ドラマチック
六回目の治療。診察室の中、俺はリクライニングシートに沈んでいた。
「山崎さん・・・今日は二〇二〇年の八月一日です・・・貴方は今何をしていますか?」
川のせせらぎ、薫子先生の優しい声。
「カワサキに乗って、走っています。ツーリング中です」
「どこを走っていますか?」
「山の中、峠道、長野と群馬の県境」
「今日は何処に泊まるのかしら?」
「蓼科のキャンプ場」
「一人ですか?」
「一人です」
「・・・今日は二〇二〇年の八月二日です・・・貴方は今何をしていますか?」
「蓼科湖の畔、向日葵を見ています」
「何が見えますか?」
「右も左も、一面の向日葵です」
「一人ですか?」
「一人です。あ、女性がいます。白いTシャツにジーンズ。色の白い、栗色の髪をした若い女性です」
「何か話しましたか?」
「話し掛けられました。あの白いバイクは貴方のですか、って」
「それから?」
風が吹いて向日葵を揺らした。沢山の向日葵が風で波打ち、まるで向日葵の海にいるみたいだ。
「お願いがあるのですが?」
「なんです?」
「バイクの、写真撮ってもいいですか?」
「いいですよ。バイク、好きなんですか?」
「ええ」
遠目に小さく見えている俺のカワサキ。近くに誰かいる。二人で並んで歩き、バイクに近づくと向日葵の陰にもう一台、同じパールホワイトのカワサキがあった。Ninja400。同じモデルだ。
「えええ?」
ミラーに掛けたヘルメット。これも同じショウエイの同じカラーグラフィックモデル。驚く俺に彼女はこう言った。
「凄い偶然だと思いませんか?バイクもヘルメットも同じで。モデルも色も」
勿論どちらもメーカーから出ているものだから、被ることはあると思うけど。その横に立つ青年。背が高い。手にはジージャン。たぶん、彼女のだろう。
「すみません。ちょっと写真撮らせて下さい。ペアでツーリングしている写真みたくなると思うんで」
彼のカワサキには大きな荷物が積まれていた。昨日出会っていたらそれこそ瓜二つだ。ナンバーを見ると青森とあった。
「青森からですか?」
「ええ、津軽です」
俺のカワサキは足立ナンバー。これじゃペアには見えない。
「じゃあ、折角だからバイクの向き変えましょう。ナンバーが写らないように」
「ありがとうございます。じゃ、こっちも荷物を降ろそう」
こうして二台のカワサキはペアルックのような写真に納まった。
「あ、撮りましょう」
彼からデジタルカメラを受け取ると、俺は二人と二台をフレームに収めた。
「恋人らしく、肩に手を回して下さい。なんならキスしているところでも」
「いやだ」
「兄弟なんですよ」
二人が笑っている間に一枚。
「可愛らしい妹さんですね」
今度は照れ笑い。彼女の頬が少し赤らんだ気がする。一枚。
「じゃあ、撮りますよー?」
「え?まだ撮ってなかったの?」
ぽかんとした顔を一枚。
「今日一番いい笑顔でお願いします」
にっこりと微笑んだところを一枚。
カメラを返すと、二人でチェックした。仲のいい兄弟だ。一人っ子の俺は羨ましい。
「ありがとうございます。四枚撮ってたんですね」
それから日陰に移って、少し話をした。兄は津軽から二日掛けて妹に会いに来た。妹は近くのペンションで住み込みのアルバイトだという。
「兄っちゃ、そろそろ行がねど、午後の休憩終わってまる」
「そうが、そった時間が」
「ありがとうございました」
深々と頭を下げる彼女。栗色の髪の毛を揺らし、いい匂いだ。
「あの、蓼科キャンプ場ってご存じですか?スマホのバッテリー切れちゃって、ナビできないんですよ。電源ケーブル切れちゃったから」
「蓼科キャンプ場なら知っていますよ、昨日からそこに泊まっていますので」
「もう。おいのペンションさ泊まればいばって」
「おめのじゃねえだろ、おめのバイト先」
「いべな」
「わっきゃ野宿好ぎなの」
二人が訛ると聞き取りにくい。
「じゃあ、一度そのペンションに行って、妹さんを送ってからキャンプ場でいいですか?案内しますよ」
「助かります。じゃあ今夜ウィスキーを御馳走しますよ。青森の地ウィスキーです」
「ほう、それはいい。商談成立ですね」
夢うつつから現実世界に戻って来た。
「先生、少し記憶が繋がり始めました。向日葵、キャンプ、焚火、ウィスキー、海外ボランティア。そうか、そうだ、あの兄弟だ」
「山崎さん、良かったですね。いい傾向です。もう少しです、頑張りましょう」
その晩、俺はまた向日葵の写真を見ていた。昼間の治療もあって、芋づる式に思い出す、記憶の連鎖。あの兄弟と出会って、ペンション蓼科ロッジ経由でキャンプ場に入り、食料品の買い出しを兼ねて少し二人で走った。二人でビールを飲みながらダベリ、肉を焼き、野菜をかじってまたビールを飲んだ。食事の最中、どのルートで来たか、明日以降何処を走るのか、そんなツーリングの話をしていたが、酒がウィスキーに代わる頃、彼は酔って自分のこと、妹のことを話し始めた。
「信州大の二年なんすよ。知ってます? あそこ七月の半ばから八月の末まで小学校並みの夏休みなんですよ。こんな涼しいのに。あ、そう。涼しい子と書いてりょうこ、涼子って言うんす、妹」
「良い名前ですね」
「俺はたいち、石崎太一ね。二十五歳。涼子は二十歳」
「俺は山崎瞬一。一瞬と書いてしゅんいち。二十七歳。改めてよろしくう!」
「あ、二人とも一だ。年上なんすね、えーと・・」
「仲のいい奴らは俺のことザキか、瞬か、どっちかで呼ぶね」
「あー。俺もザキって呼ばれてた。じゃあ、瞬さんでいいっすか?」
「いいよお。俺も太一君って呼ぶわ」
一本目が空になって二本目に突入すると。
「涼子はさあ、優しい子でさあ。あのカワサキ、俺が大事にしてるの知ってるし、カワサキを手元に置いといたら、俺がカワサキに乗りたくて無事に帰って来ると、本気で思ってんだよねえ」
「いー子じゃないの、妹ちゃん」
色の白い、華奢な体。おおよそバイクとは無縁のイメージだが、そうか、あの子もバイクに乗るのか。太一君のタンデムシートで風になびく栗色のロングヘアー。
「でもね、東北娘だから意地っ張りの頑固。一途で言い出したら聞かない。そんな子やね。夏休みになったら、車の免許とバイクの免許、一緒に合宿免許で取って来るって宣言してさあ。あ、あのペンションね。合宿中の宿だったらしいの。アルバイト募集してるっていうから、合宿が終わったのにそのまま居付いてんの。おっかしいでしょ」
「いやあ合理的でしょ。頭いいんだ」
「うん。だから卒業したのに、まだ免許なし。バイトが終わる八月の終わりに免許にするそうでーす」
「太一君は、いつまでツーリング続けるの?」
「八月の、二十五日まで。それでカワサキを涼子に引き渡して、一旦津軽に戻って、九月から研修」
「わお! 俺がそんなに休み取ったら、会社クビになっちゃうよ」
「そしたら瞬さんも海外行きましょうー。一緒にボランティア、しましょうー」
そう言ってトイレに行った。そして帰ってくると、すんません、飲み過ぎました、寝ますって、あいつ、片付けもしないでテントに潜り込んだんだ。俺は火消壺を出して来て焚火を放り込み、ランタンの灯りで後片付けをしたっけ。翌朝、起きたら大袈裟に謝ってたなあ。
クックックと、思い出し笑い。そうか、記憶があるって素晴らしい。キャンプ場の、平凡な会話も思い出すとこんなに楽しいのか。俺は薫子先生に感謝した。が、俺はあの兄弟の顔をまだ思い出せずにいた。太一君は細面で、いわゆる二枚目だったと思う。涼子ちゃんもすらっとした可愛いイメージだけはあるが、切れ長の目だったか、パッチリとした二重だったか、つぶらな一重だったのか、思い出せないのだ。二人の写真がないことが残念だ。それでも、記憶は繋がり始めたのだ。きっと思い出せる。思い出そう、失った記憶を取り戻すんだ。
七回目の治療。照明を落とした診察室の中、薫子先生の声だけが俺の頭に響く。
「山崎さん・・・今日は二〇二〇年の九月六日です・・・貴方は今何をしていますか?」
「カワサキに乗って、中央高速を走っています」
「何処に向かっていますか?」
「松本市の信州スカイパークです」
「一人ですか?」
「一人です」
「ツーリングですか?」
「バイクのイベントで、ユーチューバーのスタントショーを見に行きます」
「スタントショーってなんですか?」
「エクストリームという、ウィリーをしながら両手をハンドルから離したり、ホイールをドリフトさせながら走る、アクロバティックさを競う競技です。そのデモンストレーションショーです」
「誰かと会いましたか?」
薫子先生の質問に答えているだけなのに、いつの間にか目の前に風景が、陽射しが、音が甦ってくる。
駐車場は激混みで、大勢のギャラリーが詰めかけていた。ショーの開始まで、まだ二時間以上あるというのに。さすが人気ユーチューバーだ。イベントそのものはバイク雑誌と企画によるもので、プロレーサーのトークショーや協賛メーカの即売会など、盛沢山の内容になっていた。俺は告知を知ったのが遅かったため、近隣のキャンプ場が抑えられず、朝一でマンションを出てきた。
混雑が予想されるので早めに出てきたが、それでも駐車場への入場は、アルバイターたちが混乱するほどだった。指示されたスペースにバイクを置いて、お目当てのスタントショーが始まるまで時間つぶしに会場をウロウロしたが、特に買いたいものもなく、すっかり飽きてしまった。
仕方がないので自販機で缶コーヒーを買い、チビチビと飲みながら月後半にある連休の、スケジュールをスマホで再確認していた。今度は福島から新潟を走るつもりだ。既に何度も組み立てたルートを思い浮かべ、必要なグッズの補給を考えていた。
そろそろ夏装備だけではキツイ。秋冬物も一枚入れて置かないと。そうだ、フリースを一枚、焚火の火の粉で駄目にしたんだっけ。通販サイトで物色する。かさばらなくて軽量で、保温性に優れて火の粉に強いヤツ。晴天下で陽射しが強くてスマホの画面では良く見えない。検索はあきらめてTシャツの袖で汗を拭うと、空の缶を持ってごみ箱へ歩いた。まだ一時間以上ある。駐車場に目を向けると、停まっているバイクはさらに増え、ざっと四、五百台くらいはありそうだ。こいつらが一斉にエンジンを掛けたら、とんでもない騒音だな。そう思いながら駐車場に戻って行った。
これだけのバイクがあると、中には結構なレア物があってもおかしくない。走行可能車輛の、古今東西の展示会みたいだ。俺は端からゆっくり歩き始めた。国内メーカは勿論、海外メーカも有名どころは出揃った感じだ。最新のバイクもレトロなバイクも、こうして見るとバイクって本当に個性の塊だと思う。ライダーたちは皆、自分のバイクに思い入れがあるのだ。丁寧に磨かれたバイク、ド派手にカスタムされたバイク、皆、ライダーたちの自慢だ。
歩いていると白いカウルバイクが視界に入った。俺にはそれが何だかすぐに判った。Ninja400、二〇一五年モデル、つまり俺のと同型だ。今では珍しくない白色のバイクも、何故かNinja400シリーズではこの年代のモデルにしか採用されていない。先月の蓼科を思い出した。後ろに回ると、青森ナンバーだ。もしかして太一君のか? だとすると、彼は海外ボランティアのための研修に行っているはずだから、これに乗っているのは涼子ちゃんかも知れない。しかしナンバープレートの四桁の数字に自信がない。もし仮にそうだとしても広い会場、埋め尽くされたギャラリー、とてもじゃないが彼女を探すのは無理だ。そう思えた。仕方ない、ショーが終わったらここで待ってみるか。腕時計を見た。あと三十分。スタントショーの会場へ向かって歩き始めた。
ショーは思っていたより全然面白かった。トークも楽しかったし、パソコンの画面では伝わらない迫力があった。何より大排気量大パワーのバイクを手足のように操る技術はすごい。トライアルとはまた違う意味で感動できた。
イベントプログラムだと午後にも同じものがあるようだけど、あのバイクたちが一斉に出口に殺到したら、駐車場を出るのも大変だろう。あの青森ナンバーのライダーも午後の部を見るのかどうかも判らないし。少し迷ったが、取り敢えず駐車場に移動した。
駐車場では既に会場を出るバイクと、やはり時間つぶしか、他人のバイクをのぞき込む連中とでバイクや人が行き来していた。俺のカワサキの周りにも何人かいた。まさかこんな会場でイタズラする奴もいないだろう、そう思いながらカワサキに近づいた。ヘルメットやグローブは手に持っているし、ハンドルもロックした。今日はキャンプ道具も積んでいないから、盗られるものは何もない。近づくとバイクを見ているというより、そこでダベっているだけのようだった。俺は左手を振り返り、遠く青森ナンバーの方に人がいないことを確認して、カワサキに歩いた。
女性が二名。その周りに男が三人。どうやらナンパしているようだ。金髪ショートカットと栗色のセミロング。ちぇ。人のバイクの横でナンパすんなよ。気配を察してか、金髪ショートヘアがこっちを振り向く。つられて四人が振り返った。
「やっぱり山崎さんだー」
声を発したのは栗色のセミロング。手には俺と同じショウエイ。向日葵畑の娘だ。とびきりの笑顔で手を振ってやって来る。
「足立ナンバーの白いニンジャ。たぶんそうだと思ってました」
ちっ、舌打ちが聞こえてナンパヤローが散っていった。金髪の女性は、
「良かった。連中、しつっこくって」
と、舌を出した。
いや、そりゃああんたが悪いでしょ。黒革の上下。パンツはぴっちり下半身のラインを露呈してるし、ジッパーを下したジャケットの中身はシャツで隠れているとはいえ、たわわな胸がもの凄いボリューム感だ。これでは目のやり場に困る。
「やっぱりそこに目が行くんですね」
彼女は無邪気に笑った。清楚で可憐。白く透き通るような肌は、化粧っけが感じられない。ジーンズにブランドもののライディングジャケット。とても対照的な二人だ。
「ほら。美樹ちゃん、やっぱり人目を引き過ぎるって、その恰好」
「ジーンズは良くないって教官に言われたでしょ? 綿は意外と生地が弱いのよ。やっぱりバイクに乗るなら革パンでないと」
「こちら佐橋美樹ちゃん。バイク教習の同期生です。人妻だからナンパしちゃ駄目ですよ」
はあ。なんと言えばいいのだろう。正直目の前の女性に圧倒されていた。フェロモンを出しまくっている。
「人妻って言ったら駄目だって」
そう言ってケラケラ笑った。たぶん、サバサバした性格の人なんだろう。何となくそう思わせる笑い方だ。
「あ、あのう覚えていませんか? 私、蓼科で遇った石崎ですけど」
「涼子ちゃんだよね。覚えてる。髪、切ったんだ」
「ありがとうございます。覚えて下さってたんですね。良かったぁ。山崎さんだと思って、待ってたんです」
「なんで?」
そりゃあ、どっちかというとこっちの台詞だ。
「兄がキャンプでお世話になったって。あの後、丸一日ツーリングに付き合ってもらったって、聞きました。それからすごく運転が上手だって。兄がバイクを置いて青森に帰る日、その話題ばっかり話すんです。東京の人だから、運が良ければまた会えるよって」
いや、こんな偶然起きないって。すんごい確率だよ。
「あのう。陽射しがキツイんで、続きは食事をしながらでも。いいですか?」
美樹さんに促されて同意した。
「じゃあ、あっちの青森ナンバーのカワサキは」
「あ、気が付いていたんですか? そうです。私のニンジャです」
俺はジャケットを羽織るのと一緒に頷き、じゃあそっちにバイク回すから、そう言ってエンジンに火を入れた。彼女たちは自分のバイクに向かって歩き、笑いながら肩を叩いている。駐車場の誘導員に、一方通行ですから、と制されて、彼女たちが出てくる、合流ラインの前で止まった。美樹さんは黒いカウル赤いタンクのNinja400、最新のモデルだ。
「あたし地元だから先導するわ」
そう言って美樹さんが走り始めた。俺は涼子ちゃんに先に行くように手サインを送り、後に続いた。美樹さんは交差点で思い切りよくバイクを倒し込む。涼子ちゃんは慎重派だな。二人とも免許を取ったばかりって感じが、まだする。教習所の走り方だ。
美樹さんがバイクを停めたのは、バイパスのファミレスではなく、地元の人が通っていそうなハンバーグレストランだった。各々ジャケットを脱ぎながらクーラーの効いた店の中に入ると、それまで出ていた汗がピタッと止まった。窓際のテーブルに案内され、ジャケットを椅子の背もたれに掛けると、美樹さんがヘルメットを持ってカウンターに歩き、ここに置かせて下さいと店の主人に言った。そして勝手にメニューを取ると、俺たちの前に広げ、コレがイチオシよ、と教えてくれた。
「昔、ここでバイトしてたの」
どおりで良く知っている訳だ。勿論俺らは皆、イチオシを注文した。そしてこの店自慢のハンバーグが出てくるまで自己紹介とバイクの話をし、食べながら太一君の話をし、コーヒーを飲みながらツーリングの話をした。
「え? 美樹さん、俺より年上、なの?」
「そうなるわね。あの、さん付けは止めてね。折角若い友達ができて、心も若返ったところだから。ちゃんで呼んで」
涼子ちゃんは笑いながら。
「私にも強制するんですよ。ちゃんづけで呼ばないと罰金だからねって」
きちっとしたメイク。漂う色気。美樹ちゃんという風でもないが。
「それでね。話を戻すと、兄がこう言ったんです。ほんとなら俺がバイクのイロハを教えてやりたいところだけれど、それはできん。涼子にはできればちゃんと運転できる人に教わって、安全運転を身に付けて欲しいって。で、瞬さんは上手かったなあって。瞬さんみたいな人が教えてくれたらいいんだけどなあって」
「太一君とはキャンツー同士でウマが合ったからなあ。でも運転に関しては過大評価だと思うよ。俺、そんなに速くないし」
「速い、じゃなくて、上手い、です。私には違いが良く判らないけど」
「あたしたち、さっきみたいにナンパされたくてバイクに乗っているんじゃないの。でも初心者だってバレると、すぐ教え魔が沸いてきて・・・」
ナンパライダーはボウフラか。
「一緒に何回か走るだけでも、お願いできませんか?」
美人さんと可憐な娘。一緒に走るのは俺の方がお願いしたいくらいだけど。教えるとなるとやっぱり責任あるよな。それに毎回東京から長野か・・・。当面走る場所も限定されるな。そう考えるとやっぱり気が重い。
「お願いします。バイクもヘルメットも一緒。それにあれだけのライダーの中から出会えたんですから。これはもう奇跡、運命でしょ」
確かに。奇跡、みたいなものかも知れない。だったらその流れに乗るのもいいか。
「オーケー。でも教えるなんて仰々しいものじゃなくて。ライダー同士、バイク仲間ってスタンスで」
「わー! ありがとうございます。山崎さん」
「違うわね。あたしが美樹ちゃんだから、瞬ちゃんよね」
・・・おいおい。
「瞬ちゃん!」
俺、七つも年上だそ。でも輝くような笑顔を見ているとまんざらでもない。
「じゃ、LINE交換しよか」
そう言ってスマホを取り出した。
意識が覚醒すると、そこには薫子先生。俺はゆっくりと体を起こし、ヘッドフォンとネットを外す。たぶん、俺の記憶は薫子先生との会話で引き出されたものだ。だから薫子先生は知っている。
「涼子ちゃんと美樹ちゃん。私は二人の女性とLINEのアドレスを交換したのに、アドレスが残っていないって、どういうことですか? 記録が残っていないって、どういうことですか?」
「山崎さん、落ち着いて下さい」
「夢なのか、あれは。あんなに鮮明なのに、記憶じゃないのか・・・」
「山崎さん、落ち着いて。いいですか? 記録は客観的なエビデンスです。記録がないということはその記録を消した人がいるってことです」
「消された記録? 消した人間がいる? それじゃあまるで事件みたいじゃないですか」
人生は意外とドラマチックだ。