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3.前世の記憶

「おい、ーー怒ってるのか?」


 精霊猫のジークが、前足でわたしの腕をつつく。口は悪いが根は優しいかわいい子だ。


 わたしは再びジークを抱き上げる。


「ねえ、ジーク。ルスリエースでは、迷い人を保護しているよね」


 異界からこの国にやってきた者は、転移者だとか召喚者だとか呼ばれているが、この国では、迷い人というのが一般的だ。




 つい半年ほど前にも、若い男性が保護された。


 保護された迷い人は、本人の希望が決まるまで、王城の敷地内にある、巨大な離宮で暮らすことになる。


 迷い人の生活についてサポートする代わりに、国内に留まる間は、文化・政治・教育面などで知っている情報を教えてほしいという体制だ。


 保護や生活保障にかかる金額が大きいため、ルスリエース王国にうまみのある話ではないが、初代王その人が迷い人であったことから、無理強いをせず、干渉もしすぎないことが厳密に定められている。


 今、離宮の迷い人はその人一人きりだが、これは珍しいことだった。他国で見つかった迷い人も積極的に保護しているので、通常は十人程度が常駐しているという。





 唐突な質問に怪訝な顔をしながらも、ジークはうなずいた。


「それじゃあ、前世で異界に生きていた場合はどうなるの?」


 わたしが尋ねると、ジークは固まった。


「ーー前世、だと?」


「うん。異界からそのままの姿でやってきたのではなくて、ふつうにこの国で生まれ育って、ある日とつぜん、昔の自分について思い出した場合のこと」


「ーーどうしてそんなことを……」


「わたしがそうだから」


 わたしがきっぱりと話すと、ジークはぽかんとした顔をして「は?」とだけ言った。


「まさか、前世の記憶があるとでも言うのか?」


 ジークは、急に居住まいを正して、真面目な声音で訊いた。茶化されるか、嘘だと断じられるかのどちらかだろうとばかり考えていたので虚をつかれた。


 つられてわたしも背筋を伸ばし、寝台の上で正座をする。


「そう。ーーこれ、ジュエラベリーを探しに行ったときに森で見つけた手帳なんだけどね……」


 わたしが手帳を見せると、ジークは目を見開き、小さな猫の手で器用にページをめくった。


「何が書いてあるかは読めぬが、ーー初代王の書き付けに似ているな。しかも、確かに見たことのない素材とつくりだ。ここに名前のようなものが書かれているな」


「きらら」


「ーーん?」


「きらら。それがわたしの名前。あのね、この手帳は、向こうの世界でわたしが生きていたときに使っていたものだと思うの」


 ジークはぽかんと口を開けた。


 彼は精霊だからなのか猫らしくない猫で、いつも気取った表情をしていたので、その間の抜けた顔を見たわたしは、思わず笑ってしまった。


「ーーまさか、本当に……?」


 わたしは頷く。よかった。信じてもらえたみたいだ。胸をほっと撫で下ろすと、ジークは、わたしの膝の上に乗ってきた。


「ジーク?」


「ーー大丈夫か?」


 空色の瞳に、わたしの顔が映っている。


「前世の記憶だということは、そのーー」


 ジークは口を濁した。彼の言わんとしていることがわかり、わたしはいろんな感情が混ざって、少し泣きそうになった。


「死んじゃったんだろうね。でも大丈夫。覚えてないの」


 それは本当だった。


「自分の名前だって、そもそも一度死んでいるってことだって、この手帳を見るまで気がつかなかった。

 幸い、死ぬ瞬間のことは覚えていないし、きっといるはずの家族のことも記憶にはない。だから、そんなに辛くはないの」


 そう話しながら、もしわたしが、完全にララリアラ・シュリーのままだったら、きっと今ごろ泣きぬれているのだろうな、と思う。


 頭はいいけれどちょっとわがままで、子どもっぽくて、純粋だけど傷つきやすい。しかも、そのもやもやとした気持ちをいつまでも引きずっているせいでまた失敗してしまう。ーーララはそういう女の子だった。


 古い記憶を得た今のわたしは、前よりも呼吸がしやすい。うじうじと悩むのはきっと性に合わないのだろう。


 ジークはしばらく考え込んでいたが、転移者のミヤマ・レンと近いうちに会わせると約束してくれた。どうやら顔の広い猫らしい。


 そして、当面は記憶のことを黙っておくようにとも付け足された。


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