12.おつかいが早く終わるメモ(1)
「ララリアラさん。きょうは大切な任務をお願いしたいのだけど」
カリーナさんが、改まった調子で言うので私は思わず身構えた。だが、頼まれたことは城下町へのおつかいだった。
「おつかい、ですか……?」
「そうなの。実は、王城孤児院の物品管理も赤侍女の仕事でね。毎月私が行っているのだけれど、今日はどうしても会議にでなければいけなくて。代わりにお願いできるかしら」
頼まれたことがうれしくて、わたしはぶんぶんと首を振る。
「ーー見習いの貴女。もっと品の良い返事の仕方を学んだほうがよろしくてよ」
侍女長から激が飛んできたので、わたしは肩をすくめた。
赤侍女の執務室に通うようになって、数週間が過ぎた。
わたしのことを敵視している人は少なくない。ブルーナにも相変わらず無視されている。
けれども、表立って嫌がらせをされることはなかった。カリーナさんが気を遣ってくれているからなのか、それとも気質の違いなのか。
侍女の四つの組分けでは格下扱いされがちな赤侍女だが、学ぶことはとても多かった。
また、青侍女の執務室で働いていたときのように無理難題や理不尽を押しつけられるということもない。ーーここは居心地が良い。
「買いものは大量になるわ。ついでに行う雑務もある。ふつうなら一人ではとても持てる量ではないので、魔法鞄を貸し出します」
「ーー魔法鞄?」
わたしが訊いた。
カリーナさんはさらりと垂れてきたミルクティー色のおくれ毛を、少し鬱陶しそうに耳にかけると、目線でついてくるようにと促した。
備品庫の扉を開けて、彼女が出してきたのは、くたびれた鞄だった。どこにでもあるような、焦げ茶色の革製の鞄だ。
「これは、ふつうの鞄に見えるのだけれど、中には広い空間が広がっているの。
だから、買ったものをここに入れていくと、一人でもたくさんの買いものができるわ」
わたしは、目の前に存在する魔法に感激して、思わず頬が緩んだ。カリーナさんが怪訝な顔をしたので、慌ててきりっと表情を引き締める。
「ただし、生物の鮮度を保つといったような機能はありません。
食品も買ってもらうので、なるべく早く終わらせてね。それじゃあ買ってもらうものを言うけれど、メモの準備はいい?」
わたしは、はじめて降りる城下町に興奮していた。見るものすべてが新鮮だった。
ルスリエース王国では、白い石壁造りの家が一般的なようだ。どの家も同じ素材でできており、頑丈なその壁は一様に白く塗られている。
太陽の光を反射してきらきらと眩しく、街全体が明るく見えた。
さらに、家々の壁には必ず鉢が吊り下げられており、彩りを加えている。その鉢の中身は赤い花と決まっているようだった。
すべてにおいて統一感があり、街全体が一つの美術品のような美しさだった。
しばらく石畳を歩いていくと広場に出た。
円形の広場を囲むように出店が立ち並んでいる。
「嬢ちゃん、活きのいいのが入ってるよ!」
強面の男性に呼び止められる。氷がたっぷり詰まった箱の中には、ぴかぴかと光を反射させる細い魚がどっさりと積まれていた。
別な店では屋根の骨組みから巨大な肉の塊が吊り下げられている。ソーセージやハムといった加工品も並べられていた。
さまざまな形状の赤い花ばかりを集めた店もあれば、焼きたてのパンが所狭しと押し込むように並べられている店も。
香辛料の店も興味深かった。馴染みのある調味料も置かれているのだが、見覚えのないものもたくさんあった。たとえば、金平糖のような形で透明の塩だとか、真っ赤なお砂糖だとか。
そうしたものを目にすると、ここが違う世界なのだと改めて感じさせられたし、店ごとに特色があって眺めているだけでもわくわくした。
しばらくぼうっと見入っていたわたしは、ふと仕事中だったことを思い出し、外出用エプロンのポケットからメモを取り出した。
ルスリエース王国の城下町は、スペイン・アンダルシア地方の村「ミハス」をイメージしています。




