5.ごきげんリセット(2)
すべてを片づけ終えるころには日が暮れ始めていた。しかし、天頂はいまだ青く、秋でもないのにひつじ雲が並んでいる。
「すっきりしたー! 達成感」
わたしは思わずぐんと伸びをする。足の踏み場もなかった部屋はすっきりと片づき、掃除を終えたあとの、爽やかな空気に変わっていた。木箱にまとめたごみを何度も往復して収集小屋へと運んだので、足腰にも心地のよい疲れがある。
お下がりの衣類は、貴族令嬢らしい素材のものなので、切って雑巾にすることなどもできず、孤児院への寄付もむずかしい。売りに出そうと布袋にまとめた。
開けたままの窓から、涼しい風が吹き込んでくる。
「--なにがすっきりしたのだ?」
「わっ」
ジークが窓枠からひょこっと顔を出した。それからふたたび目を丸くし、一旦窓の外に出てから戻ってきて、わたしと部屋とを見比べ、口をぽかんと開けた。
「片づいている……?」
「そうでしょう、そうでしょう!もう二度と汚部屋になんかさせないわ」
わたしが機嫌よく自慢すると、ジークは目を細めて「とうとう気が狂ったか……」と気の毒そうに言った。
「違うわよ! ーー話したでしょう? 前世の記憶を思い出したっていう話。わたしは大人で働いていたし、こんなうじうじした性格じゃあなかったのよ」
言いながら、わたしはふと、ーーでも、きららそのものでもないような気がすると感じていた。そもそも、日本で暮らしていたころは、悩むこと自体が少なかったのだから。
ジークは胡乱な目を向けていたが、足をすべて隠すように折り込んで座ると、翌日の予定を話し始めた。
迷い人のミヤマ・レンに会える算段がついたのだという。
「明日の夜、場所は第三王子のラウンジを借りた」
「お、王子?」
「ーーああ。まさかこの部屋で男と二人きりになるわけにはいかぬだろう? これ以上醜聞が増えては、おまえも家族に顔向けできまい。それに、内密な話ができる場所となると限られるしな」
わたしは、未だにごちゃついている記憶の中から、王子についての情報を手繰り寄せた。
ルスリエース王国には、三人の王子と一人の王女がいる。第三王子は、たしかリュディガーだった。ララと同じ十六歳で、黒髪にすみれ色の目をした中性的な美少年ではなかったか。
「ーーおい、なにを呆けている」
「え、ううん。ジークって顔が広いのね。だって、迷い人とも王子様とも知り合いだなんて」
わたしが感心して言うと、ジークはぱちぱちと目を瞬かせ、ふいっとそっぽを向きながら「当たり前だ」と言った。
「それにしても、ーーこの部屋を見ると、おまえの話もあながち嘘ではないのかもしれないと思えるな」
「なによ、嘘だと思ってたの?」
わたしが言うと、ジークはゆっくりと首を振る。
「理解が追いつかなかっただけだ。おまえも知っての通り、この国では迷い人をたくさん保護している。だが、少なくとも国内では、生まれ変わりの報告など今までに一度も無いのだ」
「え?」
「ここから遠く離れた、雪の王国ネージュニクスでは、転生者と呼ばれる、異界からの生まれ変わりの存在が確認されていてな。つい数年前のことだ」
「わたしと同じ、ということ?」
ジークがうなずく。
「転生者については今、ネージュニクス王国の第二王子が研究を進めていると聞く。手厚く保護されるようだし、同じ境遇の者がいるとあらば、ーーおまえはそちらで暮らすほうが幸せかもしれぬな」
ジークはどこか寂しそうに言った。
わたしはなんだか愛おしくなって、その小さな体をわしゃわしゃと撫で回した。ジークは毛を逆立てて怒り、窓を前足で開けて出て行ってしまった。
★ネージュニクス王国の物語『はずれ王子の初恋』は完結済みです。上部の「王国シリーズ」から飛べます。雪に閉ざされた王国で、婚約破棄からはじまる魔女伝説の物語。
★活動報告にて、きららの手帳の中身を公開しました。今日から使えるごきげんリセット術の詳細をご覧いただけます。