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9.四つ折りメモ(2)

「見習いごときが遅刻だなんて、いいご身分ね」


 赤侍女の執務室にたどり着くと、侍女長は机から顔を上げずに言った。わたしが謝罪すると、彼女はわたしの目をまっすぐに見た。


 三十代後半ほどの年齢で、ワインのような赤い髪を後ろで編み込んでまとめた、美しい人だ。夜のような黒い瞳には不快感が浮かんでいた。


「あなたも、たかが備品管理などと侮っているのかしら?」

「いいえ、とんでもないことです」

「まあいいわ。カリーナ、見習いに頼めることがあれば回しておいて頂戴」


 カリーナと呼ばれた女性は、わたしとブルーナを奥の部屋へ案内する。そこには大量の装飾品や書物、文具類が並んでいた。






「あなたたちがすることについて説明します。まずは文具すべての残り数を確認すること。これは各執務室や王族の方々の居室を回って点検しなければいけません。あなた方が立ち入ることはできないので、専属侍女に聞き取る形で進める必要があります」


 わたしは慌てて支給されていたノートとペンを取り出した。ノートの一枚をびりりと破って、書きつける。


「書物に関しては、収集している書物の新刊が出ているかを、王国書報で確認してください。新刊が出ている場合は発注、刊行予定の場合はその旨をまとめて報告書を作成します。

 装飾品は傷がないかを点検し、ある場合は別途分けておき、さらに修復の可否を見ておくこと。それから、……」

「ちょ、ちょっと待ってください!」


 先ほどまでにやにやしていたブルーナが、顔を青くして言った。


「そ、そんなに覚えられません!その都度教えてもらってもいいですか?」


 ブルーナの言葉に、わたしはぎょっとして、思わず彼女の顔を凝視してしまった。碧玉色の瞳はどこまでもまっすぐだ。


 一方、それまでは淡々と話していたカリーナさんの表情が凍りついた。


「どうしてそんな手間をかけなければいけないの? あなたたちは、補助としてここに来たのでしょう。ーーまるでお客様気分ね」


「なっ、孤児ごときが......」


 ブルーナは今度は顔を真っ赤にした。


「ーー王城は実力主義です。平民であろうと、上の者には正当な理由がない限り逆らえない筈ですが」


 ブルーナは二つに結わえた黒髪を振り乱し、しばらくなにかキーキーと喚いていたが、カリーナさんは気に留めることなく、わたしたちのやるべき事を話し続ける。


 彼女はたしか十四歳だったか。

 その年ごろで働いているだけでもよく考えたらすごいことだ、と感心しながら、わたしは無言でメモを書き進めていった。








「あなたは、噂とはずいぶん違うのですね」


 王国書報の確認をしていたわたしは、落ちてきた声に顔を上げる。カリーナさんがわたしの手元をのぞきこんでいた。


 彼女を冷たく見せる薄青の瞳は、興味津々といったふうに輝いていて、朝の印象とはずいぶん違った。


「そのような書き方をする人は、はじめて見ました。見せていただけますか?」


 カリーナさんは、わたしの書きつけたメモを指差した。わたしはいささか緊張しながら、すでによれよれになった紙を手渡した。


「なるほど……。やるべきことが、性質に合わせて分かれているのですね」


 カリーナさんが感心したように言う。


「ええ。似たような動作をくり返し行うほうが効率がいいので……」







 わたしは、やるべきことをメモするとき、紙を四つ折りにして使うようにしている。


 そして、一番上には、一列ごとのテーマとして「伝」「作」「動」「考」と書き込む。


「伝」というのは、だれかに聞いたり、問い合わせたり、確認したりすること。口と耳を使って行うもののことである。


「作」は、書いたり作ったりと手を動かす作業。


「動」は、座らずに立って行う作業。


「考」は、何かをする前に考えておくべきことや、ほかに効率化できそうなことを探す作業。また、わからないことを調べたりするものも含まれる。要するに、頭を使う作業だ。






 朝、カリーナさんに告げられたたくさんの仕事も、これに沿って分けていく。


 たとえば、「文具すべての残り数を確認」するのは、各執務室や王族の方々の居室を回って点検しなければいけないので「動」になる。


 このとき、ついでに東部執務室にある王国書誌も借り受けてくれば二度手間にならない。


 さらに、王族の居室に関しては、聞き取る作業があるので「伝」。ついでに、指示されていないが、使いにくそうにしているものはないかや、減りの早さなども確認しておく。




 こうして事前に作業の性質を確認することで、段取りが良くなるのだ。


「あなたは、仕事熱心なのですね。向上心のある人は好感が持てます」


 カリーナさんがほほ笑んだ。



 前世では仕事の結果しか見られなかったので、こうしてほめてもらうのははじめてで、わたしは胸の中が温かくなるのを感じた。


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