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4.ごきげんリセット(1)

 ふたたび窓から出ていくジークを見送り、寝台にぽすんと横になる。



「生まれ変わる、なんてことが現実に起こるなんてーー」


 ララは、この世界ではない別な場所で生きていた。ーージークにはああ言ったものの、本当は、自分自身がいちばん信じられずにいた。

 きららは魔法のない世界で生きてきたのだ。前世だなんて怪しすぎる。もし自分が友人にそんなカミングアウトをされたなら、よほど親しい相手でもない限り、そっと距離を置くだろう。


 でも、自分自身の脳が、紛れもなくこれは真実だと告げている。この世界にはない、たくさんのものに囲まれて過ごした映像が、時折頭をかすめるのだ。


 家族のことや友人のことと言った、人に関わることだけはすこんと抜けているのは良かったのかもしれない。だからこそ、多少困惑こそしても、フラットな気持ちでいられるのだから。


 でも、目を瞑るとスーツ姿の男性の後ろ姿が見える。もう少しで振り返りそうなのだけれど、--オモイダシテハイケナイ。なにかが頭の中でけたたましく警鐘を鳴らしていた。


 胸の奥がもやもやとする。薄い氷の上をそろそろと歩いているような、不穏な気持ちが心を揺らす。





「--いかん!」


 わたしは、自分の頬を思いきり叩いて、首をぶんぶんと振った。両足を高くあげて、勢いよく寝台から跳ね起きる。乱れた髪の毛をくくる。腕まくりをして、部屋を見渡す。


「それにしても、汚いな」


 侍女たちは城で暮らす。

 行儀見習いとして出仕している貴族の娘も多いため、華美ではないがそれなりの広さの個室があてがわれていた。日本の感覚で言うならば、六畳ほどだろうか。


 子ども部屋程度の広さの部屋に、寝台がひとつと、今にも扉が開いてしまいそうなくらいたくさんの衣類が詰まったクローゼット、繊細な装飾が施された鏡台と揃いの椅子、そして棚があった。


 家具はそれだけだ。だが、それ以外の場所は、すべてもので埋まっており、ひどく狭く感じられる。


 開きっぱなしの書物がそこかしこに散乱している。積み上がったまま誇りをかぶっているものもある。さらに、いつ着たのかわからぬワンピースは脱いだときの形のまま置かれていた。


 ベッドから降りたわたしは、思わず小さな叫び声をもらした。なにかが足に刺さったのだ。いつか壊れた髪飾りの、装飾のかけらであった。


 自分がやったとは思えぬ惨状にしばし呆然としつつ、わたしはお仕着せの黒いエプロンを身につけ、後ろでリボンをきゅっと結んだ。呆れるし見ているだけでも疲れる一方で、ーーやりがいを感じて、うずうずしていた。





 きららとして生きていたわたしの性格を一言でいうなら、効率化マニアだった。


 たとえば、いかに手間なくメールを返すかや、自動でもれなく仕事が進む仕組みづくりを考えるのが生き甲斐だった。


 そして、退屈な仕事や日々の家事にまで、前の日よりも速く終わらせることに楽しみを見出していた。


 わたしは、おもむろに手帳を取り出した。そこには、前世で書き溜めたたくさんのメモが残されていた。本を読み漁ったり、自分で思いついたりした、たくさんの時間術やメモ術。


 箇条書きでなぐり書きされているものもあれば、ていねいな図解が添えられているものもある。


 これは、自分の暮らしや仕事の攻略本といえるような一冊だった。







「まずは、機嫌を整えることだよね」


 すでに思い出しているけれど、改めてページをめくる。

 ごきげんリセット術。そんな見出しで書かれているのは、どうにも落ち着かなかったり気が塞ぐときに行う、きららなりの儀式の方法であった。

 よほどのことでなければ、一時間ほどあれば元通りの機嫌に戻すことができる。


 そのためには、三つの手順を踏む必要がある。動いて、考えて、癒す。この順番が譲れない。


 まずは動こう。運動してもいいのだが、今はこの汚い部屋の片づけに精を出すことにした。


 手始めに窓を開けた。新鮮な空気が吹き込んでくると、不思議とやる気が出る。次に、くずかごを抱えて、明らかに要らないと思えるものをどんどん放り込んでいく。そうして床に落ちているものをすこし減らしたら、仲間分けの作業。


 部屋のまんなかにぺたりと座り、自分を中心に、円になるようにものを置いていく。順番は別にどうでもいいのだけれど、十二時の位置には書物、三時の位置には衣類、六時の位置にはその他のこまごましたもの、九時の位置には先ほど気づかなかったごみ。こんなふうに並べていくのだ。


 さまざまな動きを行うよりも、似た動作をまとめてくり返し行うほうが早く終わる。まずは仲間分けに集中し、それから、それぞれを片づけていくことにした。

 片づける時は、すぐに立ち上がって元の場所に戻すのではなく、仲間分けをくり返し重ねていく。ざっくりと分け終えたので、今度は書物に取りかかろう。


 書物は、伯爵家から持参した私物の恋愛小説と、図書室で借りたものに分かれていた。小説は友人が出来たら貸し借りをしてみたいと憧れて持ってきたものなのだが、残念ながら、ララに友人は居ない。

 借りたものは袋にまとめて返しやすくし、私物は棚に戻した。


 衣類は真っ黒なお仕着せと私服に分かれる。床に落ちているものだけでなく、ぱんぱんに膨れ上がった衣装箪笥の中身もざっと取り出して、手早く分けることにした。

 よく見てみると、イルゼのお下がりで、わたしの顔や体型に合っていないものが多いことに気がついた。お下がりは最低限を残して、すべて手放すことにした。


活動報告に【きららの手帳】をupしていきます。

物語に登場した、きららの時短テクをすぐに試せるようにメソッド化したものです。

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