8.四つ折りメモ(1)
「それでは、今日からの作業分担を発表します。
ベネデッタさんは黄侍女の補佐、アシュリンさんとボニーさんは青侍女の補佐を。
そして、ブルーナさんとララリアラさんは赤侍女の補佐をお願いします」
ヘスティアさんが組分けを発表し、見習い侍女たちはそれぞれの持ち場へと移動した。
見習いになってから三ヶ月が過ぎた。見習い侍女は、三ヶ月を一サイクルとし、それぞれの執務室へ補助に駆り出される。わたしが最初に補助として回されたのは青侍女。ミカエラが副侍女長として権力を振るう場所だった。
そのときは一人きりだったこともあり、青侍女のサポートなどではなく、日々の雑務が言い渡されていたのだった。
「ブルーナさん、一緒に……」
わたしが言いかけると、ブルーナは黒髪を翻して早足で行ってしまった。あとに残ったビヨンセやボニーがにやにやと笑っている。
赤侍女の執務室は、西塔にある。わたしはそこまで気にも止めず、ひとりで歩き出した。
ーーだが、たどり着くのにはずいぶん時間がかかった。行く先々で男性に話しかけられるのだ。いずれも下級の文官や騎士たち。
失礼にならない程度に挨拶をしてかわしていくと、彼らは一様に驚いた表情をした。
「ねえ、ララ。もしかして誰かにいじめられたの?」
顔の半分が前髪で隠れた、もっさりとした印象の文官が詰め寄ってくる。
「え?」
「だって、今までの君とぜんぜん違うじゃないか。僕たちの仲だろう? 君をいじめる奴がいるなら、僕がなんとかする。だから、ちゃんと話してほしい」
わたしは思わずため息をついた。
これまでのララに対して苛立ちを覚えることの一つだ。
彼女は、誰にでも愛想を振りまきすぎた。相手の目をまっすぐに見つめ、愛称で呼び、さりげなく体に触れ、笑顔で話す。
伯爵家で勉強漬けだったララは、身近なところに居た姉がクルトにする態度しか目にしたことがなかった。だから、彼女だけの責任ではない。
だが、ここまで八方美人では嫌われるのも当たり前だ。
「いいえ。誰かにいじめられているなど、とんでもないことですわ」
当たり障りのないことを言って、文官の横をすり抜ける。すると、左手首をぎりりと掴まれた。
痛みに思わず振り返る。文官の目はぎらぎらと光っている。ああ、だれかにこんな目を向けられたことかまあったな、とふと気がつく。そして足がすくみ、動けなくなった。
「ーー仕事中に揉め事か?」
怜悧な印象の声が降ってきて、私も文官も振り返る。
そこに立っていたのは、第二王子のジェムリヒトであった。
彼は、静謐な印象の青い目をわたしたちに向けていた。その瞳から感情は読み取れない。
大きく取られた窓から入る陽光が、彼の金髪をきらきらと輝かせていて眩しい。さながら物語の王子様そのものだ。
文官は慌ててわたしの手を離すと、一礼して踵を返した。その変わり身の早さに呆れながらも、王子に礼を告げておく。
「君は、自分が父親の評判を貶めていると知るべきだ」
ジェムリヒト王子はわたしと目を合わせることなくそう言うと、静かに立ち去った。
悔しかった。けれど、ーー彼の言うとおりだ。わたしが蔑まれているのは、これまでの態度にも問題があった。絶対にララの印象を覆す。そのためにも、仕事に打ち込もう。
ーーわたしは固く誓った。