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21.三つだけの魔法(4)

「ブルーナとごはんを食べるの、はじめてだね!」


 わたしが言うと、彼女はつんとそっぽを向いた。




 午前中の仕事を終えたわたしたちは、城下町で少し早めの昼食をとっていた。


 どの店に入るか迷っていると、ブルーナが私の袖を引いて、一軒のカフェに入ったのだった。


 そこは女性客で賑わっており、お仕着せ姿のわたしたちは少し浮いていたが、出てきたフルーツたっぷりのパンケーキを見ると疲れも吹き飛んだ。


「さっきは助けてくれて本当にありがとう。でも、どうして?」


 パンケーキを一気に食べ尽くしたわたしは、手持ち無沙汰になって、ブルーナに訊いた。


 ブルーナは答えずに、美しい所作でもくもくと食事を続けていた。


「私は、軟派な殿方が苦手なだけよ。それに……」


 ブルーナが言いかけたそのときだった。一番聞きたくない声が、響いた。






「ーーもしかして、ララ?」


 儚げで甘ったるい。そんな声だった。


 ひゅっと息が苦しくなり、きららはおや、と思った。これはわたし自身の感情ではないらしい。



 わたしが振り向かずにいると、その人はぱたぱたと走ってきて、わたしたちのテーブルの横に立った。


 そして、周りの目も気にせず、わたしに抱きついてきた。


 茉莉花の香りがふわりと立ち昇り、胸の奥がぎゅっと掴まれたように痛くなる。


 これは、姉がいつも身につけていた甘ったるい香水だ。







「ねえ、何度も手紙を出したのよ? どうして返事をくれないの?」


 姉は、目の前に座ったブルーナに挨拶をすることもなく、責めるような目で言った。


 ブルーナは侯爵令嬢だ。職務外では身分差がある。


 注意しようと頭では思うのだが、凍りついたように身体が動かなくて、わたしは困惑した。


「侍女なんかになる必要はないのよ。あなたは領主教育をずっと受けてきたでしょう?

 今から結婚相手を探すのだって大変なのだし、家で私たちの手伝いをしてくれたらいいの。ずっと一緒に居ましょうね」


 姉は夢見るように告げる。


 ぶどう色のふわふわとした髪が波打ち、キャラメル色の瞳が細められた。






「ーーねえ、そこのあなた」


 ブルーナが、ひやりとした声で言った。


「あら? ララのおともだち?」


 姉がこてりと首を傾げる。


 ブルーナはいつものように顔を真っ赤にしたが、ぐっと息を飲んで、厳しい目を向けた。


「ドナート侯爵家の次女、ブルーナよ。

 この国の身分制度はゆるやかなものだけれど、挨拶もなく乱入してくるのは失礼ではなくて?」


「あら、ごめんなさい。私はララの姉で、イルゼリア・シュリーよ。今年で二十歳になるわ」


 イルゼはブルーナの冷気など物ともせず、にこにこして言った。ブルーナは苦虫を噛み潰したような顔をしている。


 そこへ「イルゼ!」と声がかかった。ふたたび胸がどきどきして苦しくなる。


「勝手に違う席に行ったらいけないよ。さあ、もうすぐパンケーキが来るから戻ろう」


「でもクルト。見て! ララがいたのよ」


「なっ……。貴様、何度も手紙を出したのにことごとく無視するとはどういう了見なのだ?

 婚約破棄されるような可愛げのない貴様を屋敷に置いてやろうという温情だろうが」


 周りの客たちの視線がこちらに集まっているのを感じて、顔が熱くなった。


 それとは反対に手足の先は冷え切っていて、痛いくらいだ。


 今すぐにクルトの頬を思い切りひっぱたいてやりたい。頭ではそう思っているのに、涙がこぼれてしまいそうだ。






「ーーあなたがたは、一体どのような教育を受けていらっしゃるのかしら」


 再びブルーナの声が響いた。


 クルトははじめて彼女の存在に気がついたようで、はっとそちらに目をやる。


「そちらの紫頭のご令嬢にもお伝えしたのだけれど。わたくしは、ドナート侯爵家の次女ブルーナよ」


「し、失礼いたしました。

 フックス伯爵家の次男、クルトと申します」


「わたくしたち、今は王城の職務中ですの。邪魔をしないでいただける?

 あまりにも聞き分けのないようでしたら、上役にも報告しなければいけませんね。

 ちなみに、現在の上役はモルゲンシュテルン公爵家のティベリア様です。これだけお伝えしても引いていただけないようでしたら……」


 クルトは顔色を失くし、姉を引きずって店を出て行った。




 入り口のほうで「私のパンケーキが……」という姉の悲痛な声がした。


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