレスを着ている。笑顔のまま石像になる根性だけは……さすがは女神と称賛すべきだろう。普通なら、徐々に石になる時に笑みを浮かべることなど到底できないだろう。頭がパラダイスなだけかもしれない。
元々は背中に羽も生えていたのだが、それは第1話で無くしている。女神は女神の力を捨てて人間になったのだと……書いてあった。いや、おっしゃっていた。
「本当に大丈夫ですか。魔王様、女神のことちゃんと覚えていますか」
結婚式を挙げている最中だったんですよ。
「覚えておる。予の妻ぞよ」
「……」
なんかピリッと胸が痛くなるのは……ひょっとして心筋梗塞の前触れなのだろうか。
もし魔王様の禁呪文で女神が蘇ったら……魔王紀になるのか。玉座の間にいつも居座るのだろうか……。
邪魔だなあ……。
「ゲマンョチテシドモニャニフャニフヲウゾキキセノチカチッカラカイイデトッョチノンホーー!」
……。魔王様が訳の分からない禁呪文を詠唱し始める。
「いつもいつも禁呪文がくだらない逆さ言葉ですね」
「詠唱中に喋りかけるな~! 気が散るぞよ」
「あ、すんません」
魔王様が禁呪文を唱え終わると、パーッと安っぽい光で石像が包まれ……まるで、ハンソ□が炭素冷凍から溶けるようなグロテスクな回復で女神の像が息を吹き返し……、
バターン。
「アイタ!」
突然前のめりに倒れて鼻を打った。……まるでギャグマンガだ。いや、ギャグラノベだ。
「大丈夫か」
「魔王様お久しぶ」
また石に戻った。しゃがんで見上げる顔に、うっすら鼻血が流れている。石の鼻血は初めて見た。
「えー、もう時間切れ? 早過ぎない?」
「一瞬の割には長かった方ではないでしょうか。5.2秒くらいはありましたよ」
腕時計で確認した。最近買ったアップルウォッチはガントレットの腕に相性ピッタリだ。
ちょっとホッとしのは内緒だ。たった5秒の私欲のために魔王様が禁呪文を唱え続けることなど……無いだろう。
「これだと魔王様、ずっとブツブツ魔法を唱え続けなくてはなりませんよ」
遠回しに「もう諦めたら」と言いたい。が、言えない。私は長い物には巻かれるタイプだから。
「仕方がない……。ゲマンョチテシドモニャニフャニフヲウゾキセノチカチッカラカイイデトッョチノンホ」
またパーッと光で石像が包まれて――、
「リーフ。あ、鼻血でちゃった。デュラハンティッシュ――」
「……」
また石に戻る。
「咄嗟にデュラハンティッシュって……」
私のことを何だと思っているのだ。
「忠実なる下僕ぞよ」
「下僕はおやめください……」
私は魔王様に仕える気はあっても、性格の腐った女神に仕える気はありませんよと断言しておきたい。
疲労感が2倍に膨れ上がるから――。
「まあ、給料を2倍貰えるのならお安い御用ですが」
魔王軍にそんな金銭的な余裕はない筈だ。
「うむ。来月から毎月4万円に昇給するぞよ」
「……」
マジでですか――!
うわ、めちゃ嬉しい。なにこれ、涙出そう。ナダソウソウとも言う。
他の四天王にバレないかなあ……。羨ましがられるだろうなあ……。自慢しちゃおうかなあ……。
「冗談ぞよ」
「……」
せっかく喜んでガッツポーズしたのが……虚しい。
魔王様が嘘とか冗談を言うのは、ほんまガチでやめて欲しいぞ。
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