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16.信頼

「あなたを信頼したのは間違っていたようですね」


 私は身じろいだ。カリーナさんの目には、軽蔑の色が見える。


 彼女は夕日を背負うように立っていて、いつも穏やかに接してくれていた彼女とは別人のようであった。






 深山さんと共に赤侍女の執務室に戻ったのは、終業時間をわずかに過ぎた頃合いだった。


 約束通り、彼は自分が引き止めたのだと伝え、わたしを責めないようにと話してくれた。

 だが、それがいけなかった。


 深山さんが庇えば庇うほど、カリーナさんの表情がごっそりと抜け落ちていくのに気がついた。





「孤児院の買い出しの仕事は、確かに雑務です。でも、とても大事な仕事だと私は考えています。将来の王国を担う、人材を育てる仕事だからです」


 私を見据える瞳は、怒りに燃えていた。


「私自身も王城孤児院出身だというのは話しましたね。

 地方の孤児院の子どもたちには、ほとんど選択肢がないのに対し、王城孤児院では自分たちで道を切り開いていくことができます。

 でも、幼子が自分一人でやるなんて無理な話です。だからこそ、赤侍女が間に入り、うまく支援する必要があるのです」


 カリーナさんは、いつものおっとりとした語り口ではなく、早口でまくしたてるように言った。


「あなたは、ほんの少し遅くなっただけだという認識かもしれません。でも、生鮮品もあるのですから、なるべく急ぐようにと伝えたはずです。

 それだけではありません。孤児院では、当たり前ですが、一日の予定が時間単位で細かく組まれています。

 手渡すのが遅くなれば、孤児院のほうのスケジュールだってずれてしまうのです。そうした可能性を考えましたか。自分のためじゃなく、後に控えた人のことを考えて動きましたか」


 わたしは謝罪を述べて、頭を下げた。


「遅れたことを責めているのではありません。

 遅れそうだとわかった時点で、何かしら連絡を入れる必要があったでしょう」


 ドアの隙間から、ほかの侍女の靴が見える。そして、くすくすとあざ笑う声も。


「孤児院のための買い出しは、必ず自分で行ってきた仕事です。ーー急用があったとはいえ、あなたに任せたのは、あなたの仕事ぶりを評価したからです。--でも、見込み違いだったようですね」


 カリーナさんは、静かにそう言い捨てると、私の手から魔法鞄を受け取り、コツコツと踵を鳴らして出て行った。


 きららは、ララになってからはじめて、泣き出したい気持ちに苛まれていた。

 羞恥の涙が落ちそうで、でも、泣くのは間違っていると思ったから、ぐっと上を向いた。






「まだ居たの」


 そのまま備品室の整理をしていると、後ろから声をかけられた。赤侍女長だった。


 彼女は片手に木箱を持ち、もう片方の手を腰に当てて入り口に立ち、こちらを見据えている。それから、わたしを手招きし、バルコニーに誘った。


 バルコニーには白いテーブルと椅子があり、月がそれを冴え冴えと照らしている。いつの間にか真っ暗になっていて、驚いた。


「迷い人の立ち位置は高位貴族とほとんど変わらないのだもの。貴女が断れなかったのも、分からなくはない。ーーただ、何かしら連絡を入れるべきだったと思うの」


 侍女長は、持っていた木箱の中身を並べながら言った。


「あの子は、ーーカリーナは、貴女に期待していたわ。それは珍しいことだった。あの子は優秀だけど、基本的に何事にも無関心で淡々としているから。ーーああ、かけなさい」


 私は言われるがまま、侍女長の向かいの席に腰を下ろした。バルコニーからは、つい数日前に彷徨っていた森の木々がよく見えた。


 街灯などあるはずもなく、ただひたすら闇が続いている。


 侍女長は、ランタンに火を入れると、テーブルの中央に置いた。それから、所狭しと並べられた料理をわたしにすすめた。


 食堂のビュッフェにある料理を少しずつ取ってきてくれていたのだ。


「はじめから赤侍女を志望していたのは、あの子だけなの。赤侍女は仕事内容が地味でしょう。侍女の中でも格下だと思われているし。

 だから、ここに配属になった見習いは、誰もが嫌そうな顔をするのよ。早く終わらないかなって顔にありありと書いているの」


 侍女長はため息をつく。


「正式に採用された侍女については、希望の配属じゃなかったからと辞めてしまう子も多いわ。カリーナは、赤侍女の雑務にも誇りを持っている。こうした状況が長年いやだったみたい。

 だからこそ、つまらないと言われがちな雑務を嬉々としてこなす貴女に興味を持ったのだと思うわ」


 わたしは、ほかの侍女たちの様子を思い出し、納得した。


 最低限のことはやっている。でも、もっと良くしていこうという意気は感じられない仕事ぶりだった。



「だからね、あなたに過剰に期待したのだと思う。不器用な子なのよ。ーーあの子の言っていることは正しいけれど、ちょっと感情的だったと思うわ。まあ、もう一つ、事情はあるのだけれど……」


 それからわたしは、侍女長といろいろな話をした。


 彼女がもともと公爵の娘だったことには驚いたが、所作の美しさや溢れ出る気品を思うと納得した。





「貴女は噂通りの人間ではないようだけれど、ーーそれでも、すでに醜聞になっているものを取り消すのはむずかしいわ」


 侍女長がため息をついた。


「たぶん、誤解をさせやすい性質なのでしょうね。

 むずかしいとは思うけれど、なるべく敵よりも味方をつくるように意識しなさい」


「味方、ですか?」


「そうよ。貴女に決定的に欠けているのがそこなの。頼り合える人間を作っておくのは大事な事だわ」


 侍女長は言った。


「仕事をしていくうえで、相手と仲良くなるのはとても大事なことなの。

 たとえば、ーー同じ能力を持つ二人の人間がいて、どちらかを評価しなければいけないとする。一人は感じの悪い人で、もう一人とは仲が良い。貴女ならどちらに高評価をつけたい? 仲の良い相手ではなくて?」


 


 それからわたしたちは、食べ終えた皿を厨房に戻して別れた。


「貴女に食事を持っていくように言ったのは、カリーナよ。頑固なところがあるから、明日、貴女から話しかけてあげて頂戴」


 侍女長は、いたずらっぽい笑みを見せた。


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