7.白侍女と黒侍女
翌朝はまた雨だった。
ルスリエース王国では、雨の日は珍しい。なにか不吉なことの前ぶれでなければいいのだけど。
ララとしてそう考えながら、わたしは窓をすこしだけ開けて空気を入れ換え、丁寧にベッドメイキングを済ませた。
いつもはサイドで二つに結われていた髪の毛を、手が覚えている大人びたアレンジに変えて、部屋を出た。
「ララリアラさん、ーー体調はいかがですか?」
緑侍女のヘスティアさんの言葉に、見習い侍女たちが一斉にこちらを振り返った。
「ありがとうございます。おかげさまですっかり回復いたしました。今日からまたよろしくお願いいたします」
わたしが言うと、ヘスティアさんはおや、という表情になった。
ヘスティアさんは四十代半ばほど。つぶらで優しげな緑の目に、燃えるような赤毛を持ち、小柄でふくよかな女性だ。
わたしたちの教育係としてついてくれており、黒侍女である私にも、分け隔てなく接してくれる稀有な存在である。
わたし以外の見習い侍女たちは、皆一様に白い制服に身を包み、さまざまな視線をこちらに向けていた。ーー値踏みするような者、毛嫌いする表情の者、無関心を貫く者。
誰も、わたしには好意的でないということだった。
ただのララであったときは、それが殊の外堪えていたが、今のわたしはそうでもない。
社会に出て働いてきたこともあり、友情のもろさを知っているからなのかもしれない。
結婚したり、子どもを産んだりした友人とは、どうしても疎遠になってしまう。仕事仲間との間には、やはりどこか薄い壁がある。
見習い侍女は、ふつう白侍女と呼ばれ、白い制服が支給される。仕事内容は、ほかの侍女のサポートである。
白侍女は、会社で言うなら研修期間のようなもので、赤侍女・青侍女・黄侍女のそれぞれの仕事を期間限定で補佐していく。
その過程で適性や希望がわかってくるので、見習い期間を終えるころに、正式な「色」が決まる。
ただし、侍女に登用されるときは、試験がある。
試験といっても、テストを解くようなものでも、実技でもない。魔法を使って判断されるもので、選別の儀と呼ばれている。
その結果によっては、稀にはじめから白以外の制服が支給されることもある。
王城の中庭には、水晶玉のような硝子のドームがある。高さはわたしの身長ほど。
その中には苔むした土があり、空もある。そして、女性の腰ほどまでの高さの木が植わっている。初代王カディーが植えた特別な木で、選別の木と呼ばれるものだ。
選別の木は、細い幹にたくさんの枝をつけており、一枚ずつ形状の異なる葉をつけている。もみじのようなぎざぎざのものもあれば、楕円形のもの、ハート型のものとさまざまだ。濃淡が少しずつ異なるものの、色は緑色をしている。
さらに、季節を問わず、いつでも丸い林檎のような小さな実をたわわにつけていた。
選別の木と呼ばれているのは、この木が、使用人の特性を判別するからだ。侍女に限らず、新たに城で働く者は、このドームに触れることが義務付けられている。
たいていは、ドームの中が白く光るだけで終わる。それは、王城で働いても問題ない人物だというサインだ。
侍女ならば、見習いとなるべく白い制服が支給される。
逆に、悪意を持つ者がひそかに忍び込もうとしている場合、弾き飛ばされると聞いている。わたしが城に入ってからは一度も見ていない。
そして、侍女の場合、稀に、ドームに触れることで実の色を変える者が現れる。それは特定の分野に秀でた者であるというしるしであった。
今から四年前、十二歳で侍女見習いになったミカエラは、王城孤児院の出身ながら、まばゆい光とともに、選別の実をすべて忘れな草色に変えたと言う。
そのときの逸話は、王城で語り継がれている。青侍女は、侍女の中でも高位に位置づけられる存在だ。皆、赤侍女からはじめて経験を積むので、青侍女のほとんどは二十歳前後だったのだ。
ミカエラのように成人もまだの少女が選ばれたことなどなかった。
そして、もう一つ語り草になっている選別の儀がある。それは、わたしが見習い侍女になったときのこと。ーーわたしは、ララは、選別の実をすべて、夜空のような黒色に変えたのだった。
それは歴史上でもはじめてのこと。
弾き飛ばされなかったので悪意はないと判断されたようだが、不吉な色であったし、またララ自身が不器用であったため、いつしか稀に見る不出来な負け犬の黒侍女と蔑まれるようになったのだった。