プロローグ
お願い。この作品はフィクションであり、登場人物、組織、団体は全て架空のものです。
また、医師の診断や診察、治療に関する記述、警察の捜査、言動に関する記述は現実のものとは異なります。物語の設定上、交通法規を無視した記述がありますが、それを推奨するものではありません。ご留意の上お読み下さい。
八月の二日、よく晴れた夏らしい日の午後。彼は高原の向日葵畑の立っていた。四方から気持ちのいい風が吹き抜け、向日葵を揺らし、彼の目を和ませている。
畑は観光客向けに通路が仕切られ、前も後ろも向日葵が大輪を咲かせ、まるで向日葵の海に立っているかのような錯覚に陥る。
彼は朝早くからバイクでこの高原を走り回っていた。前日までに考えていた全てのルートを走破し、それでもキャンプ場に戻るまではまだだいぶ早い。もう一つ二つ峠を越えて走り回ることも考えたが、同じところを周回するのも嫌だと思ったし、折角高原の観光避暑地にいるのだから、それらしいところも散策してみようとこの畑にやって来た。
向日葵はその名の通り太陽を向いて回るが、それはまだ花が咲き切る前の間のことで、花が完全に開花してしまえば、東か東南東でその向きは固定してしまう。小学生の頃、夏休みの植物観察で習ったはずだが、もうすっかり忘れていた。彼の目の前の向日葵も、彼の後ろの向日葵も、皆一様に同じ方角を向いていた。たぶんあっちが東なのだろう。
彼は向日葵と向き合うように、つまり西を向いて花を眺めていたが、ふっと向きを変え、向日葵と同じように東を向いてみた。向日葵が見ている景色は、夏の空だ。入道雲が大きく、白い。
「何をしているんですか?」
爽やかな女性の声が彼を呼んだ。彼が振り返ると、大人と少女の中間くらいの女性がそこにいた。白いTシャツ、色あせたブルージーンズ。栗色のストレートロングヘアの女性は、色が白い。Tシャツの袖から覗く腕は細く、スリムなジーンズと相まって華奢に見える。線の細い娘だな、それが彼の第一印象だった。ニコニコという表現がぴったりとくる笑顔で、彼女は彼の答えを待っていた。