序章 ジュエラベリーを探して
それは、しとしと降りの雨の昼下がりだった。
木漏れ日の王国と呼ばれるルスリエースでは珍しい、ぐずぐずとした天候の中で、わたしはジュエラベリーを探していた。
見慣れたはずの森は、霧のように細い雨がベールをかけているかのように薄暗く、しんと静まり返っている。生き物の気配もない。
降り出した時に雨よけの魔法をかけたので、髪も、真っ黒な制服も濡れてはいない。だが、肌に触れる度につうっと冷たく流れていく感触まで消すことはできなくて、不快感があった。
猫のジークも森に来る前から姿が見当たらず、わたしは心細さに途方に暮れていた。
「ジュエラベリーを日暮れまでに二十個見つけてきなさい」
そう言ったのは、同じ侍女であるミカエラだった。
その制服は忘れな草の花のような淡い青色。年も爵位もわたしのほうが上だが、彼女に逆らうことなどできない立場である。
苛烈な赤い目はわたしを忌々しげに見据えているが、ミカエラの口元は弧を描いていた。無理難題だとわかっていて命じているのだと、その場にいた誰もが気づいただろう。
小さな手持ちかごを一つ押しつけられたかと思うと、使用人用の勝手口から突き飛ばされた。
「あんたを助けてくれるお仲間の居ない森で、どうやって探すのかしら」
ミカエラは、楽しそうに言った。
ジュエラベリーというのはこの国の特産品だ。
王城を囲む妖精の森でしか取れないのだが、それは、いつでも見つけられるようなものではない。ふつうのベリーの変異種なのである。
クローバーの中に四つ葉のものが混じっているのと同じ、いや、それよりももっと低い確率でしか手に入らない、希少性の高いものだった。
ジュエラベリーだと判じるためには、ある条件がある。
素人にひと目ではわかるものではない。陽の光に透かさなければいけないのだ。これだと思った実を摘んで太陽にかざす。光を透過すればジュエラベリー。しなければふつうの木の実だ。
だから、この雑務は嫌がらせ以外のなにものでもなかった。
そのとき、カサカサと音がした。わたしは驚いて飛び退いた。音は、今来た道の方から聞こえた。恐る恐る近づくと、植え込みの下に、わたしのものではないかごがある。
先ほどまではなかったように思うのだが、と訝しく思いながらかごに手を伸ばす。上にかけられた布をそっとどけると、そこにはたくさんのベリーと、使い込まれた手帳が乗っていた。
そこにはメッセージカードが添えられており、こんなふうに書かれていた。
「困っているあなたへ、これを......?」
差出人の名前も宛名もなかったが、中に入っているのは、ーーまさかジュエラベリーではないだろうか。
そのとき、都合よく晴れ間に差し掛かった。すぐにまた雲に隠れてしまったが、わずかな間に確認できた五つ、そのすべてが紛うことなきジュエラベリーであった。
かごの中には多種多様なベリーが集まっている。ジュエラベリーというのは、品種の名前ではなく、あらゆるベリー類から生まれる可能性があるのだ。
ブルーベリーからも木苺からもコケモモからも。そのため、かごの中は、さまざまな宝石を詰め込んだかのように美しく輝いていた。
どうやらわたしに誰かが施してくれたもの、ーーで合っているのだろうか。
わたしはほっとして、濡れた草の上にぺたりと座り込んだ。まだ魔法が効いているから、服や体が濡れることはない。ひんやりと冷たい大理石の上に座っているような感触だった。
そして、ふと手帳の存在を思い出す。もしかして、この中に持ち主の手がかりがあるのだろうか。それとも、落としものとして届けたほうがいいだろうか……。
そう迷いながら手帳に触れると、ぱちんと泡が弾けるような音がした。そして、膨大な情報が頭の中に流れ込んできて、わたしは気を失った。
倒れる直前、焦ったように駆けてくる誰かの姿を、見た。
もしあのとき手帳を拾わなければ、きっと今も“負け犬侍女”のままだったのだと思う。