めざせ失恋! 振られまくりの逆ラブストーリー!
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オンリーワン症候群
それは、付き合ってもいない女性に『この人しかいない』と思い込み、周りが見えなくなる現象。
高校二年に上がったばかりの男子高校生、谷川アキラは、校舎の階段を駆け上がり、屋上へと続く扉のドアノブを捻り、押した。
春の強風のせいか、ドアが風圧で重い。
アキラは、タックルをするように全身の力を使い、ドアを何とか押し開けて、屋上に入り込む。
アキラが屋上に入り、ドアノブを離すと、扉は風の力で、大きな音を立てて閉まった。
風が、アキラの少し長めの黒髪と、青色のブレザーを、なびかせる。
アキラはゆるい恰好を好み、ワイシャツの胸元は広く開けていて、裾もズボンから出している。
ゆるく着た制服が風をはらんで、はためく。
今日は、葉桜の花びらが空に舞う、いい天気だ。
春休みも終わり、とうとう二年生になってしまった。
谷川アキラは、いつもひとりだ。
恋人はいない。
ただ、ひとりなだけ。
アキラはひとりが良かった。
好きな女子もいない。
むしろ、いたら困ることになる。
アキラは、独占欲と嫉妬心が強かった。
勇気が無くて告白すらできないくせに。
中学時代は、ひどかった。
好きな女子が、他の男子と軽く話をしているだけで、心の奥からヘドロが出てくる。
好きな子が、男子と楽しそうに話をしている中に、無理矢理割り込んだりもした。
自分の気持ちが制御できなかった。
さぞや迷惑だったであろう。
そして最終的にアキラは、いつも好きな子から嫌われるのだ。
それが今までのアキラだった。
だからこそ、自宅から遠くとも、知り合いのほとんどいない我が校に入ったのだ。
高校に入学してからは、常にひとりでいることもあって、今のところは恋はしていなかった。
かと言って、男子のグループにも迂闊に入っていけない。
必ずどこかで、女子グループとの接点があるからだ。
もし、それで誰かに惚れてしまったりすれば、グループ全体を巻き込んだ、嫉妬による大波乱は確定している。
だからアキラは、なるべくひとりでないといけなかった。
アキラは、晴れた日の昼休みは、いつも屋上で昼食を摂っている。
屋上のフェンスに背中を預けるように、地面に座る。
アキラの他にも、屋上で食事を摂っている生徒たちがいた。
ひとりの者もいれば、グループだったり、カップルだったり。
アキラは、手持ちのビニール袋から、焼きそばパンを取り出して、包装を開け、噛り付いた。
焼きそばパンを食べながら、二週間ほど前に決まった委員のことを考える。
「風紀委員かぁ……」
アキラの高校では、クラスからひとり、各委員を出さなくてはいけない。
アキラはあみだくじの結果、風紀委員になってしまった。
全く気が進まない。
そもそも、アキラ自身が、制服をゆるく着ているのだ。
きっちり服を着ると、なんだか息苦しい。
そのせいで一年生の頃より、当時の風紀委員からも何度も注意を受けていた。
(風紀委員って、俺に一番合わないんじゃね?)
焼きそばパンを咀嚼しながら、あみだくじを恨む。
今年の風紀委員たちの顔合わせは、先日、既に済んでいた。
男女の割合は、女子の方が少しだけ多い。
嫉妬心が異常に強いアキラは、なんとか恋をしないように我慢していた。
(なんで俺こんなに、やきもち焼きなんだろうな)
焼きそばパンを飲み込み、自分の事を考える。
自分の独占欲と嫉妬心のせいで、片思いの恋は必ず悲惨な末路を迎えてきた。
もしかしたら、一生このまま、ひとりなのかもしれない。
屋上を見回すと、何組かいるカップルたち。
一体どうしたら、うまく行くのか、その秘訣を知りたかった。
(誰か、教えてくれないかねぇ)
空を見上げると、鼻先に桜の花びらがひとつ、舞い落ちてきた。
それから数週間後。
今日は、風紀委員の仕事である、校門での朝の服装チェックの担当の日。
アキラ自身も、さすがにいつも通りのゆるい恰好という訳にはいかない。
しかしアキラは、制服をきっちりと着ている自分自身に、まだ慣れなかった。
アキラたち風紀委員が、校門で待ち構え、登校してくる生徒たちの服装をチェックする。
アキラは、ワイシャツの裾がズボンから出ている、クラスメイトの男子に注意を促していた。
「はいはい~。風紀委員ですよ~。
シャツ、ズボンに入れてね」
「お前なんて、普段はもっとだらしないじゃねぇか」
「今はきっちりしてるから」
クラスメイトは、渋々シャツの裾をズボンの中に入れる。
普段はゆるい恰好をしているアキラに注意されるなんて、心外のようだ。
するとそこに、同じ風紀委員で、隣のクラスの女子の清水さんがアキラに声をかける。
「谷川君、意外にちゃんと仕事してるね」
「まあ、俺は仕事できるタイプだから」
アキラは、清水の方を横目で見て、そう返す。
ふふ、と笑う清水が可愛かった。
いかん、好きになるなよ、と自分を何とか制御する。
しかしアキラは既に、ここ最近、風紀委員絡みで話をするようになった清水に、恋に落ちていた。
今朝の服装チェックの担当は、アキラと、清水と、風紀委員長の男子の先輩と、栗色の髪の女子の先輩。
委員長の先輩は、これぞ風紀委員、と言わんばかりの生真面目な男子生徒であった。
ふと清水を見ると、清水は委員長を見つめていた。
アキラの心臓が跳ねる。
委員長を見る、清水のあの視線。
覚えがある。
いつも片思いの相手に、アキラも同じ目線を向けていたからだ。
そして、今も清水に。
アキラの心に、嫉妬が湧く。
胃袋がヘドロで満たされたような不快感。
(いかん、抑えろ)
何のために、いつもひとりでいるのか、と自分に言い聞かせる。
いつも嫉妬で人間関係を破滅させてきたアキラ。
また同じことを繰り返したくはない。
だが、自分を制御するのが、途轍もなく難しかった。
身体が、勝手に動こうとする。
清水に、風紀委員長を見て欲しくない。
清水に、自分を見て欲しい。
清水の腕を掴もうとする。
その時。
栗色の髪の女の先輩が、アキラの頭を軽くチョップした。
ふと我に返るアキラ。
清水を掴もうとしていた手は、清水に触れる直前で、かろうじて止まっていた。
栗色の髪の先輩が、アキラに小声で囁く。
「アキラちん。顔、こわーい」
実は、この栗色の髪の先輩には、自分が嫉妬深さで悩んでいる旨を、相談していた。
暴走しそうになったら、止めてくれとも。
先輩の囁きにより、何とか平常心を取り戻すアキラ。
「先輩、ありがとうございます」
「この、やきもち焼きさんめ」
そう言って、先輩は仕事に戻る。
アキラもまた、風紀委員の仕事に戻った。
清水と委員長は、決して見ないようにして。
ある日の放課後。
アキラは、自分の強い嫉妬心が嫌で、とある人物に相談を持ち掛けてみた。
それは、クラスで一番のモテ男。
髪こそ短く黒かったものの、派手なピアスが耳に空いている。
彼は、クラブで女の子を引っかけたり、ナンパしたり、浮名を流している。
数人の女の子と同時に付き合ったりもしているそうだ。
アキラとは、まるで対極に存在する男。
しかしアキラは、好きな女の子に対する嫉妬心を、どうにかしたかった。
恥も外聞も捨て、彼に聞いてみたのだ。
嫉妬を無くすには、どうしたらいいのかを。
「ああ、そりゃ、オンリーワン症候群だな」
オンリーワン症候群
それは、付き合ってもいない女性に『この人しかいない』と思い込み、周りが見えなくなる現象。
まさに、アキラの恋そのものだった。
彼は言う。
「オンリーワン症候群は、一番タチが悪いやつ。
これに嵌ると、後は嫌われるだけってパターンが多い」
そう、アキラの今までもそうであった。
オンリーワン症候群を何とかしたい。
「それ、治せるの?」
「ああ。とにかく振られまくれ。
できれば、100人以上」
「は?」
呆気に取られるアキラ。
まるで脈絡もなく、意味が分からなかった。
そして、100人という途方もない数字に。
「まずはとにかく、振られるのに慣れることだな。
そうすりゃ、告んのが怖くなくなる。
脈の無い相手に、片思いで嫉妬なんざしてる暇があったら、とっとと告って振られて、次に行け。
そんで、OKしてくれる子がいたら、その子を思いっきり大切にしてやればいい」
うなるアキラ。
彼の言っていることは、分からなくもないが……
「とりあえずは、クラスの女子全員から振られるのが目標な。
ほれ、あそこらへんの奴らにでも頼んで振って貰え」
アキラの背中を叩くモテ男。
価値観が違い過ぎて、戸惑うばかりだ。
しかし、アキラは自分を変えたかった。
嫉妬ばかりの泥沼から抜け出したかった。
騙されたと思い、試してみようとも思った。
アキラは、放課後にも関わらず、帰らずに残っていた女子三人の元に歩き出す。
楽しそうにお喋りをしている三人娘。
「ね、ねえ。ちょっと頼みがあるんだけど……」
三人組がアキラを見る。
普段、クラスメイトと交流をしないアキラが、女子のグループに話しかけるのは非常に珍しかった。
「俺、今からみんなに告白するから、振ってもらえない?」
三人組は、揃って首を傾げ、頭に疑問符を浮かべる。
「え……っと、何?罰ゲーム?」
「いや、振られるのに慣れたいんだ。
どっちかっていうと、修行?みたいな」
アキラはもう、どうにでもなれと言わんばかりに、モテ男の彼のレクチャーをなぞる。
三人組は、怪訝そうな顔をしていた。
アキラは、勇気を出して続ける。
「ダメかな?OKしなくていいんだ。振ってくれれば」
「ま、まあ、別にいいけどさ……」
三人組の一人が、まずは了承してくれたみたいだ。
結果の決まった、謎の告白レッスン。
結果は分かっているのに、なぜか鼓動が激しくなる。
アキラは、息を深く吸った。
「す、好きです。付き合ってください」
「うん、あの、ごめんなさい?」
その言葉が、鋭くアキラの胸に突き刺さる。
別に好きな子とかではないはずなのに。
最初から流れが決まっていた、ただの練習のはずなのに。
それでも、振られ慣れていないアキラの心は傷ついたのだ。
ごめんなさい。
なんという、重い言葉。
次の、元気な女子が、手を上げる。
「はい!次、私、振りたい!」
アキラは、未だ立ち直っていない心で踏ん張り、気合を入れなおす。
「よ、よし。じゃあ行くよ。
好き!付き合って!」
「ごめん!私、他に好きな人がいるの!」
思いっきり笑顔の二人目の女子。
またもや、断りの言葉が凶器となり、アキラの胸を切り裂く。
これは、キツい。
三人目の、長い黒髪が色っぽい女子が、興味深そうに話しかける。
「これ、なんかアレみたいだね。
愛してるゲーム」
愛してるゲームとは、男女が見つめ合って「愛してる」と言い合い、照れた方が負けというゲームだ。
アキラが行っているのは、それの丸っきり逆バージョンと言ってもよかった。
三人目の女子が続ける。
「じゃあ、あたしにも告ってよ」
「わかった。
好きだ。ずっと前から」
「気持ちは嬉しいけど、タイプじゃないから、ごめんね~」
三人目の女子は、ケラケラと笑う。
疑似だとは分かっているのに、アキラの胃は鉛のように重くなる。
だが、三人目ともなると、流石に少し慣れてきた。
アキラは、三人娘に謝辞を投げかける。
「みんな、ありがとう。
少し度胸が付いた気がする」
「どういたしまして~」
去り行くアキラに、三人娘は手を振る。
アキラも、手を振り返してみた。
いつもひとりでいたアキラ。
女の子を好きになり、嫉妬をするのが怖くて、ひとりを選んでいたアキラ。
女の子と普通に話すのなんて、こんなに簡単なことだったんだと、自分で自分に驚いた。
『脈の無い相手に、片思いで嫉妬なんざしてる暇があったら、とっとと振られて、次に行け』
モテ男の言葉が、心を巡る。
確かに、最速で告白して、最速で振られ、最速で次の恋に移るのであれば、嫉妬をしている隙間など無い。
アキラの心の中には、未だに、それは恋というものに対して不義理なのではないかという思いはあった。
だが、モテ男の彼が言うこともまた事実であろう。
今までの恋は、嫉妬のせいで嫌われて終わるばかりであった。
だが、ちゃんと思いを告げて、ちゃんと振られるのは、今までの終わり方とは全く別物なのでは、と思う。
たった今行った、失恋の練習の結果を、頭に思い浮かべる。
告白もせずに嫌われるのと、告白して振られるのでは、傍から見たら結果は似ているが、その内面はまるっきり正反対であった。
正しい失恋の仕方、というのがあるのかもしれない。
風紀委員の清水の顔が頭に浮かぶ。
その清水が、風紀委員長を見つめる顔も。
またもや嫉妬の泥が、アキラの心に勝手に湧き出してくる。
ちゃんと告白して振られるのであれば、正しく次に目を向けられるのだろうか。
嫉妬で制御できない心を、無理矢理に制御しながら、その日アキラは教室を後にした。
その日から、昼休みや放課後に、同じことをクラスの女子たちに頼み続けた。
男子たちからは「谷川、あいつアホだ」と笑われたが、こっちは真剣なのだ。
意外なことに、女の子たちはちゃんと相手になってくれる。
愛してるゲームに通ずるものがある、この謎の告白練習を、意外に楽しんでいるのかもしれない。
しかし、疑似の告白ではあるが、アキラとしても本気でやらないと練習にならない。
アキラは毎回、真剣な心で告白をする。
「好きです。付き合ってください」
女子たちは、谷川アキラを振り続ける。
五人目くらいで、振られるのに少しだけ傷つかなくなった。
十人目くらいで、振られても「ああ、またか」と思うようになった。
十五人目くらいで、「よし、この恋は終わり!」と思えるようになった。
もちろん、今までやってきたのは本当の告白ではない。
だけれど、練習相手になってくれた女子たちに感謝をし、毎回なるべく真剣に愛を告げ、毎回真剣に失恋をしたアキラ。
人間とは不思議なことに、疑似的なトレーニングだとしても、経験としてしっかりと身に付くものだ。
もし本当の失恋をしたとしても、きっと「今回は仕方ない」と思えるようになっているのだろうか。
モテ男がアキラの元へやって来た。
「よう。なかなかいい仕上がりになってるらしいじゃねえか。
100人にはまだまだだけどな」
100人に振られろ、というのは冗談でも何でもなく、本気だったらしい。
それでも、アキラは彼に感謝する。
過去のアキラは、付き合ってもいない片思いの相手に、勝手に嫉妬ばかりしていた。
思いを告げようともせずに。
振られるのが怖くて告白もできなかった癖に、相手が他の男を見るのが許せなかった。
なんて身勝手だったのだろうか。
アキラは、この数日間で大きく変われた気がする。
ここ数年の恋愛よりも遥かに濃厚だった、幾つもの疑似恋愛の数日間。
過去のアキラは、恋に縛られていた。
今は、恋を楽しむ余裕ができていた。
もちろん清水に本当に告白するときは、掛け値なしの本音で、付き合って欲しいと願うだろう。
しかし、今までのアキラだったら、振られたと同時に、相手も周りも傷つけていたはず。
でも、今なら思える。
振られたら、それはそれでいいと。
アキラは、練習に付き合ってくれた女の子たちに、心の中で感謝した。
そして、その数日後の放課後。
風紀委員のミーティングが終わり、使用していた教室の跡片付けをしていた時。
ふと、教室の中で、清水とふたりきりになる瞬間があった。
これを逃す手はない。
「清水さん、今ちょっとだいじょうぶ?」
「うん、だいじょうぶだけど、どうしたの」
流石に、本番の告白はドキドキする。
でも、思ったよりはずっと冷静だ。
今までは、恋をすると心の中がぐちゃぐちゃになっていたアキラ。
しかし今、相当数を振られ、慣れてきたアキラの心の中には、少なくとも混乱は無かった。
「俺、清水さんが好きなんだけど。
脈、あったりする?」
思った言葉がスムーズに口から出てくる。
自分で自分に驚いた。
清水も、びっくりした顔。
「え、それって最近、谷川君がやってるって噂の、告白の練習?」
どうやら、振られる練習を行っていることは、別のクラスでも噂になっていたみたいだ。
それはそうだ。あんな奇妙な提案を、クラスの女子に片っ端から行っていたのだから。
しかしアキラは、意外なほど自然体であった。
「ううん。これは本気」
それを聞くと、身体を硬直させる清水。
何をどう言えばいいのか、模索しているよう。
そして、その口から返答が帰って来た。
「ごめん、谷川君。
その、谷川君の事、そういう目では見れないかな……」
「うん。わかった。ありがとう」
アキラは少しだけ、心が傷ついた。
でも、ほんの少しだけ。
そして、思う。
よし、次に行こう、と。
「清水さん、委員長が好きだったりする?」
「えっ」
途端に顔を赤くする清水。
それは、前々から感じていたこと。
どうやら、当たりのようだ。
「俺、応援するよ。
うまくいくといいね」
「あ、ありがと……」
振ったばかりの男に応援をされるという、清水からすれば何とも言えない状況。
だが、アキラの心の中は、今までに無いほどに晴れやかだった。
振られるのなんて、所詮この程度。
過去のアキラの、片思いのまま嫉妬に狂った姿は、一体何だったのか。
無言で部屋を片付ける二人。
ミーティングのため中央に集めていた、机の配列を元に戻し。
束ねた数枚のプリントを教壇に置き。
そして片付けも終わる頃。
清水は口を開く。
「谷川君、じゃ、じゃあ、私、帰るね……」
「うん、気を付けてね」
アキラは、思いっきりの笑顔で手を振った。
清水は、教壇に置いてあった束ねたプリントを持って、ドアから教室の外に出ていく。
夕焼けで、真っ赤に染まる放課後の教室。
アキラは、適当な椅子に腰かける。
夕方の教室で、アキラはひとり、ぼんやりと外を眺めていた。
窓は開いていて、春の強い風が吹き込んでくる。
風が、アキラの少し長めの黒髪と、青色のブレザーを、なびかせる。
すると、ドアを開ける音がする。
入り口を見ると、風紀委員の、栗色の髪の女の先輩。
「よっ、アキラちん。
どうだった?
ってか、その感じだとダメっぽいね~」
「はい、ダメでした」
この先輩は、アキラが清水のことを好きなのを知っていた。
だがアキラも、失恋したことを堂々と言えるようになっていた。
アキラは、もう前に進める。後ろを向かずに。
クラスメイトの女子たちとの特訓のおかげだ。
あの、失恋のための特訓。
おかげで、正しい失恋がちゃんとできた。
アキラは改めて、クラスの女子たちに心の中で感謝する。
そして、モテ男の彼にも。
「あ、そうそう。アキラちん。
なんか最近、変な事してるらしいじゃん?」
「ああ、振られる練習のことですか?」
「そう、それ。風紀委員でも噂になってるよ。
振られる練習ってなに。超笑える」
楽しそうに言う先輩。
話題のタネとしては、なかなか使えるようだ。
先輩は言う。
「ねえねえ、アキラちん。
私もアキラちん振ってみたい!
思いっきり!」
「楽しそうですね」
「だって、堂々と男を振れる機会なんて、滅多にないもん!」
はしゃいで跳ねる先輩。
確かに、後腐れなく男を振れる機会なんて、今後も無いだろう。
「いいですよ」
アキラも、疑似的にでも、またひとつ失恋の経験を積めるため、快く引き受ける。
アキラは、先輩に向き合う。
「先輩。好きです。
付き合ってください」
「はい!喜んで!」
えっ?
アキラの脳が止まる。
先輩が、アキラの右手を両手で握る。
先輩の手は熱い。
その顔が赤いのは、夕日のせいではないのか。
アキラを見つめる先輩の目は、夕日が反射して、真っ赤に燃えている。
「へへ、アキラちん。
私これでアキラちんの彼女だよね?」
「えっ?」
「今から取り消すとか、ひどいことしないよね?」
「えっ!?」
アキラの脳が、ようやく少しずつ動き始める。
これはつまり、そういうことで……
アキラは、振られる練習はしてきたが、付き合う練習はしていなかった。
振られた時は平気だったはずの心臓が、今は爆発寸前だ。
先輩の顔がまともに見れない。
アキラは恥ずかしさで、目を逸らしていた。
「あの、先輩。
その、心の準備が……」
その時、アキラの頭には、クラスのモテ男の彼の言葉が。
『OKしてくれる子がいたら、その子を思いっきり大切にしてやればいい』
今が、その時なのか。
こんなしょうもない嘘告白から始まる恋もあっていいのだろうか。
でも、先輩の手から伝わる熱は本物で。
それならば……
腹をくくり、アキラは先輩に告げる。
「せ、先輩は、俺の彼女、です!」
それを聞いた先輩は、
今までに見たことの無いほど、
大輪の笑顔を咲かせ、
握ったままの手をぶんぶん振り、おおはしゃぎだ。
「アキラちん、あのね!
私のことね!
束縛とか、してもいいからね!
やきもちとかも、焼いていいからね!
っていうか、して!」
アキラはその言葉に驚いた。
かつては、嫉妬深い自分を変えたくて。
ひたすらに悩んでいた。
オンリーワン症候群に陥らない自分にと。
オンリーワン症候群
それは、付き合ってもいない女性に『この人しかいない』と思い込み、周りが見えなくなる現象。
今は、いいのか。
のめりこんでも。
周りが見えなくなるほどに。
思いっきり、愛しても。
「先輩。俺、すごく嫉妬深いですよ」
「知ってる!」
「独占欲、強いですよ」
「うん!」
ならば、と。
意を決して。
アキラは、先輩に抱き着く。
「じゃあ先輩はもう、俺のもの」
先輩も、アキラを抱きとめる。
「うん!私はもう、アキラちんのもの!」
ふたりで抱き合って、体温を確かめ合う。
ふたりで顔を見合わせ、ふたりで笑った。
その時、開いていた窓から、春の風が吹く。
それは、失恋を吹き飛ばすほど鮮やかで。
ふたりを祝福するような、花の香り。
先輩の、栗色の髪が。
その風に舞う。
ふたりの目が燃えていたのは。
夕焼けのせいなのか。
ふたりの髪は、互いを求め絡まるように、
春の風に、なびいていた。
お読み頂きありがとうございました!