10.秘密の抜け穴
「図書室棟に迎えを出す。七時には中で待っていろ」
西塔の裏庭にあるガゼボで食事をしていると、ジークがやって来てそう告げた。
朝から降っていた雨は止んでおり、空は洗い流されたように美しく、濡れた草のにおいが立ち昇っていた。
わたしは頷きながら、支給されたランチボックスの中身を頬張る。
「--おまえ、......なんだか今日は、やけに機嫌がいいな」
ジークが首を傾げる。
「わかる? あのね、ほめられたんだよ!」
「--ポンコツのおまえが?」
わたしが睨むと、ジークは肩をすくめるような動作を見せた。
「まあいいや。とりあえず伝えたからな。なるべく目立たないように来いよ」
「うん! じゃあ後でね、ジーク」
ブルーナは、昼休憩の後に赤い目をして戻ってきた。
その手にはノートが握られていたのだが、糸で綴じただけのそれは、ブルーナの手の中でくしゃりと握りつぶされた形になっていた。
その後もつつがなく仕事を終えた。
すっかり日が暮れていた。やり切ったという心地よい疲れがあった。
西塔の執務室から、そのまま使用人用の食堂へと足を伸ばすことにした。一応ブルーナを誘ってみたが、すげなく断られてしまった。
初代国王をはじめ、迷い人たちの影響で、この国の食文化は豊かだ。
朝食と夕食はビュッフェ形式になっており、さまざまな料理が所狭しと並んでいる。
多国籍な料理が彩る中で、この間までは見向きもしなかった、にぎり飯と味噌汁に引き寄せられた。
なお、王城の敷地内には孤児院があり、手をつけられなかったものはすべてそこへ運ばれるため、日持ちするものが多く作られている。
席を探していると、そこここで男性たちが手を振っているのが目に入る。身から出た錆だが、気づかぬふりをして、自室に持ち帰ることにした。
つい数日前までは、誘ってくれる彼らと共に食べていた自分に嫌気がさす。
気のいい友人だと思っていたが、彼らの目の底にあるものにどうして気がつかなかったのか。そして、そんなわたしに向けられる数多の非難めいた視線にも。
一人ぼっちになったっていい。これまでのような、歪な人間関係はもう御免だ。
食べ終えた皿を食堂に戻し、図書室へと向かった。
昼間に仕事で来た時とは違い、図書室には誰もいなかった。
書棚に造りつけられたランプのほの暗い灯りだけになった図書室は、薄暗く、少し不気味でさえあった。
「シュリー嬢」
後ろから声をかけられて飛び上がる。振り向くと、そこに立っていたのは、くせのある黒髪をゆるりとまとめた見目麗しい少年。
第三王子リュディガーその人であった。
すみれ色の理知的な目には、いたずらっぽい笑みが見て取れた。
「待たせて済まない。ミヤマはすでにラウンジにいるから、ついてきてくれるか?」
そう言うと王子は、わたしの手を取って歩き出した。
てっきりジークが迎えに来てくれると思っていたので、わたしは面食らって、狼狽えていた。
「あ、あの......このようなところを誰かに見られたら、殿下の醜聞になってしまいます」
しどろもどろになって言うと、リュディガー王子は振り返らずに、問題ない、と答えた。
王子はわたしの手を引いたまま、図書室の一角に歩を進めた。それから注意深く周囲を確認すると、一冊の本を奥に押し込んだ。
カチッという音とともに、動いた本の隣の書棚が動き出し、隠し通路が現れる。
わたしがぽかんと口を開けていると、王子は振り返って、どこか得意げに笑った。




