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20.三つだけの魔法(3)

 ルスリエース王国の王族は、いずれも見目麗しいことで有名だ。だが、三王子の誰一人として、まだ婚約者を持っていない。


 王宮侍女の職が紹介制度なのは、それも一因であった。


 王城で働いていれば、王子に見初められる可能性があるからだ。



 この国では現代日本と同じように、恋愛結婚が主流とされている。


 初代王と初代王妃が、いずれも迷い人であったことが理由だろう。







「ふふ、君が噂の侍女ちゃんか」


 わたしの目の前には、先ほどリュディガー殿下から会わないほうがいいと釘をさされたばかりの、第一王子グレゴールその人が立っていた。


 今、わたしは、壁に押しつけられるような形で立っており、目の前にきらきらしい顔がある。


 寝起きだたったのであろう。


 シャツのボタンはいくつか外れ、さらりとした金の髪がほつれていた。



 妖精の愛し子であるフラヴィア王妃の容姿をもっとも色濃く受け継いだグレゴール王子は、どこかけだるげな色香の漂う赤い目を私に向けていた。


 言葉こそ軽い響きがあるものの、その目は、獲物の質を見定める獰猛な獣のようで、わたしはごくりと息を飲んだ。


 グレゴール王子の細い指が、わたしの顎にかかる。







「ーーグレゴール殿下。恐れながら、それは悪評にございます」


 わたしは驚いて振り返った。


 それは確かにブルーナの口からこぼれた言葉だった。

 彼女の手は震え、顔は真っ青だ。


「ふうん。身持ちの悪い女性だと聞いているのだけれど?」


「彼女は田舎者なので、はじめて出会う殿方との距離感を測りかねていただけにございます。

 非がなかったとは申しませんが、数々の悪評は、単なるやっかみによるものです」


 ブルーナは震えながらもそう言い切ると、まっすぐにグレゴール王子を見上げた。


 その目には意志の強さが宿っていた。


「ーーふうん」


 グレゴール王子は興味をなくしたように言うと、身体を離し、ソファにその身を沈めた。


 思っていたより恐怖を感じていたらしく、足がもつれそうになった。それをいち早く察したブルーナが、そばに来て私の身体を支えてくれた。




「それで? なんの用かな? 」


「グレゴール殿下の研究関連の在庫と発注有無について確認しに参りました」


 わたしは気を取り直してそう告げた。


 第一王子グレゴールの趣味は研究である。


 具体的に何をしているのかはある程度の権限のあるものでなければ知らされず、当然、わたしたちが知る由もなかった。



 この部屋からはお香のような匂いがするから、概ね薬学の研究でもしているのだろう。


「専属侍女の方に確認させていただきますので、御前を失礼致します」


 わたしたちがカーテシーをすると、グレゴール王子は「その必要はないよ」と首を振った。


「研究内容は侍女たちには知らせていない。そもそも、特別な道具はほとんど必要ないんだ。

 素材となるものは集めてくる配下が居るしね。ただ、書きつけるための紙やペンといったものの補充はしてもらいたい」






 ひと通りの確認作業を終えて、居室を退出しようとすると、グレゴール王子が「そうそう、腕時計を確認してほしいんだけど」と言った。


「今は十一時半でございます」


 わたしが答える。


 王子は一瞬目をまるくして、それからくつくつと機嫌良さそうに笑った。


「ねえ、君の名前はなんだったっけ?」


「ーーララリアラ・シュリー……と申します」


「そう。ララリアラね。覚えておくよ」


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