19.三つだけの魔法(2)
「ーーそれでは、確認いたします。
細筆を一本、太筆を一本、
アップルグリーン、ミモザ、カメリアの絵の具を一本ずつ、
四番の濃さの鉛筆を二本。
これで相違ございませんか」
わたしたちは、ジュエル王女の居室前に立っていた。
ブルーナのまだあどけなさの残る、それでいて落ち着いた声が響く。
今の彼女を眺めていると、見慣れた不機嫌そうな顔が信じられないくらいだ。
やわらかくほほ笑みを浮かべているが、もともと吊り目がちなのもあり、理知的にも見える。
この子はこんなふうにも話せたのかと思いつつ、まだ子どもと言える年齢なのにしっかりしたことだと感心させられた。
ジュエル王女付きの侍女たちも同じように思ったのだろうか。
悪評のあるわたしが一人で訪問したときとは異なり、ブルーナには丁寧に感じよく対応していた。
「ーーブルーナにも猫はかぶれたのね」
周りに人が居なくなってからわたしがそう言うと、彼女は顔を真っ赤にしてぷりぷりと怒った。
それから私たちは孤児院での用事を済ませ、第一王子であるグレゴール殿下の居室棟へ向かって歩き出した。
「ーーやあ、ララちゃん」
ふと後ろから呼び止められて、心臓がどきりと跳ねる。
それはブルーナも同じだったようで、私と同じく、壊れたおもちゃのようにぎこちない動きで振り返った。
そこには、連れ立って歩く深山さんと、リュディガー王子の姿があった。
「どこに向かってるの?」
深山さんが訊く。
わたしは職務中なので対応の線引きに迷いつつ、「グレゴール殿下の居室棟です」と答えた。
すると、リュディガー王子の眉がぴくりと動く。
「ーー用事はなんだ?」
「グレゴール殿下の実験器具等の在庫確認です。
足りないものがあれば発注申請を提出いたします」
わたしが言うと、彼はなるほどといった顔をして頷いた。
「それならば、昼前には行ったほうがいいだろう。あの人はとてつもなく寝起きが悪いのでね。ーー会わないのが得策だよ」
「ーーあなた、王族の方にまで色目を使っていたのね」
二人の姿が見えなくなると、ブルーナが言った。
「色目だなんて……」
「あなたは、殿方に気やすく接しすぎなのよ。
いつもあなたの周りにいる取り巻きたち、素行がいいとは言えないわよ」
ブルーナはいつものようにつんと澄ましていたが、その目にはどこか心配の色が滲んで見えた。
記憶が戻ってから、それはわたし自身も感じていたことだった。
あの人たちとララは友だちでもなんでも無い。彼らは自分の下心を隠して近づいている。
ララはそれに気づかず友人ができたと純粋に喜んでいたが、大人として生きた記憶のあるわたしには、笑顔の下にあるものが透けて見えた。
「それに、あなたのほうにその気がないのなら、あんなふうに気安く触れたりするのはそれこそ罪なことだわ。
あなた、見目は悪くないのだから」
「え、ブルーナ。わたしのこと可愛いと思ってくれてるの?」
わたしが訊くと、ブルーナは顔を真っ赤にして怒り出した。




